#05-04: 初陣、私が唱えたのは、崩壊の音だった。

 結局ろくに眠れなかった。朝には敵艦隊との会戦が控えているのに悠長に寝てられるほど、私の神経は太くはなかったらしい。寝不足でぼんやりする意識を苦いコーヒーで叩き起こし、そしてセイレネスコア連結室へと急ぐ。


「ダウェル艦長、配置につきました」

『了解、アキレウス、バトコンレベル最大』

火器管制ファイアコントロール、ユーハヴ。セイレネス発動後、こちらに渡してください」

『イエス・マム。火器管制、現状維持。武装のいくつかが未実装なのが悔やまれますな』

「今の私に変形機構を試すような余裕はないです。セイレネスだけで手一杯になるんじゃないかなって」

『はは、初陣とはそういうものです。が、アキレウスに関しては沈みませんよ。何があろうとこのダウェルが何とかしますからな』

「お願いします」


 さぁ、おしゃべりの時間はおしまい。ここからはレスコ中佐の指揮に――。


 そう思った瞬間、私の意識の中に敵の艦隊の姿が映り込んだ。


「え? どういうこと……?」


 航空母艦が四隻。あとは駆逐艦とフリゲートが合計六十隻ばかり。航空母艦は大型だったが、通常艦隊戦力のようにも見える。ナイアーラトテップのような気配も影もない。


「レスコ中佐」

『あなたの指揮は私が直接担当します、マリー』

「て、て、提督?」


 その声に、私は思わず変な反応をしてしまった。私の直接の上官はエディタ・レスコ中佐である。アーメリング提督自らがタクトを振るうことはまずない。だが、今回は何か特別な用事があるかのようだ。


『ショーに付き合わせて申し訳ないとは思う。でも、やって欲しいことがあります』

「な、なんでしょうか」

『敵の航空母艦、あなたにはもう見えているでしょう?』

「見えているというか……意識の中に浮かぶっていうか……」

『それは実体です』

「実体……?」

『あなたには数百キロ東の敵艦隊が見えているのです。航空母艦、何隻見えますか?』

「よ、四隻です」

『よろしい』


 にわかには信じられないことだったが、セイレネスというのはこういう機能をも備えているらしい。


『おそらくエディタにもまだ見えていないと思いますが、あなたはそれだけ能力があるという事です』

「これが……」

『そのうちの二隻をあなたに任せます。撃沈してみせなさい』

「く、空母を、ですか?」


 最新の空母には、対セイレネスシステムとも言える「オルペウス」が搭載されている可能性もあると言われ、あのエディタ・レスコ中佐でさえ仕留め損なう事のある相手だ。撃沈できれば大戦果である。それを二隻も……。


「む、無理です、提督」

『いいえ、できます』


 瞬間的に返ってきた迷いのないアーメリング提督の言葉に、私は息を飲む。


『これはショーなのです。私たちとあなたたちと、そしてヤーグベルテの未来を占うというショーなのですよ、マリー』

「ショー……ですか」

『私だってあの子たちを皆、五体満足で帰してあげたい。でもね、事情が変わりました。国民が求めるものは圧勝です。一人の損害も一発の被弾も許さないという圧勝です。そして私が求めるのは、私たちの戦いです。現実的な戦いなのです』


 アーメリング提督の言葉に、私は何も言えない。


『マリー、わかりますか』

「つまり……何人かに死ねと」

『……そうです』

「それは、でも——」

『しかしそれはあなた次第です。あなたが空母を二隻、しっかりと沈められれば、私の絶対防衛圏では何もさせません。さにあらば』

「見殺しにするって、言うんですか」

『国民には悪夢のニュースとなるでしょう。私たち歌姫艦隊ディーヴァ・アルマダが通常艦隊相手に被害を出すなど、あってはならないことですから。トリーネの件とは全然違——』

「でもそれって! 私が、私が仕留め損ねたら、同期の子たちが死ぬって」

『そういうことです』


 冷淡なアーメリング提督の声が私に刺さる。


『善戦を期待します、マリオン・シン・ブラック』


 うあああああああっ!?


