第6話 自分が知らないうちに誰かのものになっているかと思うとゾッとする
残念ながら、この先の話は受付嬢さんでは聞けないらしく、やむなく退出させた。常識人(あと美人)である彼女が居なくなると、ギルドマスターの行動に制限がなくなりそうで不安だが、ほぼ初対面の受付嬢さんに頼るのも良くないだろう。
「知ってのとおり、私はこの王都の、探索者ギルドのギルドマスターだ。そして探索者ギルドは、独立している冒険者ギルトと違って、この国に属している。その関係上、私の立場はこの国の中でもトップに近い。だからこそそんな情報もわかるわけだけど」
「そうですか。それで、まず勇者が召喚されたのは本当ですか? 人数は? 平均的な強さは? 時期は?」
「そう食いつくんじゃない。早いのは嫌われてしまうよ」
ギルドマスターが面白そうなものを見る目で俺を見てくるので、一旦[並列思考]も使って冷静になる。
彼女が俺に情報を渡す義理はない。ならば、今は聞きに徹するのが最善だ。変に相手の気を変えて、聞けなくなれば、それこそ困る。
「……よし。順番に説明して下さい」
「大した冷静さだね。っと、まず勇者が召喚されたのは本当。なんせ私もその場に居たからね」
「場所は王城ですか?」
「正確には王城の地下にある儀式場だね。魔力の集まりの点から見て、丁度王城の地下には魔力の源泉があるみたいで……っと、口が滑った。この話は秘密で頼むよ」
「口の滑らせ方が独特ですね」
恐らくわざと聞かせたのだろうが、と俺は話の続きを目で促す。
「召喚されたのは今から一ヶ月と少し前で、召喚された勇者の人数は38人だ。詳しい情報は教えられないが、最後に見た時の強さは、まだオークを倒せるぐらいじゃないかな」
「あくまで平均の強さですよね?」
「ああ。それ以上は教えられないけど」
つまり、強さの平均は、俺達と同じ感じだが、俺や拓磨達みたいに突出してる奴がいる可能性もあると。
出来ればあまり強くないといいな。少なくとも俺より弱くあってほしい。トラブルとか起きた時にそっちの方が対処しやすいからな。
というか、38人ってもしかしてクラスか? 異世界人だとして、クラスで召喚されたのだろうか。後でどうにかして接触も図ってみるか。
頼むから爺さん婆さんだらけとかはやめてくれよ? 勇者として集団で召喚されるんだ、学生で頼む。
「それで、【ヴァルンバ】以外で召喚した国は、【マグノギアン】【ルサイア神聖国】【アールレイン王国】【クレリルトン】だね。秘匿してる国や小規模な国もあるだろうけどさ」
「なるほど……それで、その情報の対価は何です」
言ってから、少し焦りすぎたかと俺は反省する。なんせ今は全面的に俺が相手から情報を貰っている立場で、そんなことを聞けば、情報の対価にと色々迫られる可能性もある。
そう考えたのだが、意外なことにギルドマスターは首を振った。
「特に君をどうこうするつもりは無いさ。勇者を利用するのはそれこそ国だ。私がしゃしゃり出たところでどうしようもないし、私には荷が重すぎる。長生きはしたいからね」
「もう十分長く生きたんじゃないですか」
「それも風の噂かい?」
「俺式ネットワークですよ」
言葉の意味はわからないだろうが、何となくのニュアンスで理解してくれるだろうと強引に納得。
てかさり気なく勇者特定をやめて欲しい。確かに決定同然だが、口には出さないで欲しかった。
「ただ、だからといって、先の情報をタダで渡すわけには行かないなぁ」
「まぁ、俺に出来ることなら大体やりますよ。もし過ぎたことだったら逃亡するか、当事者を消しますから」
「おう怖いね。でも、安心してくれ。君に頼むのは、引き続き迷宮を探索してくれ、というものだ」
「……それって、わざわざ頼むようなことですか?」
確かにレベルがある程度上がったら離れるつもりだったが、なにか理由があるのだろうか。
「迷宮はね、たまに魔物を倒して間引きをしないといけないんだよ。じゃないと、下層から強い魔物が溢れてくる。100層以下に行ける探索者はほとんどいないから、
「なるほど。そういう事でしたら構いませんよ」
どうせレベル上げるには更に下に行かないといけないのだし。最下層も見てみたいしな。
「そう言ってもらえると助かるよ」
「いえいえ。っと、聞きたいことは大体聞けました。俺の用事はもう無いですが、ギルドマスターは?」
「そうだねぇ、ランクアップはメレスに任せてるから受付に行けば出来るとして、特にもう無いかな」
