#08-02: 総力戦、しかし――。

 二〇九八年十二月十五日夕刻――ついに私たちは後戻りのできない所まで来てしまった。イザベラ・ネーミア率いる反乱艦隊が、自ら戦いの場を指定してきたのだ。私とアルマの率いる歌姫艦隊は後方にクロフォード提督率いる第七艦隊、およびエウロス飛行隊を搭載した新型の戦艦空母アドラステイアを従えている。今、ヤーグベルテに出せる最大の戦力であるとも言えた。


 エウロス飛行隊の隊長、カティ・メラルティン大佐は、とても怖い人だった。その人はとても大柄でぶっきらぼうで、何より喧嘩っ早い人だということだった。私たちが出撃前のブリーフィングで初対面を果たした際にも、今にもクロフォード少将と殴り合いでも始めそうな――そして負けなさそうな――雰囲気だった。止めに入ったエリオット中佐は「いつものこと。儀式儀式」とたいして問題もなさそうな様子で私たちに言っていた。私もアルマも、挨拶もそこそこに事務的な会話に終始した。


「アキレウスとパトロクロスで前に出る。あと三十分もしたら、セイレーンEM-AZの有効射程に入るはず。各艦バトコンレベル最大で進撃」


 アルマがてきぱきと指示を出している。私は陸上にいるカワセ大佐とやり取りしながら、状況の把握に努めていた。エウロス飛行隊や第七艦隊との連携も私の仕事だ。


『歌姫さん、いるかい』


 メインスクリーンに映し出されたのは炎のように赤い髪をした、空の女帝――カティ・メラルティン大佐だった。すでにメラルティン大佐の専用機であるエキドナのコックピットに入っているようだった。


「は、はいっ、バトコンレベルマックスで待機中です!」

『そんなに緊張するな。お前たちが今回の鍵だ』


 史上最強のエースパイロット、メラルティン大佐は少しだけ微笑んでいるようだった。白皙と言っても差し支えのない白く美しい肌が、私には少し眩しい。


『だが、イザベラは強いぞ。いいか、撤退もまた選択肢だ。決して引き際を誤るな。アタシもクロフォード提督もいる。マリアもいる。お前たちはお前たちにできることをしさえすればいい』

「はい。しかし、撤退などすれば――」

『世論は黙っちゃいないさ。だがね、そこをどうにかするのがマリアの仕事だ。お前たちは雑音ノイズに流されてはいけない。わかったね?』


 念を押すように大佐は仰った。まるで幼児に諭すように、優しく、だ。出撃前に見せたあの顔とは全然違う。そこには本当に優しさしか見えない。包み込まれるような温かさだ。苛烈な女、無敵の女、女帝……そういった言葉がまるで嘘のようだった。


『……あとは、イザベラと直接話せ』

「はい」


 その意図を理解して、私はコア連結室へと移動する。ダウェル艦長には全火器管制をすぐに回すように伝えておく。


「セイレネス発動アトラクト!」


 闇から黄昏の空へ。私は移動する。嫌味なほどのオレンジ色が私たちの背後に消えていく。そんな時間だ。星がきらめき始める中、私たちは互いに薄緑の、さながらオーロラのような輝きを引き連れて移動していく。海が淡く、だが確かに輝いていた。


『マリー、呼ぼうと思っていたところだ』

「ごめん、アルマ。メラルティン大佐から」

「え?」

『ん?』

「あれ、通常通信だよ?」

『嘘だろ。だってハッキリ……って、そんな馬鹿な』


 私たちは気付いた。カティ・メラルティン大佐がではないという事に。二人のディーヴァと共にあり、そして喜怒哀楽全てを共有してきたという彼女もまた、ということに。


『い、いや、今はいい。それより――』

『この戦力でわたしとやり合うつもりかい?』


 セイレーンEM-AZから響く声。イザベラ・ネーミアの低い女声アルト


『わたしたちは簡単には倒せないぞ』

「わかってます」


 私は正直に応えた。


「アルマ、行ける?」

『自信はない』

「早く、慣れてね」

『わかってる』


 私たちはネーミア提督には筒抜けであることを承知の上で励まし合う。今更秘匿したところでどうにもなるものでもないからだ。ネーミア提督は笑う。


『ふふふ、良いだろう。この機会に、戦いの何たるかを教えてあげよう!』


 私の全身にバシッと衝撃が走った。その瞬間、意識が暗転し、コア連結室に引き戻された。


「強制ログアウト!?」


 私は慌ててリ・ログインして、言葉を失った。ネーミア提督の艦隊から、光の帯のような砲撃が撃ち込まれてきたからだ。


『こちらクロフォード、第七艦隊応射する。アントネスク、シン・ブラック、何とかしてみせろ』

「は、はいっ」


 私とアルマはそれらの砲弾を利用して壁を作る。私たちの艦隊から放たれた弾丸も全て利用し、レオンたちの助けも総動員した。私は私にできる全てをやった。


 だが。


 次の瞬間、私の周囲を断末魔の竜巻が吹き抜けた。眼下に目をやれば、フリゲートやコルベットといった小型艦が軒並み炎を上げて沈んでいっていた。


「うそ……」


 最初からC級クワイアを狙い撃ち……?


