第3章 ルサイア脱国編
第1話 あの時は……
「それで刀哉、聞かせてくれるんだよな?」
「あぁ、とは言っても簡潔に話させてもらうがな」
叶恵の部屋は女子の部屋だからダメだという理由で、現在は樹の部屋に移動していた。
───その時、俺も叶恵も、冷静になったら結構恥ずかしいことをしていたなと後から赤面したのは内緒だ。
いや、叶恵が赤面したところなんかレア物だから、ある意味貴重だったのだろう。
同じように、俺が赤くなってしまったのも、らしくないが。
まぁ、移動するなり樹にそう急かされたので、俺は早速話を切り出すことにした。
「俺があの崖に落ちた後はだな───」
◇◆◇
「くっそ、離せよ!!」
俺の体を掴んでいるオーガキングに俺は叫ぶ。もちろん、無意味な行為だ。
オーガキングは俺が結構本気で重力魔法をかけたせいか、いつの間にか気絶していた。もしこれで起きていたら今頃俺は内蔵をぶちまけていたかも……。
「……いや、考えないでおこう。それよりも早くしないとだ」
雑念を払い、俺はどうやってオーガキングの手から抜けるかを考える。
現在、言うまでもなく俺達は、重力に従って容赦なく下に落ちている。
確か人間の落下速度は、地球の大気圏内の場合は時速200Km辺りが最大だったはず。
となると、この世界、しかもオーガキングに当てはまるかはわからないが、現在俺は秒速55m程の速度で落ちているということになる。
そして既に落ち始めてから10秒が経過している。初速は少し遅いとしても、500m近くは既に落ちていることに。
この崖がどのくらいの深さなのか分からないが、この速度で何分もかかるほど深くはないだろう。
考えろ、思考をフル回転させろ!
現在俺は身体をガッチリと掴まれている。気絶していても力が込められているのか、一向に抜け出すことは出来ない。
もしこれが、腕は外に出ていたりしたなら違かったかもしれないが、現在は腕を動かすほどの隙間すらないため、力が入らない。俺のステータスを鑑定で確認したら驚くほど、それこそ4桁までに上昇していたのだが、力が入らなければ意味が無い。
となると、後は魔法になる
……そうだ! まずは重力魔法を使おう!
「えーっと……『
今考えた即興魔法により、俺とオーガキングに対する重力を減らす。
今までずっと加重しかしていなかったが、逆だって使えるだろうと思ったのだが成功だったらしい。落下速度は先程の5分の1程まで収まっている。とりあえずはこれでいいだろう。
本当は重力の向きごと変えようかと思ったのだが、失敗した時のリスクが高いのでやめておいた。
「よし、とりあえずこれで、最悪地面に落下してもそこまでの衝撃は来ないはずだ」
秒速11m程度なら、強化された肉体ならいけるだろう……多分。
さて。それで、問題はどう抜け出すかなんだが……。
「時空魔法での転移が無難なんだが、一回しか試したことないしなぁ……」
時空魔法で転移が可能なのは事前に確かめたことがある。だが、こんなオーガキングの手と密着した状態、しかも落下中にやったらどうなるか分からない。
成功は勿論、不発ならまだいい。だが、失敗して石の中にいる状態や、オーガキングの手と混合するのは嫌だ。
ただでさえ緻密な座標指定が必要な時空魔法、その中でも特に正確性を求められるであろう転移だ。
そのリスクを考えると、最終手段に回さざるを得ない。
「となると、オーガキングを倒すしかないか……」
そう、オーガキングを倒せば魔力となって消えてくれるはずなので、それが一番手っ取り早い。
後はどうやってこのオーガキングを倒すかだ。
「水魔法での窒息……は時間がかかるから無理。風魔法での真空状態も同じ理由で無理」
体の大きさからして、内包している空気量も多いだろう。そうなると窒息まで時間がかかりそうだ。
攻撃魔法も、並大抵のものじゃ効かないだろうし……。
「となると、やっぱり時空魔法でこいつの頭だけ転移してみるかな」
自身を対象にした転移ではなく、オーガキングを対象にした転移。
それならば、失敗しても俺にリスクはない。オーガキングの頭がどこ行こうが、知ったこっちゃないのだ。
俺はオーガキングの頭部を対象に魔法を組み上げていく。流石に体の一部だけとなると、範囲の指定や威力も念入りにしなければならない。
と言っても、それは時間にして瞬きの時間しかなかった。思考速度が上昇している今、体感時間は数十倍以上に引き伸ばされている。
「……『
名称を叫ぶのは、よりイメージを強固にするためというのと、効果的に新しい魔法なのでちゃんと宣言しておきたかったって言うのがある。
対象はオーガキングの頭。自分以外の、それも生きている生き物の一部位だけを転移させるには相当の魔力が必要なのか、レベルアップで増えた俺の魔力でも結構持ってかれた。
だが、その甲斐あってか魔法は成功した。
グシャ!!
