#06-03: きみは言葉が足りてないって、わたしはいつも言ってるだろ?

 アーメリング提督は力を込めて、しかしかすれた声で述懐する。


「力ある者の責任。私たちは自分自身をそう納得させて、セイレネス・ロンドを踊り続けてきたのです」


 力ある者の責任――。私は眉間に力を精一杯入れて、レベッカ・アーメリングという一人のディーヴァを見つめた。


「そんなの、不公平じゃないですか」

「ええ、不公平です。しかしね、マリー。不公平だといっても、だからと言って力のない人たちにとは言えないのです。私たちは矜持プライドという仮面を被って戦場に立つことを選んだのです。力ある者にとって、この世界は不公平で理不尽なものなのです。でもね、マリー。これは仕方のないことじゃないかしら?」

「仕方ない――」

「だってね、私たちはすでに公平な範囲を逸脱した力を持っているのですから」

「でもそれは! 私たちが望んで得たものでは!」

「だとしても!」


 アーメリング提督は首を振る。


「マリー、あなたにがあることは事実なんです。現実です。その起源を拒絶したってね、今は変わったりはしないの。起源に拘泥こうでいしてただ現実を拒絶するのでは、それこそ望ましい未来なんて、永遠に来ない」

「私は……」


 私は提督の手を握りながら言った。声が格好悪いほど震えている。


「怖いんです、私は。私自身が怖い。得体の知れない力がここに、この手にあることが、とても怖いんです。なんなんですか、セイレネスって。なんなんですか、歌姫セイレーンって。スカウトされた時は、私、何も知らなかった。ただレベッカ・アーメリングと、ヴェーラ・グリエールのそばにいられるようになるって聞いて、本当に舞い上がったんです。やっとこのつらい生活を終わることができるって。士官学校ではセイレネスの本当に上澄みしか教えてもらえなかった。実戦では何か得体のしれないモノが私にをさせた。セイレネス・アトラクト。いったい、あれは何なんですか」

「わかりません、私たちにも。そしておそらく、誰にも」


 そうだろうとは思った。あんな得体の知れない力を説明することができる人がいるとすれば……たぶん、あのジョルジュ・ベルリオーズただ一人に違いない。


「でもね、マリー。あれは強大な兵器。私たちは圧倒的な人間兵器。でも、でもね、正しく使えば人を助けることもできる。あの非人道的特攻兵器インスマウスを止める唯一の手段です。セイレーン搭載型の核弾頭を止める力もあれば、非核化する力もあります。セイレーンはヤーグベルテを救う――」


 私はぴしゃりとそう言った。これは私の意志なのか、それとも自動的に吐き出された言葉なのか……私には判別不能だった。


「兵器はどこまで行ったって兵器なんです。平和のための兵器なんて存在しない。見てくださいよ、ヤーグベルテの現状を。専守防衛をうたっていたヤーグベルテの理念は、セイレネスの登壇によってどうなりましたか。最強の剣を手に入れたヤーグベルテは、ついにはアーシュオンの都市への無差別攻撃を行ったじゃありませんか」

「そう、ね」


 アーメリング提督はつらそうに唇を噛んだ。だが、私には何も言えない。もう後には退けなかった。


「そうよ、あなたの言う通りだわ、マリー。今の私には、あなたにどんな言葉をかける資格も……ないわね」


 そう言うと提督はようやく立ち上がった。レベッカ・アーメリングの瞳は、レンズの反射に隠れて見ることができなかった。


「ごめんなさい、マリー……」


 そう言って背を向けた瞬間、「だからさぁ」という声と共にドアが開いた。


「きみは言葉が足りてないって、わたしはいつも言ってるだろ」

「イ、イズー……」


 栗色の髪を靡かせながら、イザベラ・ネーミア提督が颯爽と入室してきた。


 そしてアーメリング提督を私の隣に座らせ、自分はテーブルを挟んだ向かい側に腰を落ち着けた。


「ベッキー、あのさ、どうしてきみは、相手にもがあると思い込むんだ」


 そう言ったのとほとんど同時に、アルマとレニー先輩が入ってきた。


「ああ、わたしが呼んだんだ。レニーもこのままいてよ」

「イズー、これはいったい……?」

「まぁまぁ。そろそろ頃合いだと思ってね」


 戸惑うアーメリング提督の顔は蒼白だった。こんな提督を見たことはない。


「ベッキーとマリーのやりとりは、全部聞こえていた。盗み聞きみたいで悪かったけど、セイレネスの力なんだ、悪く思わないでくれよ」

「えっ……」


 私たちは同時に絶句する。ネーミア提督は自分の右手の人差し指で自分のこめかみあたりを突っつきつつ「セイレネスなんだからさ」と念を押すように言った。正直わけがわからない。でも、そういうものかもしれないとは思った。


