#08 代わる時代

#08-01: レオンの一芝居

 レベッカ・アーメリングの戦死。イザベラ・ネーミアによる殺害。イザベラ・ネーミアたち第一艦隊――今や反乱軍――の所在は不明だった。


 私とアルマはカワセ大佐によって準備された臨時の執務室で、数多くの機密情報に晒されていた。そして膨大な数のドキュメント。それは第一艦隊及び第二艦隊の機材に関するものだったが、どれ一つをとってもミスの許されない書類だった。


 とはいえ、その大半はカワセ大佐が処理してくれていたので、それでもだいぶ楽をしていると言えるのかもしれない。それにしたって、もう午前二時。明日の朝一までの書類が終わる目途は立っていない。


「レスコ中佐じゃだめなのかな」

「マリー、弱音吐く前にやることやる。レスコ中佐はそれまでやってきていた仕事ってのがあるだろ。あたしたちは今、提督方がやっていたことを任されているんだ」


 それはマリア・カワセ大佐からの指示でもあった。歌姫艦隊が事実上機能しなくなった今、それを統率コンダクトするのは最高ランクの二人である、と。だからこの状況に陥っている理由というのはカワセ大佐にあると言ってもいい。


「だけどありがたいだろ、マリー」

「まぁ、ね」


 これだけの仕事が目の前にある今、アーメリング提督やネーミア提督のことを考える余裕はない。そんな余地はない。作戦については参謀部が考えてくれる。私たちの関知するところではない――と思わないではやっていられない。


 その時だった。突如執務室のドアが開いた。オートロックのはずなのに、どうしたことなのか。疑問は湧いたが、とにかくそこにいたのはレオンだった。


「マリー! アルマ!」

「なな、なんだよ、レオン」

「せめてレオナと呼べ、レオナと!」

「うん。で、何?」


 忙しいんだけど。私たちはその大音声に閉口しつつ、私が用件を問いただす。その時ようやく、私はレオンの後ろにエディタ・レスコ中佐以下、V級が勢ぞろいしていることに気が付いた。


 レオンはちらりと背後に視線を送ってから、私たちに向き直る。


「いいか、マリー、アルマ。私たちは確かにV級だ。あんたたちより格下。それは認める!」


 レオノールの栗色の髪が、さながら陽炎のように揺れる。鬼気迫るとはこのことだった。私は確かに逃げ腰になっていたと思う。


「お、お、落ち着こうよ、まずはさ」

「落ち着けるか!」


 窓ガラスがびりびりと震えるほどの大音量をまともに受けて、ただでさえ眠くてふらついていた意識が、振り子のように揺れた。


「私たちはね、マリー、アルマ。あんたたちの下では戦えない。あんたたちの指揮で戦って、イザベラ・ネーミアを倒せるとは到底思えない!」

「でもやらなきゃならないじゃない」


 私は言う。私だってやりたくない。でもやれるのは誰かと言われたら、それは多分私たちだ。


「あんたたちなのが気に入らないんだよ!」


 どぉん、と、衝撃波が伝わってくる。耳がどうにかなってしまうほどの声の大きさに、しかし私は負けるわけにはいかなかった。


「どうしてそんなに感情的になるの。私たちにだって晴天の霹靂へきれきって奴なんだよ、こんなの。でも、私たちがやるしかないでしょう!?」

「そんな事、理由に――」

「あのねぇ、レオナ!」


 私の後ろでじっと無言を貫いていたアルマが、よく通る声で割り込んだ。


「あたしたちだってね、別に誰が指揮してくれたって構いやしないんだ!」


 アルマは三色頭に手をやりながら、私の隣に並んだ。長身のレオンをぐっと睨み上げるその褐色の瞳には、いわばナイフのような鋭さがある。


「でもね、レオナ。あたしたち以外に、いったい誰ができるって言うのさ!」

「あんたたちより経験ある人たちがいるだろ、ここに!」

「わかってるさ!」


 アルマが首を振る。レオンは壁に背を預け、腕を組んだ。


「アルマは戦闘経験ゼロ。マリーはその戦力は認めても良いけど、指揮に関しては全く素人。違う?」

「それは……そうだけど」


 私は唇を噛んだ。だがアルマは折れてはいなかった。


「待てよ、レオナ。あんた、あたしたちに何を求めてんの。ネーミア提督のような指揮能力? アーメリング提督のような強さ? あの人たち相手に互角に戦える力?」

「違う。私たちが信頼できる力だ」

「信頼だって?」


 アルマとレオンが睨み合う。私はただ二人の間に視線を彷徨さまよわせるくらいしかできることがない。ややしばらくの沈黙があった後、レオンが不意に片目を瞑った。ちょうど後ろにいる四人の先輩方からは見えない位置関係だ。そして唇の動きだけで「ごめん」と伝えてきた。


