#06-02: 提督との衝突

 私たちは寮の部屋ではなく、司令部の会議室に導かれていた。そして「そこでちょっと待ってて」と言い残し、ネーミア提督とカワセ大佐は出て行った。


「ねぇ、アルマ……私、もうだめかも」

「なに言ってんだよ、マリー。立派に戦ったじゃないか」

「でも、四人も……死んだよ」

「少なくはないし、数の問題でもないね」

「うん」


 私の隣に寄り添ってくれる親友の肩に頭を預け、私はずっと泣いていた。


「帰還中もろくに寝てなかっただろ、マリー」

「うん、眠れなかった」

「まったく。がすごいんだ。頭の中でずっとぐるぐるって……」

「断末魔、か」

「ああ、うん……」


 歌姫たちの最期の声――断末魔。それは心に突き刺さり、抜けない。トリーネ・ヴィーケネスの戦死の時にも感じたものだったが、今回はセイレネスを通じてダイレクトに突き刺さったのだ。その痛みたるや、想像していたものとは比較にならないほどだった。


「私が上手く戦えれば……」

「過ぎたことは言いっこなしだ。今はちょっと目を閉じて黙れよ、マリー」

「うん」


 目を閉じるとあの光景が蘇る。が鮮明に聞こえてしまう。だからとても怖い。目を閉じる事、暗闇にいる事、そして生きている事。その全てに罪悪感と恐怖を覚えてしまう。


「初めて会った時みたいな顔してるな、今のマリーは。しょうがないな、抱いててやるよ」


 アルマは立ち上がると、座っている私の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめてくれた。制服越しにアルマの体温が伝わってくるようで、それはとても心地が良かった。


 五分、あるいはもっとか。私たちはじっと抱き合っていた。このまま眠ってしまえそうなほど、私の意識は揺れている。


「落ち着いたかい、マリー」

「あ、うん。だいぶ落ち着いた。さすがだね、アルマは」

「あたしは何もしちゃいないさ」


 アルマはそう言うと、着信を報せ始めた携帯端末を耳に当てた。そして通信を切ると、私の顔を間近で見つめてくる。キスでもされてしまいそうな距離感に、私は思わず息を飲む。


「もうちょっとここで待っててだって。ネーミア提督が」

「え、うん。アルマは?」

「あたしはちょっとレニー先輩の所におつかいに」

「わかった」


 私は素直に頷いた。今なら眠れそうな気がするが、まさか眠ってしまうわけにもいかない。とはいえ、もう何日寝てないんだろう。睡魔に勝とうというのがそもそも無謀なんじゃないかって気もする。


「寝てても怒られやしないさ。じゃ、ちょっと行ってくる」

「う……ん……」


 たまらない。身体が温かくなって……。


 はたと気が付けば、もうアルマの姿はなかった。眠ってしまった自覚はなかった。ただ、少しだけ頭の中のモヤのようなものは晴れていた――少しだけ。ただそれでもまだ心の中には重たくて痛い何かが突き刺さっている。


「マリー……」


 ドアを開けて入ってきたのはネーミア提督ではなく、アーメリング提督だった。私は慌てて立ち上がろうとしたが、駆け寄ってきて私の前に膝をついた提督に抑えられてしまった。


「大丈夫……じゃないわね」

「ええ……。あれからずっと、眠れなくて。すみません、報告も上げず」

「なぜ? どうしてメンタルチェックを」

「それは……提督にご心配をおかけするわけにはいかないと」


 それは本心だった。でも、今になって思えば浅はかな考えだったと分かる。正常な判断力が失われていたのだ。しかし――。


「マリー、その結果あなたに何かがあったらどうするつもり? 他人を気遣うより自分の――」

「提督」


 私は私の前に膝をついて、私の両手を握っているアーメリング提督の美しい顔を一瞬だけ見た。視線が合った瞬間に、目を逸らしたけど。


「もしそれを報告してたとして、提督は……何ができたのですか。慰めてくれたのでしょうか。それとも、叱責なさったでしょうか」


 私、何を言ってる――。


「私たちはこれからもずっと、をしていかなくちゃならないんですよね? アルマだって同じこと、させられるんですよね!?」

「そう……ね」

「まるで波のように」


 私は勝手に喋っていた。私の意識を経由することなく、自動的に口が動いている。そんな気がした。


「波のようになって、あの、私の殺した人たちの呪いの言葉が聞こえてくるんです。一人になると、あの人たちの歌が、が聞こえてくるんです。殺した人、一人一人の顔も、声も……」

「わかるわ」


 アーメリング提督は静かに言った。私の手を握る。私はその手を……半ば払いのけた。


「あんなこと! あんなこと、アルマにはさせたくないんです。私以上に力があるんですよね、アルマには!」

「え、ええ……そう聞いてる」

「だったらなおのことなんです。私は私の力不足で、友達を四人も。四人も死なせてしまった。あの子たちのが耳から離れない。あの子たちとの記憶が、話をした思い出が、で消えていくんです。どんどん消されていくんです」


 視界が歪む。私は泣いている。


「ごめんなさい、マリー。気付いてあげられなかった」

「良いんです、それは」


 私の前髪が左右に揺れた。


「でも、未来が……明日が不安なんです、私は。こんな思いをするのは私だけで良いんです。アルマにはさせたくないんです。でも、いつまで? いつまでこんなことを続ければいいのですか?」