「ま、ベッキーの言葉足らずを補うのはわたしの仕事かなと」


 そう言って、ネーミア提督は私たちに鋭い視線を送ってきた。サレットの隙間からだからその色まではよく見えない。でも、視線が鋭利であることはよくわかった。


「これはね、きみたちにはとてもとても大切な話になるかもしれない。だからマリーも、眠たいのを我慢して聞いていて欲しい」


 ネーミア提督は背もたれに体重を預けて天井を見上げた。


「わたしも、ヴェーラ・グリエールも。なにひとつ、変えられなかったのさ」


 私は緊張した。さっき自分が吐き出した言葉たちが、自分に向かって返ってくる。


「ヴェーラはね、文字通り死ぬほど絶望した。自分の願いが何一つかなえられないと言う現実にね。そして自分の力が、世界を変えるために……決して良い意味じゃなくて、そういう方向で使われているという現実にね、本当に絶望したんだ」


 低い声で訥々とつとつと語られる言葉に、私たちは息をするのも忘れていたかもしれない。


「ヴェーラはね、あれだけの力を持ちながら、初めて愛した人のことを救う事ができなかった。何十、何百万を一夜にて葬り去るほどの力を持ちながら、たった一人の大切な人を助けることはできなかったんだ」


 ヴェーラとアーシュオンの飛行士の物語……軍は決して認めなかったが、ヤーグベルテの国民ならばきっと誰でも知っている。それがあの歌「セルフィッシュ・スタンド」のベースになったことも。ヴェーラの死の直接の引き金になったとも言われている出来事だ。


「それにね、マリー。わたしたちには、この愚劣な戦争状態をどうこうする力なんてものはないんだ。空母を一撃で爆沈できる力があったって、弾道ミサイルを狙撃できる技術を持っていたって、そんなものはただの外交カードでしかないんだ。私たちの歌は、国家の力を対外的にアピールするための手段に過ぎない」


 落ち着いたアルト。そこには感情の揺らぎは微塵もない。抑揚はあっても、感情はなかった。


「わたしたちの歌はね、勝鬨かちどきの前座でしかないんだ。何を訴えたところで、何を歌ったところで、何を語ったところで、国民やメディアにとってみれば、わたしたちのは、ただの兵器に過ぎないのさ。安寧パン娯楽サーカスを無条件に提供してくれる。ただそれだけの兵器にすぎないのさ」

「イズー、でも」

「いいんだ、黙っていて、ベッキー」


 ネーミア提督は鋭い口調でアーメリング提督を黙らせる。私たちも自然と背筋が伸びる。

 

「ヴェーラ・グリエールもね、それに怒り、悲しみ、絶望した。殺戮の手段にしか過ぎない自分にね。自分が良かれと戦うほどに戦線は拡大する。守るための力は、やがては反攻カウンターのための力となった。殺さなければならない敵は逓増ていぞうしていく。わたしは何百と歌ってきたけれど、讃えられるのは、求められるのは……勝利の歌、それだけ。一人の女の、人間の、想い――そんなものは誰にも理解されなかったし、誰も理解しようとなんてしなかったんだと思う。あまつさえ耳を塞いだくらい。弾丸、魚雷、爆弾――わたしたちの歌はね、想いは、ね、結局はセイレネスのための命令文コマンドラインとしてしか認知されなかったんだよ」

「そして


 アーメリング提督は青白い唇でそう言った。ネーミア提督は頷くと、口を閉ざす。


「セイレネスの発する特殊な。とりわけは、人々の意識に大きな、巨大すぎる影響を与えるのです。我々の通常のにも麻薬類に匹敵する陶酔効果があることは実証済みですが、は別格。圧倒的です」


