#08-04: サムからの取材

 ようやく査問会から解放された私たちは、あてがわれた一室でおとなしくジュースを飲んでいた。参謀部第六課に所属するプルースト大尉という人物が待っているようにと言ったからだ。私たちにはもう何をする気力もなく、ただソファに座って炭酸飲料を飲みふけっているのだった。


「お待たせ」


 カワセ大佐が入ってきて、私たちは慌てて立ち上がりかけた。だが、「そのまま」と言われて、またソファに逆戻りする。寝不足に査問会——続く試練の前に、もう立つのも億劫だった。そんな私たちに向けられたカワセ大佐の目は、少し潤んでいるようにも見えた。


「私の演説原稿、気に入っていただけた?」

「さっきの大統領の、ですか?」


 アルマが訊く。カワセ大佐は苦笑交じりに頷いた。


「三十年以上前とはいえ、一時期俳優をやっていただけあって、なかなかの演技力だったわね、あの大統領」

「演技、ですか……」


 私は幾分か失望した。迂闊にもそれが声に出てしまった。しかしカワセ大佐は別に怒るでもなんでもなく、小さく肩を竦めてみせた。


「それも必要な事なのよ、政治の世界では。さっきの査問会、リアルタイムに放送されていたのよ、ネットの中では」

「ええっ!?」


 私とアルマは危うくジュースを噴きそうになった。


「情報部と保安部を出し抜くのは大変だったけれど、最終的には私たち参謀部が勝ったということね。論理回線を欺瞞ぎまんするのは本当に大変だったわ」

「ははぁ……」


 よくわからないが、あの情報部と保安部を出し抜いたというのは気分が良かった。


「あなたたちにはすぐにも出撃してもらうことになるけど、その前にどうしても会いたいって人がいて。知ってるかしら、サミュエル・ディケンズっていうマスコミの人間なんだけど」

「ディケンズさん?」


 私はアルマと顔を見合わせ、同時に「あっ!」と声を上げた。そして同時に言った。


「セルフィッシュ・スタンドの発禁本の人だ!」

「そうそう、よく知ってるわね」

「そりゃもう」


 そこまで声が重なって、私たちは思わず笑った。


「さてさて、にぎやかなのは良いんだけどさ」


 そこに顔を出す丸眼鏡の男。無精ひげ、白いTシャツ、迷彩ズボンに黒いブーツ。肩掛けカバンは使い込まれていて、元の色がわからない。まるで陸軍兵士のような出で立ちの男だった。年の頃は四十かそのくらいに見えるが、日焼けが邪魔をしていてよくわからない。


「サム、待っててって言いましたよね」

「非公式だっつのに、廊下で棒立ちは芸がねぇだろ、マリア」

「ファーストネームで呼んで良いとは言っていませんけど」

「まぁ、そう言うなよ。お前だって俺のことをサムって呼ぶだろ」


 カワセ大佐と互角に言い合う人を初めて見た私たちは、たぶん少し呆然としたと思う。


「良いでしょう。では、始めましょう。二人は疲れているので手短に」

「はいはい。そんじゃ、ここに座らせてもらいましょうかね」


 部屋に二つある三人掛けソファは私とアルマで占拠してしまっていたから、サムは立てかけられていたパイプ椅子を持ってきてどっかりと腰を下ろした。


「とんだ政治ショーに使われたもんだよ。マリアもひどい奴だな」

「サム、手短にって言いましたけど」

「悪い悪い。今日はお嬢ちゃんたちにこいつを見せたくてね」


 サムが取り出したのはタブレット端末だった。


「こいつが、先の戦闘についてのレポートだ。本当はウラニアに乗ってく手筈だったんだが、マリアにドタキャンされてね。おかげで命拾いしたっちゃしたけどもな」


 言われるがままに電源を点けて、私たちは並んでそれを読んだ。セイレネスを通じていなければわからないようなことまでが詳細に書かれていて驚いた。


「監修、カワセ大佐だ。どうだい、記事にしちまってもいいかい?」

「良いも悪いも、好きなものを載せるのがメディアでしょう?」


 私が言うと、サムは眼鏡の位置をスッと直して首を振った。


「あんな三流クソメディアと一緒にするなよ。俺はヴェーラやベッキーから信頼されていた唯一の記者だぜ。そうじゃなきゃ書けねぇだろ、セルフィッシュ・スタンドとかさ」

「それもそうですよね」


 私は素直に認めた。確かに、この人はの人間だ。


「書く以上はきちんとしたいわけ。ていうか、俺がきちんとしてるのはメディアに対する姿勢だけ。俺にはお嬢ちゃんやヴェーラやベッキーやイズーが何をどう思ってそういう行為に及んでいるのかとか、そういうのは推測しかできやしねぇし。なんでなんてまして想像を膨らますしかねぇよな? 状況証拠でそれらしく並べ立てるのは、バカと法律屋だけでいいのさ」

