#08-03: 劇場型査問会

 一週間後、二〇九八年十二月二十二日――寒風吹きすさぶ最中さなかの撤退を終え、ようやく陸に上がったその直後には、私とアルマは査問会に召喚されていた。秘密の檻の中で、私とアルマは軍の高官たちの詰問に耐えなければならなかった。私とアルマは周囲を取り囲まれる形で立たされていて、情報部や保安部のものものしいを受けていた。


 中年から老年にかけての佐官や将官が、陸海空を問わず私たちにくだらない質問を繰り出してくる。私たちはかれこれ四時間立ちっぱなしだった。まったく無意味な質疑応答をしなければならない――くだらない時間だった。アーメリング提督たちは幾度もこんなことを経験してきたのだろう。今になって理解できた。まさに彼らはの代表なのだ。民主国家であるヤーグベルテの、シビリアンコントロールの末に作られた軍の姿の末路なのだ。


 私とアルマは視線を交わすことはなかったが、お互いの心の中は手に取るようにわかっていた――少なくとも私には分かっていた。


「それで、キミたちでの殲滅は可能なのかね」


 反乱軍。それは今や第一艦隊の正式な呼称だった。ネーミア提督が、アーメリング提督というディーヴァと、貴重な戦艦ウラニアを撃沈せしめたのは事実だ。だが、それでも、彼ら愚かなる老人たちに「反乱軍」とは呼んで欲しくはなかった。ネーミア提督を、いや、ヴェーラ・グリエールをあんな風にしてしまった責任の一端は、間違いなく彼らにもあったからだ。


「わかりません」


 そう言ったのは私だった。もうたぶん、すごく反射的に言っていたと思う。疲労も苛々も、とっくの昔に限界を迎えていた。


「殲滅してもらわぬと困るのだがな」

「どなたが?」


 また、私だった。ええいままよと、私は後ろで手を組んで姿勢を正した。


「どなたがお困りになるのでしょうか」

「シ、シン・ブラック上級中尉。口を慎みたまえ。ここは神聖な査問の場である」


 神聖な? ……危うく笑ってしまう所だった。


「神聖であるならばこそ、言うべきことは言わせていただきます」

「いい加減にしたまえ、上級中尉! 第一にキミは軍人なのだぞ。作戦、軍司令部には、徹頭徹尾従う義務がある」

「忠誠と盲従は違うということはわきまえております」


 マリー、やばくないか?


 隣のアルマの声が聞こえた気がした。だけど、私はそれを聞き流す。もう我慢は限界なのだ。我慢することは、アーメリング提督やネーミア提督への冒涜だとも思っていた。


「キミたちは!」


 どこかの提督が金切り声を上げた。


「先の戦闘で貴重な歌姫セイレーンを二十四名も戦死させたのだぞ! そのうえ五名も戦列復帰は不可能だと聞いている! こんな被害は前例がない!」

「それはそうでしょう。かのイザベラ・ネーミア中将ほどの実力のある敵がいなかったのですから。あの方ほどの脅威は、今まで現れなかったのですから!」


 目の前に机があれば叩いていただろう。


「お言葉ですが! あなた方は、ここに居並ぶ軍上層部のあなたたちは! 歌姫セイレーンたちに何度死ねとお命じになったか! その自覚もないままに、我々が磨り減るのも構わず、何度死地へとおもむかせましたか!」

「諸君らしかナイアーラトテップやインスマウスに対処できんのだ、やむをえまい。それとも貴官らは無駄な犠牲を承知で、通常艦隊を差し向ければよかったとでも言うのか」

「そうは言っていません!」


 私はちらりとアルマを見る。アルマと視線が合ったのを感じる。アルマは少し弱気にも見えた。だが、だからこそ、私が言わねばならない。


「しかし、あなたたちは手を抜いた。我々歌姫セイレーンに頼り切り、他の手を考えなかった。あまつさえ私たちの死の声、断末魔すら利用した。人々の支持を得るために、軍拡の口実を作るために、私たちを骨の髄まで利用しようとした! その代償が、ネーミア提督の反乱であり、アーメリング提督の戦死です!」