「そうですか。じゃあ俺はこれで失礼させていただきますよ」
「あぁちょっと待ってくれ」
くるりと回転して退出しようとした俺だが、出鼻をくじかれてしまった。
なんです? と俺は振り返る。
「実はそろそろ勇者の存在が公になって、迷宮攻略とかに乗り出すと思うんだよね。レベルアップにはうってつけだし。もしかしたら
「了解です。とは言っても、俺はここの勇者に対して必要以上の接触はしませんよ?」
「結局は上からの指示なんだよ」
「そしたら自分から黙らせに行きますのでお構いなく」
「……君って結構怖いよね」
実力があるのだから、それを自分のために行使することは善だと思います。やばい、この考えは明らかに異常だな。
とは言え、もし俺に何か強制するような輩がいたら、例え国であろうとも、勇者相手であろうとも俺は脅すことぐらいはする。最悪実力行使だ。
……最近暴力的な思考になっているのは気のせいだろうか。
「それと、これは質問なんだけど……」
「用はなかったんじゃないんですか」
「そこまで重要じゃないんだよ。でも聞いておきたいからね。君は女神の存在を信じてるかい?」
「女神ですか? 神託とかありますし、女神かそれに連なる者の存在は居ると信じてますよ」
実際勇者召喚で俺たちに与えられた力も、女神とかの高次元の存在から与えられたのではないかと考えている。
「なるほど。じゃあ信仰はしているかい?」
「いえ、全く。存在は信じてますが、女神を見たこともないですし、何をやったのかも知らないですからね。少なくとも好意も敵意も抱いていないです。興味はありますが」
「……オーケー。それが聞けただけで十分だ」
ん? と俺は首を傾げる。結局理由はなんなんだろうか。もしかして女神が嫌いとか? いや寧ろ宗教の勧誘……はこの人に限ってないな。誰かを信仰するよりも自分に利益があるかどうかで判断しそうだ。
利益があると判断したらとことん信仰するかもだけど。
「ではこれで、今度こそ失礼しますよ」
「うん。また何か用があったらメレス経由で呼ぶよ」
それは勘弁して欲しいですねと苦笑い。扉を開けて退出をすることに。
「あ、そう言えば一つ忘れていました」
ふとそこで、思い出したかのように俺は一言。
「ん? なにかまだ用が───ッ!?」
ギルドマスターが途中で言葉を途切れさせる。何故なら彼女の首には、いつの間にか剣が当てられていたからだ。
無論そこには誰もおらず、剣はひとりでに浮いているように見える。
「これで、さっきのことはチャラにしますよ」
俺は笑顔で告げる。そこに含まれる意味は要するに、『次は容赦しないぞ』である。
それを理解したのか、冷や汗をかきながらも頷いてくれたギルドマスターに、俺は剣を
ちなみに種明かしは、単にギルドマスターの首元に剣を出現させて、無魔法で掴んでいただけだ。浮遊しているように見えたのは、魔力で掴んでいたからだろう。
極限まで[魔力隠蔽]を使用していたから、さしものギルドマスターも気づかなかったようだな。
「……ふぅ、寿命が三十年は縮まったよ」
「貴女ならその程度は特に支障はないでしょ」
「恐怖度の話だ。完璧にしてやられたよ」
安堵しきった顔をするギルドマスターに、俺も溜飲が下がった。
今度は何も含まない笑みで、「それでは失礼します」と一礼。俺は退出した。
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……恐ろしい子だね。
私はトウヤ君と話しながら思考した。勿論これは彼に向けての言葉だ。
自分が伊達に長生きしている訳では無いと一番わかっていたが、こうも驚愕させられたのは久しぶりだ。
彼の周りには沢山の、色とりどりの光が集まっていた。それこそ、その光量たるや、太陽を直接視認しているような眩しさだ。
それらは全て、『精霊』と呼ばれる存在であり、エルフである私だからこそ見える存在だ。
普段は臆病で人に滅多に近づかない彼らが、一人の少年に群がっているのだ。
そんな、この場全ての精霊が群がっていると思えるほどのトウヤ君が普通なわけが無い。そして、精霊の数は恐らく私が視認している以上に居るはずで、恐ろしいのは本人がそれに気づいてないことだろう。
もし彼が精霊と協力して魔法を使うことになったら、少なくとも私には手も足も出ないだろうね。
更に、私が彼に驚愕したのはそれだけでは無かった。