「わかりません」


 私だって知りたい――そんな声が聞こえた気がした。


「提督にはもっと何かできる力があったはずなんです。こんなバカげた戦争状態を終わらせることくらい、できたはずなんです。何のためのカリスマなんですか? 何のための影響力なんですか? 提督に憧れて軍に入った人たちだって大勢いるんです。歌姫セイレーンだけじゃなくて!」


 私はまた提督を見た。眼鏡越しの新緑の瞳。美しいその色は、でも今はかげっていた。私はもう止めよう、止まって、そう思っていたのに、私の口は言葉という凶器を振り下ろし続けた。


「提督やグリエール提督に思う所がなかったとは思っていません。しかし、結果は……ご存知の通りです。十年以上、提督は何をなさってきたんですか。あんな恐ろしい兵器で戦い続けて、バージョンアップし続けて、ひたすら殺戮の力を高めていった。それ以外に何かしてきたんですか」

「マリー、しかし、それは」


 アーメリング提督は唇を噛んだ。今、提督の内側には薄暗い雲が渦を巻いている。「なぜ」——私はなおも言い募った。


「提督は、を私たちの世代に残したのですか」

「それはだって、私は……」


 アーメリング提督は目を伏せた。そしてゆっくりと眼鏡を外す。レンズを経由しないその瞳は、天井灯の輝きを受けて揺らいでいた。


「私だって、こんなことを喜んでしてきたとでも思っていますか、マリー。望んでこんなことをしていると思っているのですか? 私たちが一体何人の悲鳴を、絶望を、断末魔を聞いてきたと思っているのですか? 何人の敵……アーシュオンの人たちを、この手で握りつぶしてきたと思っているのですか?」


 矢継ぎ早に繰り出される言葉に、私は喉を突かれたような苦しさを覚える。


「マリー、そんなことを、こんな過去を、今の私が認められていると思っている? この先のことを憂いていないなんて思っているの?」

「では――」


 それ以上はいけない。私は必死で私を止める。しかし、私という理性の言うことは、私自身は聞いてはくれなかった。


「提督には何かお考えが?」

「私は……」


 アーメリング提督は少し間を置いた。考えているというよりは、言うべきか言わざるべきかの逡巡が、そこには感じられた。


「私たちのケジメはつけます」

「ケジメ?」

「ええ」


 提督はそう言うと目を伏せ、そしてまた私を鋭い視線で見上げた。


「私とイズーは、その未来のために、来るべき未来のために、次世代の歌姫セイレーンたちを育てているのです。私たちがいつまでも前線にいられるわけではないことは百も承知ですし、いつまでもの座に収まっているつもりもありません」

「それでは結局、私たちの未来って、今の延長上にしかないじゃないですか」

「聞いて、マリー」


 提督はそう言って私の両手を強く握った。その温かい手が、無性に白々しく感じられ――私はそう感じた私にゾッとした。


「無責任に聞こえるかもしれない。けれど、けれどね、私たちは私たちなりに考えた。その結果が今。ここで起きてる全てのことなのよ、マリー。私たちがあなたたちに残してあげられるのは、戦う力だけ。アーシュオンと、だけではなくて、あなたが、まさに今直面している怨念のようなモノと戦う力よ」

「あたしはそんなものと——」


 戦いたいわけじゃない。ただ――。


「戦いなさい」


 アーメリング提督は私の想いを全て押し潰した。私は息を飲み、ひそかに唇を噛んだ。


「私たちの誰も、こんな世界を望んでいるわけではないのです。でも、こうなってしまっているの。どんな事情があったとしても、今のあなたは歌姫セイレーンであり、一人の立派な将校です。そこには言い訳はできません。通用しないのです。私が提督であることから逃げられないように、あなたもまた、一国を護る力であることから逃れることはできないのです」

「こんな力、私が望んで得たものじゃ――」

「それは私も同じです、マリー」


 力強いその声に、私はまた唇を噛み締める。アーメリング提督に握られた両手がぶるぶると震えているのが分かる。でも、止められない。


「私もヴェーラも、こんなディーヴァと呼ばれる力なんて、欲しくて手に入れた物なんかではないの。十数年前、過去も何もない私たちは、突然士官学校に入れられた。偽りの記憶と共に。私たちの意志なんかとはまるで関係ないまま。だから私たちには、最初からこうなる以外の道はなかった。殺人兵器となる以外の道は。そしてね、その時この国は、まさに存亡の危機に瀕していた。他にどうにもできなかった」


 そうだ。ナイアーラトテップ、インスマウス、ロイガー、ナイトゴーント……アーシュオンはその頃に次々と超兵器オーパーツと呼ばれるものを送り込んできた。私の故郷が消し飛ばされたのもその時期なんだ……。


「私たちにはその状況を打破する力があった――いえ、違う。その力は、状況をどうにかできる力は、私たちにしかなかった。だから、私たちは歌姫セイレーンとして、セイレネスを使って、このヤーグベルテという国を守ることを選んだ。もし私とヴェーラがセイレネスを拒絶し続けていたら、ヤーグベルテは亡国となっていたに違いありません。全土があなたの故郷のようになっていたのかもしれないのです」


 私はアーメリング提督から目を逸らす。そしてきつく目蓋を閉じる。唇がわななき、噛み締めることすら叶わない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます