#08-05: 恥を知りなさい!
目的地である車までの途上に、何百という数のマスコミがいた。今までは私たちは秘密裏に動かされていたが、さっきの査問会生中継で居場所が特定されたのだろう。黄昏時の暗さの中に焚かれる絶え間ないフラッシュは、私たちをげんなりとさせた。だが先頭を行くカワセ大佐は、海を割った聖人のように迷いなくずんずんと突き進んでいく。
慌てて追いかけるその途上で、メディアの人間たちが次々と質問を浴びせてくる。
「ネーミア艦隊との戦闘に関する感想」に始まり「歌の配信はいつになるか」とか「意気込みは」とか「提督に不満はなかったか」というような質問まで飛び出した。しかしカワセ大佐は足を止めることなく突き進んでいく。私たちは一も二もなくその後をついていく。
「国民はお二人に期待しています。不安になっている国民の皆様にメッセージを!」
不安なのは私だって同じだ。ふざけるな、という気持ちの方が強く湧く。
「先の戦いではマリオンさんたちは下級の歌姫たちを集中的に狙ったように見えましたが、その時のお気持ちは如何なものだったのでしょうか」
「国民の間ではソリストが下級の歌姫たちを狙い撃ったことに対して批判の声が上がっていますが、反論があればぜひ」
……好きでやったと思っているのか。睨みつけそうになる私だったが、アルマが右手を握ってくれているおかげで、まだ冷静さを維持できていた。その時、視界に横断幕が目に入った。それはご丁寧にライトアップされていた。——「恥を知れ、ソリスト!」と書かれていた。胸の奥から噴き出してくる悔しさ。無理解のままきれいごとだけを吐いていられる人々に対する嫌悪感。それは「正義」を標榜する市民団体による活動だった。彼らとて、私たちや提督方の命を削って紡いだ歌の恩恵を受けている人々なのは間違いない。今回だって……。
「大佐、私、悔しい……」
「ええ、私もです」
カワセ大佐は車の所に辿り着くと、私たちを車に押し込めた。そして単身後ろを振り返り、群がってきたメディアの人間たちを一喝した。
「恥を知りなさい!」
その声はメディアの奏で出す喧騒をあっさりと貫通して、黄昏の空に響き渡った。カワセ大佐のここまでの大音声は聞いたことがない。
「私は第二艦隊作戦参謀長、マリア・カワセ大佐です。あなた方メディアの人間たちに、私個人の意見として一言言わせていただきます」
そのよく通る声は、美しくもギラリと光る刃のようだった。私たちの臓腑にすら突き刺さる、そんな重さの声だ。
「あなた方は、自分たちが今、この子たちに何を言ったのか。自覚がありますか。狂気を孕んだ物言いをした自覚はありますか。この子たちは、何の力もない私やあなた方に代わって、その命を、尊厳を賭けて戦っています。確かに戦力としては最強でしょう。ですが、無敵ではありません。怪我もすれば死にもする。殺し。殺される。二十歳になるかならないか。ようやく選挙権を得た年頃の子たちが、政治の道具として使われる。しかしこの子たちはそれに粛々と従うのです。確かに軍人の責務としては国を守ることが第一にあるでしょう。しかし、この子たちは違う。私たちがこの子たちに負わせているのは、一軍人の領域を超えている。遥かに。まず大前提として、そのことを認知しなさい」
騒然とした空気を切り裂いて、カワセ大佐は続けた。
「負ければ恨まれ憎まれ責められる。何事もなければ揶揄される。勝っても喜びはない。なぜなら、この子たちの手はそのたびに血に汚れるのだから。この子たちには殺す相手が見えているのです。その全ての情報が、脳裏に焼き付くのです。文字通りの断末魔に晒されているのです。正気でいられますか? その状況を前にして狂わずにいられると言える者だけが、石を投げなさい」
「しかし、それが
「ふざけるな!」
カワセ大佐は吐き捨てた。その声は車内にもイヤというほど反響した。私の頭がハウリングを起こしたほどだ。遠慮がちに焚かれるフラッシュが、私の不安を煽っていく。私はいつの間にか、アルマとまた手を繋いでいた。私は思わずアルマに尋ねた。
「だ、大丈夫なのかな」
「大佐なりの考えがあってのことじゃないかな」
「な、ならいいんだけど」
「うん……」
そんな中、カワセ大佐の静かな怒号は続く。
「今回のこのイザベラ・ネーミアの反乱は、私や、あなた方のような無責任な意図的弱者、あるいは傲慢な先導者たちによって引き起こされた。恥を知るべきものが恥を知るために、イザベラ・ネーミアは私たちに機会を与えた。私も、あなた方も、第三者ではない。当事者なのです。そうやっていつまでも安全圏から汚い野次を飛ばし続けるのはやめなさい」
正直、車内の私たちの方が震え上がっていたかもしれない。穏やかな口調の中に隠されたあまりにも先鋭な感情に、私たちの感覚はすっかり参ってしまった。
「理解できたのならさっさと記事を作りなさい。『我々は自殺する』とでもね」
そう言ってたっぷり三秒は待ってから、カワセ大佐は助手席に乗り込んだ。息を吹き返したメディアによって眩しいほどにフラッシュが連発され、私たちはまるで何かの容疑者のように光に追い立てられた。
フラッシュが見えなくなったころになってようやく、私は何とか息を吸えた。
「た、大佐。大丈夫なのでしょうか……」
「大丈夫よ、マリー。少しだけスッキリしたわ」
スッキリどころの騒ぎじゃないんだけど。私は未だに動悸が収まらない。
「ごめんなさいね、あなたたちを利用してしまって」
「いえ、それは……」
私はアルマと顔を見合わせる。カワセ大佐は前を見たまま言った。
「人の想いを汲むのは苦手なのよ。見え過ぎてしまうから」
「わかります」
アルマが私の手を握りながら言った。
「悪意も善意も、何もかも見える。聞こえる。あたしたちは……あれ? あたしたち? カワセ大佐、まさか」
「まさか」
カワセ大佐はフフッと笑う。
「だったら良かったのよ、いっそね。であれば、ヴェーラをあんな目には遭わせなかった。あんなことをさせやしなかった」
「そう、ですか」
そうとしか言えない。私は右手にアルマの左手を感じる。
「そして、私がイザベラをあんな風にしてしまったのかもしれない」
「それは――」
「いいえ、マリー。あなたもいずれ、いつか知ることになるでしょう。この戦いの、いえ、この
「大佐……」
私たちはそれきり黙ったのだった。
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