「ネーミア提督! どうして!」

『戦争には犠牲が必要だ』

「だからといって!」

『手加減はしない』


 私の横にアルマが戻ってくる。アルマの心の中がダイレクトに伝わってくる。悔しくて、泣いている。彼女は、泣いていた。


『第二艦隊、反撃!』


 アルマの号令一下、第二艦隊及び第七艦隊から放たれた砲弾が、セイレーンEM-AZに向けて殺到する。


『効かん』


 たったの一言。それだけで全ての弾丸やミサイルは消失してしまう。圧倒的すぎる力の差だった。打つ手がない。


『マリー、あきらめるな。あたしたちが諦めて、どうするんだ』


 アルマの温かさがふわりと私を包んだ。


『マリー、コーラスを』

「コーラス? でもあれって三人……必要じゃない?」

『あたしたちならできるさ』


 そんな無茶苦茶なと思いながらも、なんとなくそんな気がしてくる。そして今、イザベラ・ネーミアをどうにかしようと思ったら、最低限コーラスというスキルを使わなければどうにもならない。PTC完全調律コーラスというスキルはクワイアたちの間では知られていたが、ディーヴァ級、ソリスト級で構成されたことはただの一度もない。というよりも、主にナイアーラトテップたちが使う技である。


『なんか、最初に出会った時に似てるな。心細そうで、でも、何もできなくて』

「そんな私を動かしてくれたのがアルマだったんだよね」

『そ。それから感動の再会を果たして、それからもずっとそうしてきた』

「……そうだね」


 私は苦笑した。確かにこのゲーム好きな親友にはいつだって助けてもらっていた。


『行くぞ、コーラス!』

「うん!」


 私たちは精神を集中して、その意識を重ね合わせる。やったことはないのに、なぜかやるべきことはわかった。そう囁いているかのように。


 セイレーンEM-AZの主砲群が轟然と火を噴いた。しかし、私たちの形成した碧い光がその全てを弾き返す。


「やった! うまくいったよ、アルマ!」

『ああ! さすがあたしとマリーだ』


 喜んだのも束の間だった。第一艦隊は一挙総攻撃を仕掛けてきたのだ。


『エウロス、出る。ミサイルの迎撃はアタシに任せろ』


 アドラステイアから真紅の戦闘機と暗黒の戦闘機たちが出撃する。真紅の戦闘機――エキドナの機首に搭載されたパルスレーザー砲が、私たちの防御をくぐり抜けた対艦ミサイルを次々と撃破していく。


「人間技じゃない……!」

『さすが女帝』


 そう呟きつつも、私たちはまだ気を抜けない。第一艦隊からの熾烈な砲撃は休むことなく続いていたからだ。


「アルマ、これ以上は厳しい!」

『ネーミア提督はあたしたちを待っているんだ。だから、行こう』


 アルマのパトロクロスが速度を上げる。私も負けじとアキレウスを進ませる。


「防衛ラインを破る。目標、セイレーンEM-AZ。邪魔する艦艇を排除!」

『やるしかない、か。レスコ中佐、レオナ! 支援を!』

『V級了解。目標設定はこちらで実施する』


 アルマに応えるレスコ中佐。私たちの前に立ちはだかる小型艦が、次々と撃破殲滅されていく。第一艦隊からの攻撃は私たち二人に集中している。だけど、これは好都合だった。私たちは自分さえ守れれば良いということになる。レオンたちが攻撃に集中できる。それはありがたいことだった。


『わたしの攻撃をしのぐとはね。だが、これはどうかな』


 対艦ミサイルが、コーラスの防壁を突き破って飛来してきた。私の意識の目の前を横切り、私の乗っているアキレウスに一直線に向かっていく。あんなものを食らったら、駆逐艦なんて一撃粉砕だ。私の意識が汗をかく。


『さっせるかぁぁぁっ!』


 アルマの怒号が聞こえてくる。その瞬間、すっかり夜に落ちた空が白光に満ちた。


 な、なに――?


