第5話 無表情キャラのここぞという笑顔
別れの挨拶をした後も、まだ城からは出ない。もう1人挨拶したいやつがいるからな。
ちなみに、グレイさんでもマリーさんでもベルトさんでも、ましてや勇者達でもない。前者3人は、見聞きしたことを偽りなく国に報告する義務があるだろうから、本当は挨拶したかったのだが、やむを得ず今回は見送った。
もしかしたら黙っていてくれるかもしれないが、バレた時の3人の地位が危ないので、俺が堂々とできる立場になった時に、改めて生還の報告をしよう。
一方で勇者達は、何人か口が軽そうなやつが居るから却下。俺の存在を見せることで現在の精神的ダメージはある程度回復するだろうが、代わりに俺の存在が絶対に王族にバレてしまう。
それと比べると、別にそこまで挨拶がしたいって訳でもないので、こちらも期を見てからにしよう。
冷たいかもしれないが、こっちも色々と考えている身だ。一度挫折を味わっておいてもらいたい。
そして挫折から立ち直って欲しいのだ。
その点、
まぁそういうわけで、となると、俺がこの城で特に接したのは残り1人だ。
強化された[気配遮断]をフルで使用し、いつも以上に隠された気配が多い廊下を走り抜ける。この黒マントのお陰で、こんなに激しく動いても俺のことを全く察知ができていないようだな。
正直どういう働きをしているのかは気になるが、今は相手が気づいていないということが重要だ。
図書館の扉の前につき、一応周りの気配を探って、図書館内には1人しか居ないことを確認してから中に入る。
「ん……」ムクっ
扉を開けた瞬間、寝ていたのか、受付の机に突っ伏していたルリが顔を上げる。
───いやいや、流石に俺の気配を察知したわけじゃないよな。偶然だよな? 扉を開けた音に気づいただけのはず。
これ以上変な疑問を抱かないうちにさっさと[気配遮断]を解いてマントを
「よっ」
動揺をポーカーフェイスで隠して、俺は軽く挨拶する。
「……誰かと思えば、トウヤ」
「あぁ。俺のこと……聞いてるか?」
「……ん。グレイから、大体」
なっ!? グレイさんを呼び捨てにできる、だと!?
いや、それも重要だが、グレイさんから話を直接聞いているということも気になる。
もしかしなくても、ルリって実は、結構な立場なのか?
「そ、そうか……にしては、驚かないんだな」
「……他人の心配を、する位、余裕な人が、死ぬとは思わなかったから」
淡々と、事実を述べるだけのルリからは、そう感情が読み取れない。
信頼されている、のだろうか。
「ま、そうだな、余裕だったな」
「……」ジトー
……見栄は通用しない、か。
「……まぁ実際は少し危なかったんだが……と、その件で、俺はしばらく身を隠すことになったから。別れの挨拶をと思ってな」
「……そう……残念」
そう言ったルリは、確かにいつものように無表情ではなく、少し悲しそうな雰囲気が漂って。
そんなルリに、俺は嬉しさを感じつつ、何となくポンポンとルリの頭を叩く。
「しばらくって言ったろ。その内また来るさ」
「……べ、別に、会えないから寂しいとか、思ってない、から。あくまで、話す相手が、いなくなるから、残念ってだけで……」
そうまくし立てるように喋るルリ。何となく、それはツンデレを連想させるようで。
そんな馬鹿なことを脳内の隅で思考し、素直じゃないなぁと苦笑い。
「……じゃあそろそろ行くわ。1ヶ月間世話になったな、ルリ」
「……ん。バイバイ、トウヤ」
俺がルリの頭を撫でつつ言うと、本当に、本当に少しだけ。
────ルリの頬が、ふっと緩んだ。
ドキッっと、心臓が高鳴ることこそしないが、可愛いなと思ったのはホントだ。
そんなルリを
あの笑った顔が、やけに明瞭に記憶に残る。なるほど、普段無表情な奴が笑うと、思ったよりもギャップが激しいようで。
まぁ、なんというのだ。ご馳走様でした。
◆◇◆
その後、すぐには城を出ず、宝物庫や武器庫をさささっと漁らせてもらった。
勿論警報系の魔法がかかってないのは確認したし、偽装のために扉は開けず、中に直接転移させてもらった。
宝物庫には、まず金銀財宝、つまり金目のものがあり、
ステータスプレートも秘宝に入るらしいが、他にも[鑑定]の効果が使える指輪の秘宝や、皿に乗せた物の価値を傾きで測る天秤型秘宝もあった。
とりあえず、価値のありそうな宝石と、[鑑定]の付いた指輪は借りていく。
代わりに、ここに来る途中に居た貴族が持っていた、指輪を置いておく。勿論何の効果もない、ただ高価なだけの指輪だが、誤魔化すには丁度いいし、バレた場合はその貴族が疑われる。
武器庫は、恐らくグレイさんたち騎士団も使うと思うので、品質が特級や上級の様々な武器を拝借するぐらいに留めておく。俺は剣が一番得意だが、他の武器も大体使えるから、臨機応変に対応できるようにということで。
後は色々と付けれそうなベルトひとつ拝借、を早速腰に巻いて、王城でやること終了だ。
武器庫から転移で、俺の
そこには既に何も無い。なぜなら俺が既に物置ごと『
「それにしても、こことはお別れかぁ……」
王城を見上げて、何となく呟く。腹黒達はともかくとして、普通に生活する分には全然問題が無かったし、訓練もまぁまぁ楽しかったから、そう考えると結構贅沢な暮らしをしていたのかもしれない。
そこだけはあの王と王女には感謝してもいいかもしれない。
というか未だに女王(王妃?)は見たことないのだが、もしかして既に逝去しているのだろうか?