 私は頭を掻きむしる。嘘だろって。私が失敗したら人が死ぬ。見知った子が死ぬ。そんな命の責任を、初陣の私に背負えって? 私、人を殺したことなんてないのに。空母を沈めて何千人も殺せと言われても、そんなことが――。


『音を聞きなさい。訓練と同じように』

「しかし……」

『これは命令です。あなたは命令に従うだけ。何の呵責かしゃくりません。敵にも、味方にも』


 命令――。その言葉は思いのほか重たく、コア連結室の暗闇に包まれた私を一層深い奈落へと落としていく。


「見えた……」


 甲板が。兵士たちの顔が。露天駐機している航空機たちも、朝焼けの金色を受けて静かに佇んでいた。距離、四十万メートル。方角、真東。


『マリー、三十秒後に状況を開始してください』

「は、はい、提督」


 否応なしに私の意識がアーシュオンの――敵の艦隊に近付いていく。何の抵抗もなく、その全容をあらゆる角度から捉えることができた。間違いない、航空母艦は四隻。しかも新鋭空母だ。そのうちの二隻に、青い照準円レティクルが重なっていた。四十万メートルは、到底主砲の届く距離ではない。だが、私はヴェーラやアーメリング提督が、この距離から攻撃を仕掛けていたのを知っている。でも、二人はディーヴァ……。私にできるのか?


『エディタ、ハンナ、ロラ、火器管制ファイアコントロールを全てマリーに移譲』

『了解。ハンナ、ロラ、いいな』


 私の知らない所で状況だけが進んでいく。視界の端に重巡アルデバラン、アルネプ、カストルの全主砲のトリガーがこちらに渡ったという情報が映し出される。


「全主砲トリガー、アイハヴ。先輩方、お借りします」

『しっかりやりな』


 ロラ・ロレンソ大尉がぶっきらぼうに励ましてくれる。私は唾を飲み、アーメリング提督に指示された時間を待つ。僅か五秒が何分にも感じられる。


『マリー、状況開始!』

「了解」


 私は息を吸い、目を閉じた。脳内に流れ込んでくる情報が一層鮮明になる。


 殺すんだ、これから――。


 私の想いとは裏腹に、私の口は起動モジュールを宣言する。


「モジュール・グングニル、発動アトラクト!」


 グングニル……? 私の脳内データベースにはそんなものはない。だが、勝手に、私がそれを選んだのだ。そして私のアキレウス、そして重巡三隻から放たれた主砲弾が、一斉に加速しながら水平線をぐるりと巡っていく。


 私の意識の目がその超音速の弾を追いかける。四百キロもの航海を終えた弾丸は、一斉に空母の一隻に着弾した。それを追うようにして、二隻目、三隻目の空母が爆発炎上する。アーメリング提督ただ一人で二隻を沈めようとしているということだ。だがまだ一隻無傷――。


『マリー、残り一隻を一刻も早く撃沈してください。敵機の襲来は一機でも脅威になり得るから』

「は、はいっ」


 今見てしまった光景、聞こえてしまった断末魔に、私は意識を持っていかれつつあった。頬を痺れるほどにひっぱたき我に返ろうとする。だが、意識はノイズにまみれていて、セイレネスのに集中することができない。見えない。敵の空母が。まるで煙幕に飲まれてしまっているかのように、何も見えない。


『マリー!』


 アーメリング提督の叱咤が聞こえ、その瞬間、パッと煙が晴れた。ノイズが薄れ、が戻ってくる。電子的な音が絡まり合って、上空数千メートルまで意識の目が持ち上がった。


 タワー・オブ・バベル……?


 私の中にそんなが響く。私はそれにあらがえない。


「セイレネス発動アトラクト! モジュール・タワー・オブ・バベル、起動プリペレイション!』


 なんなの!? 私、どうしてこんなこと言ってる!?