 眩しさが収まり、視界が回復するまでややしばらくの時間を要してしまう。だが、アキレウスが沈んでしまった――つまり私が死んだ――という感触はない。何事もなかったかのように、私の意識は漂っている。


『わかってきた、マリー。セイレネスの使い方が理解できてきた』

「今なにやったの?」

『ミサイルを叩き落した』

「いや、そうじゃなくて」


 漫才をしている場合ではない。私ははたと我に返り、ダウェル艦長に機関全速を要請した。パトロクロスも同時に速度を上げていく。私とアルマは完全に同調シンクロしていた。


 私たちの前にコルベット、フリゲートのC級歌姫クワイアたちが立ちはだかる。


『どけよ! どかないと死ぬんだぞ!』

『どかないから!』


 コルベットの歌姫が怒鳴り返してくる。


『私たちはソリストなんかとは役者は違いすぎる。でもね、私たちは私たちの意志でここにいるのよ!』

『どかないと……死ぬんだぞ!』

『殺されるんでしょう!? あなたに!』


 アルマが言葉の槍衾やりぶすまにされている。クワイアたちは続ける。


『ソリストさんたち。私たちはね、兵器のままでは終わりたくないのよ』

「そんなこと言ったって!」


 私は思わずコルベットの前に立ちはだかった。そんなことしても何の意味もないのはわかっていたけれど。


「こんなことをして何になるって言うの!? 私たちの前ではあなたたちはあまりにも無力なんだよ! それは理解しているはずなのに、どうして!? やめてよ!」

『ならなに? ネーミア提督を差し出せって言うの?』

「だからそうじゃなくて! もうやめよう。無駄な戦いなんだ、こんなの!」

『バカな話!』


 クワイアがまた吐き捨てた。


『私たちは軍にとってはただの兵器ウェポン! 歌姫セイレーンとかいうかわいらしい名前は歌姫特措法を通すためだけに作られた、ただのなのよ。政府にとっては支持率稼ぎの道具でしかないし、人々にとってはただの娯楽の提供者エンターティナー。それが私たちなのよ、ソリストさん。言ってしまえば、かわいらしい名前と立派な梱包を施されただけの、麻薬で出来た人形みたいなものなのよ! 芥子けしの香りのぷんぷんする人形なのよ!』

『でもさ!』


 私たちは防戦一方だ。だが、それだけのことをしてでも訴えなければならないことがある。私たちは――。


『でも、どうして力に訴えてしまったんだ! ちゃんと言えば、ちゃんと聞いてくれる人だっているじゃないか!』

『それをキレイゴトというんだ、アルマ』


 ネーミア提督が割って入ってきた。セイレーンEM-AZの主砲は相変わらず私たちに向けられていた。


『ちゃんと言えば、ちゃんと聞かれるだって? わたしとベッキーは、何年そう信じてきた、そう思い込もうとしてきたと思う? 何年辛抱強くそうしてきたと思う? 結果として何が得られたと思う? どんなものを奪われたと思う?』


 ネーミア提督は苦笑でもしているのだろうか。その意識の一部が曇っていた。そう思った次の瞬間、襲い掛かってきた。巨大な意識の津波が。


「これは……記憶?」


 断片化されてはいたが、それはだった。そこには痛みしかない。幸せな記憶もある。だが、それらも全てが痛みへと繋がっていた。あまりにも苦しい十数年が、一気に私の中に流れ込んできた。


 私は悲鳴を上げて耳を塞ごうとした。でも、そんなことにはお構いなしに、私の意識の中に記憶がえぐり込まれてくる。目を閉じても、意識の中に無理やり映像が展開されてくる。


「や、やめて……」


 私の声が無駄に幾重にも反響する。


『いいか二人とも』

「やめて、ください、ネーミア提督」

『現実というのはそんなものなんだ。言葉が通じず、献身も軽んじられた以上、わたしたちは自分を守るための剣を持つことを選んだ。剣を持ち、自由のもとに平穏を叫ぶ。これの何が罪だというのか!』

『そうかい』


 思わぬ声が流れ込んできた。空の女帝――メラルティン大佐の声だった。


 その瞬間、第一艦隊の小型艦が次々と沈み始めた。私とアルマを包囲していた艦艇はその一撃で全滅した。


『どうしてセイレネスに……』


 ネーミア提督の動揺を感じたのはこれが初めてだった。セイレーンEM-AZから甚大な数の対空ミサイルが飛んだが、それは超エースたちの集まりであるエウロスを捕らえられない。どころか――。


「ミサイルが消えた……?」


 どういうこと? 私は隣のアルマの気配に意識を向ける。


『わからないけど……でも、あの大佐が歌姫セイレーンだというなら、つじつまは合う』

「そ、そうだね」


 私は頷くと、もう一度戦線を把握しようと意識を夜の海に漂わせた。第一艦隊は半壊。しかし、こちらの艦隊も被害は甚大だった。これ以上の継戦は無意味であるようにも思えたし、第一に私たちの精神力が持ちそうになかった。


 これ以上やったら、アキレウスもパトロクロスも喪失しかねない。そして私たちも死ぬだろう。


「アルマ、撤退だ」

『え?』

「一度退却しよう。態勢を立て直す必要がある」

『でも今は』

「感情に流されてはいけないよ、アルマ。カワセ大佐にはひと手間かけちゃうけど、これ以上第二艦隊を減らすわけにはいかないんだ」


 私がそう言うのとほぼ同時に、第七艦隊のクロフォード提督を通じて、参謀本部よりの撤退命令が出されたのだった。

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