 なるほど。


 私はアルマと頷き合う。そうだ、これは茶番なんだ。V級の先輩たちを納得させるために、レオンが仕組んだ茶番というわけだ。


「言いたいことは分かったよ、レオナ」


 アルマが私のデスクの上に軽く腰掛けた。


「確かにさ、戦術的に考えるならみんな消耗品さ。V級はそりゃ貴重な戦力さ。だけどいざとなれば切り捨てることだってある。それが戦術、戦略というものだろ」

「それはでも——」

「確かにレオナは優秀さ。それは同期のあたしは知っている。でもね、あたしやマリーに比べれば明らかに格下なんだ、残念ながら。V級としては最強と言われてるあんたがどうこうじゃない。あたしたちが圧倒的なんだ。この等級の差は覆せるものじゃない。実際、あんたがあたしたちより優れてることって何かあった?」

「そ、それは――」

「ソリストはディーヴァに従い、ヴォーカリストはソリストに従う。そういうものなんだ。絶対的な能力の主従関係なんだ。実際問題として、あたしは学校で学んだことしか知らない。使えないさ。認めるよ。でもね、あんたたちを守ってやれるのは、ネーミア提督の力からどうにかしてやれる可能性があるのは、やっぱりあたしたちしかいない。それはね、残念ながら事実なんだよ、レオナ」


 アルマからすごいプレッシャーを感じる。その華奢な身体からは想像もできないほどの圧力があった。レオンは唇を噛み締めて、レスコ中佐たちは動揺したように顔を見合わせていた。


「でもね、レオナ。今、ソリストは二人いるんだ。あたしと、マリーがね。一人だったらどうにもならなかったと思うよ、確かに。でもね、あたしたちは二人いるんだ。あたしたちは半人前で、素人で。だけどさ、何も知らないわけじゃないだろ。二人いれば、そしてあんたたちの協力があれば、この危機をどうにかできると思ってる。うん、今はそれしか言えない」


 舌鋒鋭く言い放たれた言葉に、レオンは俯いてしまう。例え芝居でも、ここまでアドリブを利かせられれば本音で堪える所もあるだろう。私はフォローしなければならないと感じて、「だいじょうぶ」とレオンの肩を軽く叩いた。


「不安なのはわかるよ。でもね、私たちを支援してくれる人たちだっているじゃない。私たちは自分にできることをやっていこう? こうして知恵を出し合って、何とかこの事態を切り抜けて、それでようやく。ようやくね、私たちはネーミア提督を超えて踏み出せるようになるんじゃないかな」


 アーメリング提督……いや。私が本当に大好きだった、憧れだった、レベッカ・アーメリングのためにも。あの方たちが遺そうとしてくれているものを受け取るためにも。


 お願い、伝わって——。


 私が強く思うと、レオンは「ちくしょうめ」と呟いた。……本当に伝わったのかもしれない。


「絶対手を抜くなよ、マリー、アルマ。この私の全てを、全部を、あんたらに預けてやる。無駄死にだけはさせてくれるんじゃないよ!」


 そう言って、ドアの方へと向かっていく。


「先輩方、行きましょう。二人の意志は確認できたと思います。十分に」

「そうだな」


 エディタ・レスコ中佐が白金の髪に軽く手をやりながら応じた。端正に整った白い顔は、何の感情も見せていない。もともと感情の希薄な人だと思っているけど、じゃぁ、どうして今回こんな茶番を演じたのか。演じさせたのか。


 本当に私たちの意志を、意識を確認するため?


 それとも、私たちに――戦う理由を焼き付けるため?


 そう思った時、レスコ中佐の声のようなものが漏れ聞こえてきた。


 任せるよ、マリオン・シン・ブラック。誰が何と言おうと、お前たちがリーダーだ。


「レスコ中佐――」


 追いかけようと思った時には、扉はすでに閉まっていた。

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