会ったことはないが、出来れば普通の人であって欲しいと思う。腹黒達はお腹いっぱいです。
「……っし、さっさと行きますか」
あまり長居しても意味は無い。早い時間のうちに行動しておいて、距離を稼ぐとしよう。
王城の正面に回って、門をくぐり抜ける。
勿論門には兵士が二人いたが、俺の[気配遮断]の前には無力。正面を通っていたが、特に咎められることはなかった。違和感すら感じないのかね。
門をくぐる際、何となく会釈。勿論反応は返ってこないが。
門を抜けるとそこは、王城の窓から何度か見たことのある、王都となる。
「おぉ、スゲェー」
思わずそんな声が出てしまうくらいには、それはもうわんさかわんさか。ここは王城の前だからあまり人が居ないが、メインストリートっぽい場所はもう日本の首都を思い出すような人口密度だ。
形的には、大通りがあって左右に家や建物が建ち並ぶ感じ。そしてたまーに裏路地に続くような道があって、まさにファンタジーらしき場所だ。
建材も白い壁にオレンジ屋根みたいなのが多い。中世ヨーロッパ、とよく表現されるけど、中世ヨーロッパのイメージが全くわかない。
俺の頭の中だと中世ヨーロッパ=ファンタジーみたいな感じだからな。多分こんな感じなんだろな~ぐらいの感覚だ。
メインストリートへ向けて歩いていると、急に道が割れる。どうやら馬車が通るらしい。
俺も合わせて道を開けると、後ろに檻を乗せた、二頭の馬で引いている馬車が通っていく。
(馬車ってあんな感じなんだな。あんなガタガタ振動するので移動するのは勘弁したいが……ん?)
丁度馬車が通って、俺の視線の先に檻の中が見えた。
その中に入っているのは、動物とか魔物とかそういうのだろうと思っていたのだが、違った。
そこには獣の耳や尻尾を生やした、
時間的には刹那と表す程の短い間。しかし、思考が加速していた俺には、檻の中にいる彼らの表情がハッキリと見て取れた。
まるで絶望の中にいるような、光を映さない瞳。空虚といっても差し支えないほどに何も映らない瞳が、彼らの心境を表しているように見えた。
それは、首に付けられている首輪のせいなのだろうか、馬車を引いている商人のせいなのだろうか。
(奴隷、か……)
本の知識では、この国は、"女神教"と呼ばれる宗教団体のまとまりでもある。女神教は『人間至上主義』を掲げており、獣人を蔑称として"亜人"と呼ぶ。
彼らは魔物と人が交わって生まれた、忌むべき種族としているようだ。
魔物とは、世界にもう1柱いる神である、悪しき神"魔神"から生み出された存在であり、人間はそんな魔物達を倒すために善神である"女神"に作られた存在であるとされている。
魔物との間に生まれた獣人は、人間でも魔物でもない、つまり世界に祝福されていない種族とし、女神教は獣人を目の敵にしている。
そして、そんなルサイア神聖国では、獣人の奴隷の取引が頻繁に行われているらしい。本でちょろっと見た内容なので、すぐに思い出すことが出来なかった……いや、思い出したくなかったのか。
なお、本当は魔物と人間の間に生まれたのが獣人であるというのは、全くのデマであり、嘘である。
魔物が人間と交わる可能性はある。だがそれは、"苗床"としての話だ。ゴブリンしかり、オークしかり。
そして魔物と人間で交わった場合、生まれるのは"交わった魔物と同じ種族の子供"であり、人間が生まれることも、獣人が生まれることもない。
少なくとも、基本的にはそうだ。
更に言えば、魔神と女神の話も根拠の無いものである。
神が居るというのは分かっている。武器の等級に『
無論、誰が作り出した等級なのかもわからない以上、憶測の可能性もあるにはあるが。
それに、女神の存在はほぼ確定的だと言っていい。神託という存在があり、それの内容が当たっているのだから、女神やそれに近しい高次元の存在が居るというのは誰にでもわかる。
だが、女神が人間を作り出したとか、魔神が魔物を作っただとか、それは全く根拠の無いものだ。実際図書館の本を読み尽くしたが、神に関する情報は宗教上のものしか無かった。
獣人を忌むべき種族としていながら、やっていることはただの人身売買。体良く労働源を確保しているようにしか思えない。
大義名分のもとやらせることで、より民衆が乗りやすいようにしているだけ。
「あれだ、宗教って、マジめんどい」
小声でポツリと呟く。人間至上主義だとか、獣人は忌むべき種族だとか、そんなものはお気楽異世界旅行には何一つ必要ない。
そもそも、この国自体歴史はそう古くない、比較的新しい国なのだ。この女神教とやらも、この国以外ではほとんどないと言っていいはずだ。
にも関わらず、既に獣人の奴隷はこの国に沢山いる。労働源としてはさぞかし優秀だろうな。
はぁ、とため息一つ。
外に出て最初からこんなんとか、ついてないなぁ。運のステータス300あるはずなのになぁ。
もう一度ため息を吐いて、俺は再び歩き出した。
思考に、既に獣人の奴隷は残っていない。
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