最終話:ぽんこつメイドは世界を救う!
キィ……。
あたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。
キィちゃん……。
あ、また。ひとりだけかと思ったらふたり?
キィ。
小娘。
嬢ちゃん。
キィさん。
って、あれ、さんにん、よにん、ごにん、ろくにん……何人もの人たちがあたしの名前を呼んでいる。
ううん、一体何なんだよ、もう。また勇者様絡みで、誰かが苦情でも言いにきたのだろうか?
それになんだか、頭がズキズキと痛む。おまけに体がぎゅっと何かに握りつぶされているようで息苦しい。
く、くそう。まずはこの状態から抜け出さなくては。
あたしはまだ目を瞑ったまま体に力を入れると、ふんぬーと握りしめた両拳を思い切り頭上に突き上げた。
「ぶはっ!」
するとあたしの拳を喰らった何かが無様な呻き声をあげる。
やった、我、標的を見事撃墜せり。
やにわにあたしを羽交い絞めにする力が弱まり、すかさず体を回転させて束縛から逃げ出すと標的を確認する。
「え?」
驚いた表情を浮かべて、ぺたんと座り込む勇者様がそこにいた。
いや、勇者様だけじゃない。魔王様も、コウエさんも、ミズハさんも、周りにいたみんながみんな、驚いてあたしを見ている。
えーと、いったい皆さんなにを驚いておられるので……って、痛っ!
不意にあたしの頭がズキンと痛んだ。
慌てて手を伸ばすと、頭の頂上に見事なたんこぶ。
なんだこれ、一体いつ、こんなのを作るハメに……。
「えーと、確かあたしは魔王魂に乗っ取られ……あ! あああああああああああああああああああああああああああっ!?」
思い出したっ。
あたしの中の魔王魂を倒すため、勇者様の注目を集めようと思って以前取得していた『ギャザリング』スキルを使ったら、な、な、なんてことか、あたしは自分のスカートを捲り上げて……ううううううううわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
「うわっ、うわっ、ダメだ、もうダメだ、死ぬしかない。あんなの見られて、生きてられないよー!」
あたしは咄嗟に近くに転がっていた勇者様の剣を手に取り、その切っ先を自分の喉に持っていく。
「アホかっ!」
だけど、すかさず勇者様が座りながら片足で剣を蹴りつけてきた。
あっさりあたしの手元を離れた剣は、クルクルと地面を回って吹き飛んでしまう。
「うわん、なにするんですか、勇者様。後生ですから、死なしてくださいー」
「さっきまで死んでたヤツがなにを言ってやがる!」
へ?
死んでたって誰が?
なんのこっちゃと周りを見渡す。
すると、何故かみんながあたしを指差した。
「え、あたし、死んでたの?」
「ああ、完璧に死んでた。なのにどうして生き返れたんだ、お前は?」
え、いや、生き返るもなにも死んでいたことすら覚えてないんですけどね。
ただ、なんだろう、妙に嬉しいことがあったような気がする。
それに何かこれからも悲惨なことに遭いそうな、そんな予感めいた言葉をかけられたような気も……。
「ふっ、もしや神がなにかしらまた企んで蘇らせたのかもしれぬな」
見上げると魔王様が微笑んでいた。
「でも、そんなのどーでもいいよ。キィちゃん、おかえり!」
ミズハさんも笑っていた。
コウエさんも、ニトロさんも、イサミさんも笑っていた。
そして勇者様も、いつの間にか立ち上がり、これまで見たことがないぐらい優しそうな笑顔を浮かべ
「キィ、よく戻ってきたな!」
お褒めの言葉とともに手を差し伸べてきた。
「は、はぁ、どうも」
うーん、あの勇者様が優しいなんてどうにも調子が狂うなぁ。
でも、苛められるよりかはずっといい。
それに紳士的な勇者様は、結構カッコイイかも……って、あわわ、ミズハさんから何やら危険な視線を感じるので今のは無しで。
「よいこらしょっと」
勇者様に手を貸してもらって立ち上がる。
いまだ興奮冷めやらず、歓声を上げる大勢の冒険者たちの遥か向こうで、おひさまがまさに沈みつつあった。
あのおひさまが二度と昇ってこない未来もあったんだと思うと、改めてぞっとする。でも、あたしたちは見事に成し遂げたんだ。この世界を、しかも誰も犠牲者を出さずに、完璧に守りきったんだ!
