#05-03: 訓練中、視察に訪れた提督と話す。それは――。

 二〇九八年十月半ば、真っ黒に塗装された制海掃討駆逐艦・アキレウスを与えられた私は、第二艦隊の練習航海に参加していた。噂にたがわぬアーメリング提督の厳しさに、私はへとへとになっていた。レオンや同期の子たちは一層疲労していることだろう。なぜなら私は緊張を続けるだけで良かったが、レオンたちはレスコ中佐の指揮の下、寸分狂わぬ動きでの対艦対空戦闘の演習を強いられていたからだ。


 その一方で、私はここぞという所で前に出て標的を一挙殲滅するという役割だったから、きっとまだ負担は全然小さかったに違いない。それでも、レスコ中佐やアーメリング提督からは何度も叱責されたのだけど。正直、その度に凹んだ。あのレオンですら涙目になるほど、演習でのアーメリング提督やレスコ中佐はシビアでドライだった。今頃、波に揺れる船の中で泣いている子たちも大勢いるだろう。私だって疲れとストレスで今すぐ寝込みたい。……のだけど、うかうか寝ているわけにもいかない。練習航海とはいえ、いつどこに敵が、あのナイアーラトテップが潜んでいるかわからないからだ。無意識に緊張感が高まってしまい、意識したところで気を抜くこともできなかった。


 そんな折、ちょうど午後九時のことだった。旗艦ウラニアから通信が入ったのだ。


『お疲れさま、マリー』


 珍しく柔和な表情をしたアーメリング提督が、空中投影ディスプレイに映し出されていた。私は大慌てで姿勢を正し、ディスプレイの前に進み出る。


『今、だいじょうぶ?』

「も、もちろんであります、提督」


 ここでノーと言えるほどの胆力は持ち合わせていない。


『今さらなんだけど、アキレウスの視察をさせてもらおうかなと思って』

「もちろん大丈夫です!」


 反射的に返事をしてしまったが、たちまち艦橋のスタッフたちがざわついた。だが、艦隊司令官が見に来たいと言うのだ。ダメだというわけにもいかない。


「ぜひいらしてください!」

『では今から連絡艇で向かいます。そちらは普段通りの作業を続けていてください』

「かしこまりました」


 お待ちしております、と言って、私は姿勢を正す。アーメリング提督はどこか寂し気な微笑を見せて、通信を切った。


「やばいやばいやばい。艦長、大丈夫でした?」


 傍らで操艦指揮を執っているダウェル中佐に声を掛ける。中佐は親指を立てて「イエス・マム」と応じた。


「階級は艦長の方が上なんですから、イエス・マムはやめましょうよ」

「いいえ、我々は歌姫と共にあり、歌姫に命運を託す者です。頼りにしてるから手を抜くなよ小娘……という意味であります」

「……わかりました」


 そう言われてはこう答えるしかない。私はおどけた表情を見せると、隣に並ぶ旗艦ウラニアの巨体を見た。六百五十メートルにもなる戦艦ウラニア。対する私のアキレウスは二百三十メートル。実に三分の一くらいの大きさしかない。だが、演習でわかったことだが、その火力や機動力といったものを総合した戦闘力は、ウラニアに匹敵すると言っても良かった。ホメロス社がセイレネスのために作り上げた最高峰の戦闘艦、それがこのアキレウスと、アルマのパトロクロスだった。


「連絡艇着きます」


 早いなと私は慌てて連絡艇との接続口へと急いだ。ヤーグベルテの大型艦は基本的にすべて連絡艇を艦内に収容できる作りになっている。


「お待ちしておりました」

「お疲れさま、マリー。遅くにごめんなさい」

「いえ、待機状態でしたから」

「そうね。アーシュオンは何処にでもいるわ」


 アーメリング提督は眼鏡を掛けなおして、微笑んだ。さっきまでの苛烈な雰囲気が嘘のようで、「これは何かあったな」と思わざるを得ない。だが、アーメリング提督はそのことには一切触れず、艦内の様子を見て回った。その間、雑談はたくさんできたから、これは私にとっては大きな収穫だっただろう。アーメリング提督はやはりディーヴァで、とても優しい人なのだ。


