#07-03: 生首の歌姫たちと、私は出会ってしまった

 その日の夜は静かだった。ただの嵐の前の静けさだという事は理解している。でも、セイレネスを通じて漂っている私は、嘘のように輝く星空に自然と引き寄せられていく。鏡のように凪いだ海面には、星の輝きが幾重にも反射し、この世ならざる茫洋たる様相を呈していた。


 高く上った意識の端の方に、アーシュオンとネーミア提督の連合艦隊の姿が見えている。大艦隊だ。互いにすでに有効打撃圏内ではあるが、微速前進のままじわじわと距離を詰めていくに任せている。


 そんな中、私は強烈な違和感、否、不快感に悩まされていた。美しすぎる夜空と海面の景色と反比例するような、吐き気さえもよおすほどの不愉快な感覚だった。

 

「提督、何かおかしいです。変です」

『私も感じています』


 そばに漂うアーメリング提督の気配に、私は少しだけ安心する。私は提督と共に艦隊に近付いていく。ネーミア提督の意識の目が私に向けられているのを感じる――気のせいではないだろう。それ以外にも多数のセイレネスが私を見ていた。


「なんだろ、このアーシュオンの大型艦」

『駆逐艦のようですが……マリー。これは私が考えていたよりも、もっと複雑な状況なのかもしれませんよ』

「このアーシュオンの艦、セイレネスを搭載している……?」

『間違いなく』


 やっぱりだ。ありえないほど歪んだ意識の目が、私を凝視している、そんな気がするのだ。一言で言えば、相手じゃない。背筋がソクゾクして、腕が一斉に粟立った。


『やぁ、来たね』


 突如、ネーミア提督の声が聞こえた。まるで私たちがに気付くのを待っていたかのようなタイミングだった。


『イズー、状況の説明をしてちょうだい。これはいったいどういうことなの』

『はは、まずはきみたちに、醜悪なこいつらを見せたくてね。それだけのために、わたしは彼ら彼女らを、ここまで生かしておいたんだ』


 しかしそのには感情の類は一切含まれていなかった。ゾッとする、という形容がぴったりくるだった。


『こいつらをごらんよ、ベッキー、マリー。わたしたちが所詮は兵器でしかない。そういう証拠みたいなもんさ』

『どういうこと――』

『アーシュオンはわたしたちの力を研究し、を作り上げることに成功したんだ。まったくもってどもだよ』


 アーシュオンの駆逐艦からは、歪んだ視線と、不協和音のような何かが漏れ出している。不気味過ぎてこれ以上近づきたくない。そんな感覚だ。だけど。


『見てみた方が良いよ、その目で、直接、ね』


 私は隣のアーメリング提督と意識の手を取り合って、その駆逐艦にゆっくりと近付いた。


 バチッ!


 そんな音がして頭の中がスパークした。そこに見えたのは想像を絶する不気味な……生首だった。首からはクラゲのように幾本ものケーブルが伸びていて……本当に首しかなかった。ともすればマネキン人形か何かかと思ってしまうが、その目や口は落ち着きなく動いていた。不気味の谷どころの話じゃない。


『な、なんなの、これは!』

『わたしもそういう反応したよ』


 温度の低い声が私に届く。生身でこれを見たら、私はきっと嘔吐していただろう。しかし、セイレネスを通じて見てしまったことで、その全ての情報がつぶさに見えてしまった。見たくないものまで、全て。吐き気を通り越した異常な感覚――胃の中に拳をねじ込まれたような――そんなものに襲われた。


『この子たちはね、薬物で常にトランス状態にある。自分が誰なのか、なぜここにいるのか、どうしてこんな姿なのか。そんなことは一つも知らない。そして理解することも不可能なんだ』

『そんな……』

『アーシュオンはね、この五年で、こんなを量産する技術を確立したっていうわけさ。しかもわたしたちなんかとは違う。圧倒的に安定した能力と、極めて従順な性質を持つ、歌姫だ』

『ヤーグベルテも求める技術……』

『そうさ』


 その回答に私は再び自分の両肩を抱いた。意識の中では、自分の体温を確認する術がない。それがたまらなく不安だった。


『ヤーグベルテ首脳部にしても、喉から手が出るほど欲しい技術だろうねぇ。C級クワイアでさえ、この処置をされたらV級ヴォーカリストになるんだから』

『でもそんなこと!』


 非人道的に過ぎる。あまりに、外道だ。私はアーメリング提督の心の叫びを聞いた。そうだ、こんなことが許されるはずがない。


『今まではエディットやマリアたちが目を光らせていたからそうはならなかった。ただそれだけの話なんだ。でもわからないよ、もう、これからは。人知れずC級の子たちがこうなっていくかもしれないし、摩耗しきった歌姫たちがこうして再利用されるかもしれない』

『そんな外道、国民だって許しはしないわ!』

『あはははははは!』


 イザベラ・ネーミアの高らかな笑い声が響いた。


『外道だからなんだって言うんだい? 国民が許さないって? 許さない国民が一部にはいるだろうさ。だけどね、ヤーグベルテは民主国家なんだ。メディアの力で簡単に騙されちゃう人たちがあっさり過半数を超えるんだ。政府やメディアがどんな風を吹かすのか次第なんだよ、外道だの人道だのは。世論ってやつはそんなものなんだ』


 反論したい。でも、できない。私はただ、そのアーシュオンの新型駆逐艦を睨む事しかできない。


『道すがらアーシュオンのデータベースに訊いたんだけどね。この子たちはもともと誰にも探されない子たちなんだ。いわば天涯孤独な……私たちが生み出してきた孤児たちなんだ』


 孤児——その言葉が私の胸に突き刺さる。私と同じ立場……。私も孤児だった……。


『そう、マリー、きみと同じさ』

「ネーミア提督……」

『そんな子たちをわんさか集めて、歌姫セイレーン……彼らは素質者ショゴスと言っていたかな。ともかく、それとそうじゃない子に分けられた。素質者でない子たちは、この生命維持装置開発のために。わずかながらも素質者であると診断された子たちは、このザマさ。薬物、マインドコントロール、拷問、なんでもありさ』


 怒気。イザベラ・ネーミア提督は怒っていた。静かに激怒していた。


『わたしはヤーグベルテの国民の魯鈍ろどんさには、本当にうんざりした。だけどね。だけど、アーシュオンのこのは、全くの別格だ』


 おぞましい。私たちの見解は一致していた。しかしもう、私の精神は限界を迎えようとしていた。それほどまでにおぞましい。そんな私たちにはお構いなしに、ネーミア提督は続けた。


『わたしたちもこの子たちも、ヴァラスキャルヴのいた種なんだ。そしてこうして戦っているのもね、奴らとわたしたちのにすっかり依存症になってしまっているくそったれな連中のせいなんだ』

『イズー、今なら、まだ……』

『間に合う? そんなわけないでしょ、ベッキー』

『でも、私は』

『わたしは貴重なソリストを殺したことになっているでしょ、本国ではさ。だから、わたしにはもう戻るところなんてない。あったとしても、戻らない。わたしはかつて絶望し、それでもまだこうしてみじめにも希望とやらにすがりつくことを選択したんだ。しかし、しかしね? から何年経った? 三年。三年も経ったんだよ。それだけの時間をかけたにもかかわらず、わたしは何も変えられず、わたしたちは何も変わらず、ただ時間だけが過ぎたんだ。そこにきてましてや、アーシュオンのこの傑作だ!』


 突然、音圧が膨れ上がった。耳が、意識が、朦朧とするほどのセイレネスの爆発バースト


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