 狼狽える私の視界いっぱいがエメラルドの光に覆われる。が否応なしに高まって、私をどこかへ連れて行こうとする。それはたまらない恐怖だった。居ても立ってもいられない不安があった。


 視線を後ろ――つまり私の艦隊の方に向けると、アキレウスを中心にして、艦隊全てを取り囲むような規模の光の柱が立ち上がっていた。半径十キロは下らない。そんな巨大な緑に輝くタワーが、遥か天空までを貫いていた。まさに天を衝く塔、タワー・オブ・バベルだ。


 そしてまた、私の頭の中で誰かが囁く。囁き続ける。私は朦朧としながら、口走る。


「タワー・オブ・バベル、崩壊ザ・コラプス!」


 海が、割れた。凪いでいた海が、穏やかな夜明け前の空が、崩壊した。


 残り一隻の空母は、文字通りに粉砕された。だが、その前にその大半の艦載機が離艦を成功させてしまっていたのも見えていた。


「敵機が……」

『分かっています』


 アーメリング提督の落ち着き払った声が聞こえてくる。いや、落ち着いているわけではない。冷たいだけだ。今の状況では空も海も荒れ狂っていて、誰も何もすることはできない。セイレネスとはいえ、天変地異の前にはできることはあまりにも少ない。あのアーメリング提督でさえ、艦隊全てを守ることはできないに違いない。だからこその、冷たさだ。


 私はまたいたたまれない気持ちになる。


 母艦を失った航空機たちは、文字通りに死に物狂いの攻撃を仕掛けてきた。最先鋒にいたコルベット四隻がその攻撃をまともにくらい、一隻に至っては体当たりを食らい、ものの見事に轟沈させられてしまった。ほとんど何の抵抗もさせてもらえないまま、コルベットたちは炎上して沈んでいく。見えていたセイレネスの反応もすぐに消えてなくなる――歌姫セイレーンが、ということだ。それは私にもすぐに理解できた。でも、感情が追い付いてこない。


 艦載機たちはレスコ中佐指揮の下、ものの十分と経たずにほぼ撃墜されるに至ったのだが、私にはもはや何をする力も残されていなかった。が聞こえないのだ。まるで大きすぎる音に飲まれてしまって耳がイカレてしまったんじゃないかってくらいに、何も聞こえなかった。


 お前はもう何もするな――システムにそう言われているかのようで、でも戦線から離脱することはゆるされなくて、その十分間は私にとっては悪夢の時間だった。


『マリー』

「……はい」


 アーメリング提督に呼び出され、私はうつむいたままそれに応じた。セイレネスを通じた通信である。アーメリング提督は旗艦の艦橋にいるようだった。ディーヴァともなると、システムを通さなくてもセイレネスでの通信くらいならできるということか。


『敵艦載機による被害は四隻。通常艦隊が相手だったことを考えると、甚大と言える被害でしょう』

「はい……」

『死亡した歌姫セイレーンは、全員があなたの同期。新人でした』

「……すみません」


 謝る。何のために。誰のために。どうして?


 私は混乱していた。今になって一気に感情の津波がやってきた。


『いえ』


 アーメリング提督は首を振る。私は唇を噛み、指の骨が折れそうになるくらいに強く拳を握りしめた。


『想定の範囲内です。これはあなたを育てるための投資だったと言って良いでしょう』

「それは……!」


 私は一瞬だけど、アーメリング提督に敵意のようなものを覚えた。嘘だろと自分でも思ったりしたけども、この諸刃の剣は私とアーメリング提督を同時に傷つけようとしていた。


「提督、私は……!」

『あなたはよくやりました。十分な戦果です』

「そうではなくて……!」


 アーメリング提督の表情は冷たく、その新緑の目は何も感情を映していない。提督の心のあまりの静謐せいひつさに、私はいっそ不気味さまで覚えてしまった。アーメリング提督は静かに、冷たい声で言う。


『マリー、あなたにあの二隻を任せたのは私です。新兵たるあなたに。その時点で、この程度の被害が出ることは分かっていたのです』

「よ、四人も……」

『あの子たちを殺したのは、あなたではない』


 その断定には、私は何一つ、いささかも励まされることはない。私の初陣は華々しい戦果を挙げたと報道されるかもしれない。でも、同時に――。


『悔しいですか』

「はい……」


 私の目から涙が零れる。止められない涙。人には見せられない顔になっているに違いなかったけども、そんなことはどうだってよかった。このまま泣き続けて脱水症状で死んだって良いと思った。四人は、そしてあの船に乗っていた海軍の兵士たちは、皆もっと苦しんだんだから。私がのうのうと生きていていいはずがない。


『マリオン・シン・ブラック。気に病むなと言っても無駄なことは理解しています。でもね、これは必要な——』

「申し訳ありません、提督。今の私には」


 ――受け止められない。


 ごめんなさい……。

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