#06 天に在りては比翼の鳥に

#06-01: 陸に戻りて、私は……。

 私はそれから帰港するまでの数日間、誰とも一言も喋らなかった。さすがに艦を降りる時はダウェル艦長には非礼を詫びたけれど。でも、どうしても全然心の整理がつかなかった。深夜の港ではアルマが待っていてくれたけれど、私はただ抱き合って泣く事しかできなかった。アルマはただ黙って私の頭を撫でてくれた。


「マリー、あんたは悪くないからな」


 レオンがそんな私の肩を叩いてそのまま歩き去っていく。そのぶっきらぼうさが、今はすごく心地が良かった。哀れみとか励ましとかは、本当に要らない気分だったからだ。


「さ、行くか」


 アルマは私の右手を握って、私を引っ張った。その時一瞬見えたのは、アルマの涙だった。私のために泣いてくれたのかと思うと、私はまた罪悪感でいっぱいになる。


「マスコミどもがシャットアウトされてるうちに帰ろう」

「うん」


 そして艦隊司令部の方へと向かおうとする。


「お嬢さんたち」


 そんな私たちに軽い声がかけられた。声の方向を見ると、サレットで顔を隠した将官―—つまりイザベラ・ネーミア提督その人が近づいてきていた。その後ろにはカワセ大佐もついてきている。


「いろいろお疲れさま。すべて見ていたよ」


 二人の高級将校に前後を挟まれ、私たちは強制的に参謀部の黒い車に乗せられる。カワセ大佐はいつも通り運転席に収まり、アルマは助手席、私とネーミア提督が後部座席に座った。


「どうかベッキーを恨まないでやってくれ」

「恨むなんて……」

「わたしを見くびってもらっても困る。きみの心の中にある諸刃の剣。わたしにはよく見えているよ。きみの胸から流れる血にまみれたその剣の切っ先は、しかしベッキーに向けられている」


 その言葉に私はドキリとする。


「こう見えてもわたしだってD級ディーヴァだ。人間の心の中なんて、手に取るようにわかる」

「それは……でも、それならアーメリング提督も……」

「そうだね。だからこその苦しみもある。理解してやって欲しい」

「しかし、だからと言って――」

「マリー」


 ネーミア提督は静かに言った。サレットで隠された顔からは表情は何も見えなかったけれど、その奥には大きな悲しみが見えた気がする。


「わたしたちがしているのはじゃない。戦争なんだ。それはただ敵を倒せばいいってものでもない。わたしたち自身が、そして、わたしたちに続く歌姫セイレーンたちが、ちゃんと生きられるようにするための戦いでもあるんだ。それは残念ながらきみの時代には間に合わなかった。その点はすまないと思っている。ベッキーもそうなんだ。彼女もその無力さに歯噛みしているんだ。そして贖罪しょくざいの気持ちで心が塗りつぶされてしまっているんだ」


 落ち着いて吐き出されたその言葉に、私は何も言えない。ひそやかに息を吐く。できたのはそれだけだ。


「できるだけ早くに、ベッキーと話をする機会をセッティングするから。彼女の想いをしっかり聞いてやって欲しい。あの子を支えられるのは、わたしじゃない。きみなんだ」

「でも、私はまだ駆け出しの――」

「立場としてはね。でも、きみは最強の歌姫セイレーンになるだろう。わたしたちと同じく苦悩し、嘆き、怒る。残念ながらもうバトンは、きみに渡りかけている。とても喜べるものではないけれど、どうか受け取って欲しい」

「ネーミア提督やアーメリング提督と同じ道を歩めということですか」


 驚くほど冷たい声が出て、思わず私は息を飲んだ。ネーミア提督は「それはね」と一呼吸置く。


「もちろん、今のまま渡そうというわけじゃない。わたしたちの時代のケジメはわたしたちがつける。でもね、それだけでは終わらないのさ、残念ながら。きみたちが歌って踊って、それだけで生きていける時代には、まだならない」

「私は怖いんです」


 私の意識とは無関係に、私が喋っている。


「私の動き一つで敵が死ぬ。大勢死ぬ。そしてちょっとでも間違えれば味方が死ぬ。一緒に訓練してきた仲間が、友人が、死ぬ。今回も四人も……顔も名前も声も知っている仲間を――失いました」

「そうだね。それは本当に悲しいことだ」


 ネーミア提督は静かに応えた。


「本当はなんて言葉ではまとめてはいけないことなんだろう。だけどね、わたしたちがしているのは。敵を殺さなければ味方が殺される。味方を守りたければ自分が強くなるしかない。そして無慈悲に、無情になるしかない。戦闘マシンになるほかにないんだ」

「マシン……」

「経緯はどうあれ、きみは望んで軍に入った。その時点での覚悟なんて、今にして思えば吹けば飛ぶような薄っぺらなものだったと覆う。だからもう一度、訊かせてもらう。きみは、軍を辞めたいかい?」

「軍を、辞める……?」

「そう。軍を辞める。きみたちには常にその選択肢が与えられている。セイレネスを動かさない歌姫に、軍は用がないからね」

「それは……しかし」

「わたしたちが困るとかそういう理由は要らない。きみがどうしたいか、それだけだ。わたしの力があれば、きみをただの女の子に戻すくらいはわけはない」


 ネーミア提督のその静かな言葉を受けて、私の両目から涙が零れ落ちる。一度流れ始めると止まらない。もう何も聞こえないし、何も見えなかった。ただ泣きたいという欲求のみが私を支配していた。


「マリオン。わたしはきみの味方だ。きみの辛さはよく理解できているつもりだ」

「提督……」

「わたしはわたしにできる限り、きれいにしてからきみにバトンを渡すつもりでいる。これから先、もっと大きな悲しみや苦難があるかもしれない。でもね、わたしたちはそれらをすべて、きみにちゃんと受け渡しすつもりでいる。守ってはやれないと思う。でも、その覚悟さえあるなら、わたしは君に応えるだろう。もし心が折れそうになったのなら、静かに軍を去るんだ。それでいい。きみは常に逃げるカードを――」

「持ちません」


 私はそう言っていた。


「私は軍を辞めません。私が戦えば、もっとちゃんと戦えるようになれば、味方は誰も死なずに済むようになる。私はもっと強くなるしかない。軍を辞めたとしても、私は良心の呵責に押し潰される。だから、辞めるという選択肢なんて最初からないんです」

「ふふ」


 ネーミア提督は小さく、寂しげに笑った。


「やっぱり、そうなっちゃうのか」


 その言葉の意味を理解するのには、私はまだまだ幼かったんだと思う。

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