「軍人は政治の、つまり人民の下にある! 我々はしかるべきことをしてきた」

「ならばお答えください、閣下! 今まで――」

「軍法会議にはかられたいのか、上級中尉!」

ご自由にアズ・ユー・ライク!」


 私は右足に力を込める。表情が強張っているのがわかる。一生に一度出せるかどうかという勇気だった。アルマが隣にいてくれなければ、こんなことはできなかっただろう。


「そもそもだ」


 別の将官が言う。


「反乱以前の被害なぞ、そもそもがグリエール、ネーミア、アーメリング提督の采配の問題ではないか」

「休む間もなく実戦に投入されているのです。それに提督の力、ディーヴァの力にのみ依存した戦い方をあなたたちは望んだ! ならばディーヴァはどうなるのですか。永遠に戦い続けろと。見返りもなく、死ぬまで延々戦い続けろと!? その戦略を良しとし、ネーミア提督らの諫言かんげんに耳を貸さなかったのは、あなたたち全てではありませんか。戦争は人が死ぬものです。兵士は死ぬものです。無敵のディーヴァに頼り切って、その事実を忘れ、その事実を責めたその口で、私たちをも査問にかけている。恥を知ってください!」


 その場は騒然となった。軍法会議、上等じゃないか。この時期にそんなことが出来る余裕があるのなら、受けて立ってやろうじゃないか。私は覚悟を完全に決めた。


「ア、アントネスク上級中尉。キミはどう考えているのかね」

「シン・ブラックに同じです」


 アルマは決然と言った。根元がストロベリーブロンドになりかけている三色頭が、少しだけ揺れる。その瞳はまるで肉食獣だ。


「提督方。イザベラ・ネーミアがなぜ、今回のような暴挙に及んだのか。どなたもお分かりにならないのですか? 想像する努力すら放棄しているのでしょうか」


 あの歌――セルフィッシュ・スタンドに込められた想い。それを知るほどに胸が痛む。あんな簡単なことに思いが向けられないだなんて、いっそかわいそうな気もしてくる。


 そんな私を尻目に、アルマが声を張り上げた。


「はっきりしていることを申し上げます」


 査問会を満たしていた喧騒が、ノイズが、さっと引いていく。


「ネーミア提督の艦隊には我々が対処致します。されど厳しい戦いとなるでしょう。我々が全滅した際には、皆様も運命を共にしていただきたく存じます。今までのように逃げることなく、対峙していただきたく存じます。……無駄でしょうが」

「貴様、その発言は我々への侮辱――」

「やめたまえ!」


 暗闇の彼方から、よく通るバリトンが聞こえてきた。その声の主はゆっくりと私たちに近付いてくる。ようやく明かりの下に出てきたその時、私は思わず仰け反った。


「マサリク大統領閣下……」


 エドヴァルド・マサリク大統領。度重なる政権交代の末に生まれたとも言われているが、その堅実な政策や人柄には支持者は多い。マサリク大統領は私たちの所までやってくると、私たちと握手をしながら小さく頭を下げた。がっしりとした体躯の二枚目俳優のような容姿だった。


「ご苦労だった」


 思わぬ人物の登場と、思わぬ態度とその言葉に、私たちはすっかり動転してしまっていた。マサリク大統領は私たちに背を向けると、正面にひしめいている将官たちに向けて朗々と語り始める。


「歴戦の将帥たる貴官らに相応しくもない言動の数々は、今回については不問に処する。貴官らが歌姫セイレーンたちをどう思おうが自由である。ここは民主国家、ここは自由の国。その原則は変えられない。だがしかし! 事実として! 我々は、歌姫セイレーンたちに、そして、セイレネスに依存しているのだ! 我々は誰一人として、イザベラ・ネーミアに対抗する手段を持たぬ! ただこの子たちを除いては。なれば我々にできるのは、命ずることではない。願うことだ! 国家の危機を前にして、今、それをすることに何を躊躇する必要があるか!」