「ああ、お前がとんでもないことをしてくれたおかげでな!」
「それを言うなぁ!」
って、おい、勇者様! さっきまでの紳士ぶりはどこに行ったし?
「そもそも、魔王! お前、ああなることを予想して、ギャザリングのスキルをキィに選ばせただろう? このむっつりスケベめ!」
「それはとんだ言いがかりである。ギャザリングはキィが自ら選び取ったものだ。もっともその際に助言を求められたならば『恥ずかしいめに遭いたくなければやめたほうがよかろう』と伝えられたのだが」
「やっぱり予想してたんじゃないですかーっ。だったら言ってくださいよぅ、魔王様っ!」
以前にも感じてたけど、やっぱり魔王様と勇者様ってどこか似ているヨ!
「でも、おかげで世界が救えたんだから、キィちゃんには悪いけど、良かったんじゃないかな?」
「よくないですっ、ちっともよくないです!」
ミズハさん、同じ女の子なのに他人事みたいに言うのはやめてー。
「まぁ、そう言うなって。なんだかんだ言って、嬢ちゃんが誰一人犠牲者を出すことなく、この世界を救ったんだ。まさに救世の聖女ってヤツじゃねーの!」
「世界を救うのなら、もっと格好良く救いたかったんですよーっ! だって、あれじゃあ救世の聖女っていうより……」
「うん、救世の痴女だね」
うわん、冷静にトドメをさすのやめてくださいコウエさん!
「うわああああ、やっぱり死にたくなってきたーっ」
勇者様はやっぱり勇者様だったし、魔王様もあたしをからかうのが大好きだし、ミズハさんは他人事だし、コウエさんは鋭利なまでに冷たくて、もうなんなんだ、みんなが揃いも揃ってあたしを苛めてくるよっ!?
「仕方ないのじゃ。キィはそういうキャラじゃからな」
と、不意に空から声が。
見上げてみると、ドラゴン形態のドラコちゃんが空を優雅に舞い、これまたあたしの思考を読んで天高くから声を掛けてきた。
そして。
「号外じゃ! 魔王討伐記念に神様が発行した号外じゃぞ!」
夕焼け空を優雅に飛ぶドラコちゃんの背中から、なにやら光る紙をあたりにばら撒いている。
ふわふわと。
その一枚があたしたちの手元にも落ちてきた。
「なんだ、後姿じゃねーか」
「前からはさすがに倫理的に問題があるであろう」
「てか、見出しのセンスひどいよね、これ」
「もろエロおやじギャグだな」
「号外といいつつ、単にこいつを弄りたいだけじゃないのか、神も」
コウエさんの言葉に、みんなが手にした号外から私へと注目を移す中。
まさしくあの瞬間の画像が、『新魔王のドッキリ大胆行動に、勇者もついにエクスカリバーをヌく!』というヒドい見出しとともに載っている号外を、あたしはびりびりに破り捨てて叫んでやった。
「もう二度と世界なんか救ってやるもんかー、こんちくしょうー!」
『魔王様のゲーム』 おわり
『魔王様のゲーム』、無事完結させることが出来ました。
応援ありがとうございました。
続編を出来れば一年後ぐらいに公開できたらと思っています。その時はどうぞよろしくお願いいたします
魔王様のゲーム~勇者のお供で魔王の奴隷なぽんこつメイド、世界を救う!?~ タカテン @takaten
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