 その声は震えていた。怒り、だろうか。そこでネーミア提督がさらりと言った。


「気付きもするよね、さすがにさ」

「なにに――」


 言いかけて私は口を閉ざした。今、理解した。理解してしまった。


「人々がわたしたちに求めているものはね」


 ネーミア提督が静かに低い声で言った。


「継続的に響き渡る断末魔、なんだ」

「そんな……」


 私とアルマの声が重なる。アルマと思わず顔を見合わせる。私もアルマと同じ、ぼんやりした表情をしているに違いない。


「世界は求めているのさ。わたしたちの最期の慟哭をね。わたしたちの呪詛の叫びをね」


 その言葉の重さに、私たちは誰も何も言えない。ネーミア提督は「ふふ……」と小さく笑う。


「あの頃からね、ヴェーラにはわかっていたんだ。そしていろんな要素がぜになって、ヴェーラの心は壊れた。『セルフィッシュ・スタンド』をとしてね」


 ヴェーラの創った最後の歌。それが「セルフィッシュ・スタンド」だ。ヴェーラを代表する歌として、国民の誰もがそらんじることが出来るのではないかと言われているほどの知名度を誇る歌だった。


「だけど」


 ネーミア提督は静かに語る。


「軍は何も変わらなかった。ヴェーラの命もその程度だったってこと。どころか、歌姫セイレーンの素養のある子たちをごっそりと集めてきては、立派な兵器に仕立て上げた。セイレネスを使った戦闘はより大規模になり、必然、死ぬ子も多く出た。その責任の一端はわたしたちにもある。そのそしりはもちろん受けるよ、全面的に。だけどね、わたしたちがいつまでも前線にいられるわけではないよね。だからそれである以上、この哀しみの連鎖は仕方のない過程であるとわたしは考えているんだ」


 仕方ないじゃなくて……私は思うが、思っただけだった。ネーミア提督のサレット越しの眼光に、私は完全に縫い留められていた。


「でもね。それもこれも、全部丸ごと含めて。すべてがだったんだよ、実態として。アーシュオンとは永遠に戦争を続けるという大目的のためのね。ヤーグベルテとアーシュオンは、戦力拮抗のまま、永遠に戦争をし続ける。セイレネスを使い続けてさえいれば、つまり、戦争を続けてさえいれば、政府はパンとサーカスを同時に提供し続けられるんだ。国民はもう何十年と続いている戦争状態にすっかり慣れきっていて、たとえ隣町が地図から消えてなくなったとしたって他人事なんだ。わたしたちはそんな彼らにとってみれば、最強の矛にして最強の盾なんだ。戦争状態を継続させるために国民を守り、時として逆襲し、国民にパンとサーカスを与え、そして最期には断末魔という名の大きなプレゼントを遺して去る。よくできたシステムだろ、セイレネスは。歌姫計画セイレネス・シーケンスというやつは」


 ネーミア提督の強い視線を感じ、私は思わず唾を飲みこんだ。喉の奥が痛くなるほどの固い唾だった。


「わたしは死に損ないなんだ。わたしは、かつてはヴェーラ・グリエールと呼ばれていた。すべてに絶望して、すべてを燃やし尽くした――はずだったんだ。でもね、世界への憎しみは、今も私の内側でくすぶっている。私は顔以外、全てを人工物に置き換えたんだ。この手も、首も、唇も、何もかもが代替品だ。顔は、口の周り以外は、だけれどね」


 はは、と小さく笑いながら、ネーミア提督は言う。


「毎朝毎晩の懺悔に使うのさ。醜くただれたこの顔をね」

「ざ、懺悔……?」

「そうだよ、マリー。懺悔だ。世界をこんなふうにしてごめんなさい。わたしだけ逃げようとしてごめんなさい。を救えなくてごめんなさい。……ま、わたしの罪は顔の喪失なんかじゃ到底釣り合わないけれど、ね」


 罪……提督のどこに罪なんてあるんだと、私は思わずネーミア提督の顔を見る。サレットの隙間からちらりと見える眼光は鋭い。しかしその表情がふと緩む。


「マリー、アルマ、レニー……。きみたちの世代に負債を遺すことになるわたしたちを赦してほしい」


 そう言って、ネーミア提督はアーメリング提督の手を取って立ち上がらせる。


「わたしたちの罪は、わたしが背負う。きみたちの背負う呪詛も、苦悩も、その全てをわたしが引き受け――」

「私たち、と言ってもらえる?」


 アーメリング提督の言葉に割り込まれ、ネーミア提督は「うーん」とサレットを指でコツコツと叩く。


「そうだね。わたしたち、だ」


 その言葉には大きな決心のようなものが見えていた。この時の私にはまだ、この先何が起きるかなんて想像もできていなかったのだけれど。

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