丁度彼が私の眼について言った時だから、恐らく驚愕した理由は、眼について知られたことに驚いた、みたいな感じで誤魔化せたと思う。
実の所、私はその時、しっかりとトウヤ君のステータスを覗いたのだ。いや、正確には"覗こうとした"、だろう。
そういう通り、実際には覗くことが出来なかったのだ。
(まさか、[浄化の瞳]が
私は、先程以上に驚愕した。
無効化されたのなら分かる。勇者なら鑑定系スキルを無効化するスキルを持っていてもおかしくない。
偽装で誤魔化された、または見ることが出来なかったのなら、それもまだわかる。[浄化の瞳]以上の偽装スキルを持っていれば出来ないこともないだろう。可能性としては勿論低いが。
だが今回は違った。
発動すらしなかったのだ。発動して無効化された訳でも、ステータスに偽装がかかって見ることが出来なかった訳でもなく。
この[浄化の瞳]は、女神より授かったものだ。
女神から祝福を授かっている私は、生まれつきこのスキルを持っていて、これには女神の力が宿っている。
だからこそ、この力を無効化できるのも偽装が可能なのも、同じく女神が関わっているであろう勇者だけなのだが。
女神の力がそもそも発動しなかったというのには、どうやっても説明ができない。
自身のステータスを覗くことは出来るのだから、彼に向けてのみ不可能なのだろう。要因はトウヤ君にある。
その後、剣がいつの間にか首に当てられているというヒヤリとした場面があったり、私でも気づけないほどのことには驚いたが、それはともかく。
私は、彼が部屋を出る直前、彼の意識が私から逸れた直後に、もう1度能力を発動したのだ。
「ッ!?」
そして、私はようやく彼のステータスを覗くことに成功したのだが。
そこに記載されていた内容に、私は自身の目を疑った。
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トウヤ 閲覧不可 閲覧不可
閲覧不可 閲覧不可
閲覧不可
【閲覧不可】閲覧不可
【閲覧不可】閲覧不可
【閲覧不可】閲覧不可
【閲覧不可】閲覧不可
【閲覧不可】閲覧不可
【閲覧不可】閲覧不可
【閲覧不可】閲覧不可
閲覧不可
閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不可閲覧不
カ ッ テ ニ ノ ゾ ク ナ
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サァ……と血の気が引くのが自覚出来た。
そこに記されていたのは、同じ単語の羅列。名前だけは明かされているからなのか見ることが出来たが、それ以外は何故か見れない。
そして最後に記された文字は、明確に私に向けられていた。彼のステータスを覗いた、私に向けて。
それを確認した途端、プツリと彼のステータスは見れなくなっていた。
「最後のは、一体……」
年甲斐もなく、恐怖した。トウヤ君ではあるまい。彼からはそんな邪気を微塵も感じなかった。少し暴力的な思考かもしれないが、一線は弁えているはず。
しかし、ならば誰が……。
「……女神」
私はポツリとつぶやく。それだと辻褄が合うからだ。
女神の力である[浄化の瞳]がそもそも発動しなかった理由。さずけた本人である女神が、発動を拒んだのなら。
そして、彼が勇者ならば、女神は彼に祝福を与えているのかもしれない。
『カッテニノゾクナ』、勝手に覗くな。
それは、自身の所有物や下僕だという事だ。勇者である彼をそんな風に捉えることが出来るのは、それこそ彼らに力を与えているとされる女神しか居ないのではないか。
「命拾いした、という事かな」
もし更に[浄化の瞳]を発動させていたのなら、それこそ女神の怒りに触れていたのかもしれない。
こんな所で死ぬのはゴメンだと、私は乾いた笑いを漏らす。
今後、トウヤ君に関する情報は、女神の怒りに触れない、ギリギリの範囲で、つまり彼自身ではなく、彼の交友関係等に絞って調べるべきだ。
何がトリガーで女神の怒りに触れるかはわからないのだから、逆に交友関係ぐらいは調べておいた方がいいと思うのだ。
「……はぁ。ついてないなぁ」
私はため息をひとつ零した。今の私には、これから会うであろうトウヤ君と勇者が、関係を拗れさせないことを願うばかりであった。
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