「だったら」


 アルマが髪に手をやりながら尋ねた。


「ヴェーラに、ヴェーラ・グリエールにインタビューした時、どう思ったんですか? あの事件が起きた時、どう感じたんですか?」

「あの事件てのは、焼身自殺のことかい?」

「ええ、はい」


 アルマはうなずき、私は固唾を飲む。ドアの前で腕を組んで立っているカワセ大佐の方を窺うと、少し困惑したような表情を見せていた。


「ヴェーラ・グリエールは正真正銘の美女だったよ。ベッキーくらいしか隣に立てないくらいに眩しくてね。それは十分知っていると思うけどよ。あいつは根本からして優しくて純粋で、時として残酷なくらいだった。アーシュオンの飛行士との事件にしても、あいつは俺にだけは話してくれたよ。でも、そこからだな。仮面を被り始めちまったのは」

「仮面……」

「あいつが火を放ったことを聞いた時、俺は来るべき時が来ちまった――不思議と慌てたりはしなかったんだ。そしてその後のイザベラの登場。俺にはすぐにピンときたが、まぁ、すぐあいつがバラしてくれたけどな」

「信頼されてたんですね」

「そりゃ十数年の付き合いだからな。あいつらが軍隊アイドルとしてデビューさせられた時の記事を書いたのも、誰あろう俺様だぜ」

「へぇ!」


 思わず感嘆の声を上げてしまう私。その頃の記憶はほとんどないけど、電子版のバックナンバーでは何度も読んだ記事だ。二人のあまりの美少女加減に、世の女子たちはあっさりと白旗を上げたりしたものだった。二人のディーヴァは、男女を問わず虜にしたのだ。


「でも、そんな俺にもあいつは事前に相談なんてしちゃくれなかった。あいつは本当に、ベッキーと、空の女帝とそこのマリア。三人以外には心を開かなかったんだ」


 少し寂しそうに微笑むその表情を目にして、胸がちょっと痛んだ。


阿片アヘンみたいなもんさ、お嬢ちゃんたちは」

「阿片……」

「存在しているだけで人と社会が壊れていくんだ」

「そんなひどい」


 私は思わず立ち上がりかけた。が、アルマに制止されて思いとどまる。アルマは言った。


「サムの言うことは正しいさ。あたしたちは麻薬の類の何かなのさ。この上なく万能で、この上なく依存性のある、ね」

「でも、それじゃ私たちに問題があるみたいじゃない」

「あるんだろうさ、あたしたちに。ネーミア提督は、だからこそその副作用を見せつける行為に出た。このままだと大変なことになるんだぞっていうね。でも——」

「そのままじゃ、ただの歌姫セイレーンの内輪揉めとしか映らなかった」


 サムは天井を仰ぎながら言った。


「どこまで行っても他人事ヒトゴトなんだ、バカでボケた国民の皆々さまにおかれましてはね。だからそこでマリアが一芝居を仕組んだ」

「それがあの統領の演説……」

「軍にも政治屋たちにも劇薬になっただろうが、それでもまだ足りねぇ。インスマウスをぶち込まれてもなお、平和を訴えるバカな奴が多すぎるからな」

「平和を訴えるのは悪いこととは思いませんけど」


 私は思わず言う。多くの人が平和を希求してやまないはずなのだ。私だってあんなことがなければ、今だって歌姫セイレーンではなかったかもしれない。一般人の一人にすぎなかったかもしれないのだ。それにできることならそうでありたかった。平和ボケと言われようが、危機感がないと言われようが、それならそれでよかったとも思う。いや、むしろそうであった方が幾らか以上に楽だっただろう。


「誰もが平和を望むはずです。私だって戦争で家族を失いました。その後、つらい施設での生活を強いられました。そこから解放されたと思えば、いきなり戦争のど真ん中、当事者です。こんなの、間違っている」

「そうだなあ」


 サムは真剣な表情で頷いている。


「まぁ、俺たちが武器を収めても戦争は終わらん。ヤーグベルテに対するABCD包囲網がある限り、セイレネスを使うか、エル・マークヴェリアの属国となるか以外の選択肢はないからな。未だ武力放棄を訴えるクソッタレも多いがね」

「私たちが都合よく動かなければ、アーシュオンやべオリアスに付け入る隙を与える……」

「そういうことだよ、お嬢ちゃん」


 八方塞がりというわけだ。私たちが前線で戦う以外には。


「ま、ジャーナリストの俺にできるのは、歌姫のリアルを発信し続けることくらいだ。そのためには、今後も仲良くしてもらう必要があるけどな。どうだい、俺はクソッタレのメディアの人間だが、手を組んでもらえるかい」


 問われても、私たちでは判断が付けられない。私はアルマと顔を見合わせ、そしてドアの所から微動だにしないカワセ大佐を窺った。大佐は肩を竦める。


「あなたたちの直感を信じると良いでしょう。この男が信用できるか、できないか。判断できるはずです」

「わかりました」


 アルマが答えた。私も頷く。


「これから、よろしくお願いします」

「おう、よろしくな」


 サムは私たちと握手を交わすと、タブレット端末を回収して出て行った。私はようやくソファから立ち上がり、大きく伸びをした。


「嵐みたいな人だね」

「だな。提督方が心を許したのも理解できる」

「うん。カワセ大佐、良かったですよね」


 私の問いかけに、カワセ大佐はゆっくり頷いた。そしてどこからともなくサングラスを取り出し、かけた。


「サングラス?」

「記者どもが出口で待ち構えていますからね」


 その言葉の意味は、五分もしないうちにわかった。


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