「それはそうと、マリー。十日間の訓練で、だいぶモノにはできましたか?」


 艦橋の一番高いところで私と提督は並んで立つ。ダウェル艦長は真面目腐った顔で艦橋要員の席の方でなにやら話し込んでいた。


「ど、どうでしょうか……」


 課題はすべてクリアしたはずなんだけど――私は慌てて頭の中で課題情報を検索した。大丈夫、全部チェックはついているはずだ。


「そうでしたね」


 まるで私の心を読んだように、アーメリング提督は頷いた。


「シミュレータから実機に乗り換えても、あなたはほとんどその差異を感じさせませんでしたね。しかしです。命を賭ける戦いとなると、また全く別物になるのです。特に、セイレネスでは嘘をつけない。迷えば、迷いが。セイレネスに反映されます。揺らぐのです、システムが。ですから、迷うことも躊躇ちゅうちょすることも許されないのです」

「き、肝に銘じます」


 そんなに緊張しなくても――そんな声が聞こえた気がしたが、気のせいだったかもしれない。


「ところで」


 アーメリング提督は話題を変えた。


「アルマ……アントネスク上級少尉との関係は良好ですか?」

「え、あ、はい。アルマとは喧嘩もしょっちゅうですけど、おおむね」 

「そうですか」


 アーメリング提督は頷くと、念を押すように左手を私の右肩を叩いた。


「絶対にだけはしないようにしなさい。私たちのセイレネスを用いた戦いでは、どんなに優勢であろうが心にダメージを受けます。だから、信じられる者がいるのなら、お互いがうんざりするほどに、その想いを分かち合ってください」


 それは大丈夫。私にはアルマも、レオンもいる。レニー先輩だって。


「私たちは、この存在そのものが。実戦を経験すれば、その意味も理解わかるようになるでしょう。望もうが望むまいが、私たちは石と棍棒で武装した程度の人々を、戦車で踏み潰すようなことをしているのですから」

「大量破壊兵器……」

「そうです、マリー。私たちはアーシュオンの非武装市民を何百万人と殺したことすらあるのです。大量破壊兵器であると言わずして、私たちのことを何と言いましょう」

「しかしそれは――」

「そう、命令です」


 アーメリング提督は静かに言う。


「しかしね、マリー。その経路がどうであったとしても、私たちは人を殺す。その時、その顔も、記憶も、恐怖も、悲しみも、その全てあらゆる感情を目にすることになるのです。生半可な精神力で耐えられるものではないのです」


 そのことはレニー先輩から少し聞いていた。だが、十数年とその活動を続けてきたアーメリング提督の言葉は、さらに重たかった。


 その時、アーメリング提督の携帯端末が緊急入電を報せた。


「わかりました。直ちに邀撃ようげきに向かいます。ダウェル艦長、レスコ中佐を呼んでください」

「イエス・マム」


 艦長はやや慌てて通信班に向けて指示を出す。するとすぐにメインスクリーンにエディタ・レスコ中佐が現れた。その白金の髪プラチナブロンドが少し乱れている。


『お待たせしました、提督。今、私の方にもカワセ大佐より連絡がありました』

「さすがね。今回の敵集団、いつもの挑発行動だとは思いますが、こちらはまだ発見されていないようです。現地に急行して一撃、退却しないようであれば殲滅します」


 承知いたしましたとレスコ中佐は言う。射程外攻撃アウトレンジを徹底するらしい。


「エディタ、今回は半数が新人です。こんな遭遇戦で損耗するわけにはいきません。実戦経験をさせ、五体満足で帰す。それを最大のミッションとします」


 その言葉に、私は幾分ホッとした。レスコ中佐は瞬時に情報を確認すると一つ頷いた。


『状況の開始はおそらく夜明け。各艦の艦長には状況を報せますが、新人歌姫たちへの周知は七時間後に行います。よろしいですか、提督』

「ええ。任せるわ、エディタ。あなたの判断を信頼しています」

『恐縮です、提督』

「ああ、それと」


 アーメリング提督は、まるでコーヒーでも誘っているような気軽さで付け足した。


超兵器オーパーツに関しては確実に早期殲滅を。今回は、私も前に出ます」


 凛々しい――私はそう思った。アーメリング提督のそのさらりとした言葉に、私は少しだけ興奮を覚えていた。


 ってあれ?


 だ。何の音だろう?


 メロディの無い、しかし、ただのノイズとも思えない音が、頭の中でチリチリと鳴り始めてきた。疲れからくるモノかとも思ったが、それにしては鮮明に過ぎる。アーメリング提督を盗み見るが、提督の横顔からは特に何の危機感も感じられない。


 おかしいな。


 私は首を振り、艦橋の窓から見える夜の海を睨む。


 すごくイヤな予感がする――。

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