そんな生々しい音を立てながら、オーガキングの頭はその部分だけが綺麗にくり抜かれた。
頭がどこに転移したのかは考えたくはないが、血をまき散らしていたオーガキングの身体が段々と魔力となって消えていくのを見るに、倒すことには成功したのだろう。
恐らくレベルアップをしているだろうが、見るのは落ち着いてからだ。
ようやく───といってもたかが1分程だったが───自由になった身体を空中で少し解し、『
「……ふぅ、母なる大地よ」
何となくそう言って地面に手をついてしまったのは仕方が無いことだと思う。たかが一分ほどとはいえ、そんなにも地面につかなかったことなんて水泳ぐらいしかないからな。
それにしても、と俺は周囲を見回す。洞窟のようにでこぼことした壁に地面。ここがまだ迷宮の中なのか、それとも別なのか、判別がつかなかった。
「う~ん、最悪魔力さえあれば戻ることは簡単だからなぁ」
うん、時空魔法で足場を作るなり、重力魔法で浮かぶ魔法を新しく作るなりすればいけるだろ。頑張れば転移でも行けるかもしれない。
そうなると、今はここを探索するのがいいか。上では俺が落ちたことである程度混乱しているだろうしな。それが収まってからの方がいいか。
今ここで、グレイさんに俺が生きていることを知らせるのはまずい。
何気に冷静な自分に酷く違和感を覚えるが、自分に違和感なり悲しみなりを抱くのは別に初めてのことではないため、気にしなかった。
ひとまず、と俺は壁に空いた3つの穴へと意識を向けた。
「右と左と前方、さてどれだろうか……」
はっきり言ってどこでもいいのだが、死にそうな目にあうのだけは勘弁だ。
だが、多少のスリルは求めたい。今は、何かがある道を選ぶのがいいな。
「とは言っても勘が頼りかぁ……真っ直ぐだな」
俺は前方の道を選ぶ。なぜなら、俺は真っ直ぐかつ純粋な心を持っているから、お似合いだろうと踏んだのだ。
……何言っているんだろうかと自分で自分に呆れつつ、進んでみる。
先程まで居た場所は落ちてきたことからも分かるように天井はなく、半円状の空間だった。
しかし今は通路となっている。横幅は5mと、普通に歩くぶんには広いが、戦うとなると少し手狭に思える。
天井も7、8mと、こちらも普通に生活しているぶんには高いのだろうが、やはり戦闘となるともう少し欲しい気もする。
とはいえ、そんな立体的な戦闘をするつもりはあまりないが。
「おっ?」
そんな通路を進むこと十数分。分岐点がいくつかあり、オタク魂故か、それぞれどこに続いているのか気になるが、自重しよう。
とにかく、その分岐点も全て真っ直ぐ進んでいると、常時展開していた俺の[気配察知]に何かが引っかかった。
十中八九魔物だろうが、多分強い。流石にオーガキング程ではないと思うが、オークとは比べ物にならないほどではある。
俺の[危険察知]がそう告げていたので、[気配遮断]を使って忍び寄ることにした。
……なんだかこの四文字のスキルを連続で使っているとスキルのレパートリーが無いみたいに思えてくる。全部似てるしな。
ちなみに俺が近寄ったのは、勝てると思ったからでもある。というよりは、レベルアップに飢えていたのかもしれないが。
目視できる範囲では、見えるのはまたしても分岐点。今度は左と右に分かれているものだが、気配は左からするようだ。
(くそっ! ここで俺の連続直進記録は終わりか……)
そんなどうでもいいことを考えていた俺だが、警戒は怠っていない。現在も[気配感知]と[気配遮断]をフルで活用しながら近づいている。
ここはまだ迷宮ということなのか、壁や床が発光しているため視界が確保出来ていた。迷宮が光る理由はよく分かっていないらしいが、一説では壁や床の素材自体に、発光する石、『発光石』が含まれているのではないかと言われているらしい。
その知識を得た時、安直な名前過ぎて、もう少しどうにかならなかったのかとその本に向かって突っ込んでしまったのはここだけの話。
そのため、視界が確保された状態の今、目の前に存在する黒い影にもすぐに気がついた。
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