 堂々たる演説だった。政治の世界のトップ、ヤーグベルテという連合国家の盟主とは、かくもカリスマに溢れているのかと、正直私は少し引いた。どこまでが演技で、どこからが本音なのかが分からない。それは政治家としての資質と言えるのだろうけど、私からしてみたら人格が二つあるようなもので、しかもセイレネスを通じていろいろと分かってしまう私としては、甚だしく居心地が悪かった。


「我々はこの十数年、歌姫セイレーンたちに国家の安全を保障させてきた。この子たちが言ったように、むしろ使い捨てのような状況で、だ! それでも、彼女らは常に我々に応えてくれた。我々を、その身命を賭して守ってくれたのだ。違うかね」


 違わない。違わないけど――。


「ヴェーラ・グリエールも、レベッカ・アーメリングも、そしてレネ・グリーグもこの子たちも! と言っても良い!」


 えっ? どういうこと……。


 私は思わずアルマと顔を見合わせた。そんな私たちを振り返りもせず、マサリク大統領は演説を続ける。


「我々は、歌姫に依存した。依存してきたのだ! それなのになんだ。幾年も共に過ごしてきた仲間たち、あるいは憧れた人との戦いを強制されて、それを立派に成し遂げてきたこの子たちを、讃えるどころか非難一辺倒とは! いったい貴官らの良識はどこへ消え失せたというのか!」


 強烈な一喝に、場の空気が冷え切る。


「異論があるのならば遠慮は要らぬ! 申し出たまえ。その勇気を讃え、イザベラ・ネーミア討伐の名誉ある最先鋒に任じようではないか!」

「しかしですな」


 第何艦隊か所属の提督が震える声を発する。


「イザベラ・ネーミアなる人物をヴェーラ・グリエールの後釜に据えることについては、私は反対の立場でありまして――」

「だからなんだと言うのだ。大きな抵抗勢力はなく、ほぼ満場一致であったと議事録にはある。どんな民主的内訳たすうけつであったにせよ、軍はイザベラ・ネーミアを承認し、グリエールの後任として第一艦隊を任せた。それは事実であり、決して変えることのできない過去だ。ゆえに、軍部および議会は、この状況を打破する義務がある。しかし、遺憾なことに、それができるのは、この少女たちを置いて他にない!」

「しかし大統領、議会を通してもいないうちにその声明は、文民統制シビリアンコントロールの大原則を揺るがしかねない――」

「黙りたまえ!」


 あろうことか、マサリク大統領は公衆の面前で海軍中枢の軍人を叱責した。私たちですら思わず首を縮めたほどだ。


「確かに、文民統制は曲げてはならない国家の信念だ。それは事実だ。だが、だからといって、誠心誠意の想いを伝えることが間違えているとは言わせない。今、まさに今、命を賭けているのは我々ではない。傷ついた歌姫セイレーンたちだ。その若い命を我々のために使ってくれというのに、なぜ我々は上に立ってモノを言う。矜持ある行為というのは、足蹴にして人々を従える行為のことではない。必要とあらば手を取り頭を下げ、あるべき未来を近付けようとする努力のことだ。私はひとりの人間として、歌姫セイレーンたちにい願う。この国を救ってくれと、私は心の底から願っているのだ!」


 マサリク大統領は私たちに向かって深く頭を下げる。その行為に私たちは完全に動転してしまって、アルマと二人で「ど、どうしよう」と唇の動きだけで囁き合った。そのまま数秒が過ぎ、アルマが意を決したように敬礼した。私も慌ててその動きを真似る。


「大統領閣下。お顔をお上げください」


 アルマが言うと、マサリク大統領はゆっくりと頭を上げ、私たちに敬礼をしてみせる。アルマは後ろで手を組み、息を吸う。


「大統領のお気持ちは理解致しました。まことに恐縮です。イザベラ・ネーミアの反乱を鎮圧するため、我々は全力を尽くします」

「感謝する。頼んだよ、二人とも」


 大統領は静かに言った。

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