#05-02: 私の上官はレベッカ・アーメリング。

 二〇九八年九月末日、私たちはついに士官学校を卒業してしまった。レニー先輩が卒業してからはなんかあっという間だった気がする。


 アーシュオンはあれからも度々本土を狙って攻撃してきたり、辺境の島々を占拠したりと挑発行為を繰り返してきていたが、レベッカ・アーメリング提督はそれら細かな作戦にも積極的に艦隊を動員した。まるで虫一匹を殺すために建物ごと焼き払う勢いである。


 その度に私たちも士官学校のシミュレータから支援したり見学したりと、実に忙しく動いていた。その中でレニー先輩やアーメリング提督の苦悩が見えたりもしたのだが――イザベラ・ネーミア提督の内側からは迷いのようなものは一つも見えなかった。とにかくのだ。絶対零度と言っても良いくらいに、心の動きがない。その指揮は正確にして冷徹であり、参謀部の意見を挟ませないほどに素早かった。指揮官としては圧倒的で、それはおそらくアーメリング提督をも上回る。


 雑誌やニュースの人物評としては、豪放磊落、自由奔放、そんな表現がされることの多いネーミア提督だったが、私にはとてもそうは思えなかった。思えばヴェーラが亡くなってから、もう三年が経とうとしている。入学の時にはすでに生死の境を彷徨っていて、年が明けるなり死去が発表された。忘れようとしても忘れられない事件とタイミングだった。


 卒業パーティでは私たちはすぐに先輩たちに囲まれてしまったから、何も食べられないし飲めないしでさんざんだった。人の壁の向こう側で、レオンがエディタ・レスコ中佐となんか談笑しているのが見えて、いささかむっとしないでもない。


 だが、私は今、あのレベッカ・アーメリング提督およびイザベラ・ネーミア提督というヤーグベルテで最強にして最高の知名度を誇る二人を前にしている。正直言って、飲み物がとか言っている場合ではなかった。私の隣ではアルマがガチガチになっている。アルマはその性格からは想像もできないが、公式の場になるとものすごく緊張するタイプなのだ。だから今もまるで古いブリキのロボットのような、変な動きをしていた。


「きみはわたしの所属になるからな、もう少し硬さを解いてくれ」


 ネーミア提督——サレットを被っていて顔のほとんどが見えないが——がクックッと笑いながらアルマに言っている。アルマは「は、はい……」と消え入りそうな声で応えていた。ちなみに私はアーメリング提督の直属となる。ネーミア提督の第一艦隊はレニー先輩とアルマ。私の第二艦隊は、アーメリング提督の直下のエディタ・レスコ中佐が実質その指揮を執ることになっている。そこに私とレオンが配属された形だ。


「マリオン・シン・ブラック。マリーでいいかしら?」


 眼鏡のレンズを輝かせながら、アーメリング提督が声を掛けてくる。私は一も二もなく「もちろんであります」などと答えている。私もたいがいにして緊張しているなと思わないではないが、そう思ったからといって緊張が解けるほど単純なをしている覚えもない。


「艦隊の実質指揮は、あそこにいるエディタが行います。私は判断をするだけ。なので戦闘についてはエディタに訊きなさい」

「あの、ところで」


 私はずっと懸念していたことを思い切って訊いてみた。


「私たちの艦は、どうなっているのですか?」

「ああ、そうね」


 アーメリング提督はネーミア提督に向けて頷きかける。ネーミア提督は携帯端末をどこからともなく取り出してニヤリと笑った。


「これから行ってみるか」

「それも良いわね」


 アーメリング提督は肩をすくめて同意した。ネーミア提督はさっそく端末でどこかに通信する。


「うん、マリア。そうなんだ、今から行ける?」


 通信相手はカワセ大佐か。私は周囲を取り囲む歌姫や報道陣を見回しながら、グラスにわずかに残っていたジンジャーエールを飲み干した。


「オーケー。すぐ行ける」

「あ、でも良いのですか、ネーミア提督。卒業パーティ抜け出して……」

「軍は非常事態で出来ている。好きなようにするさ」


 ネーミア提督は私とアルマの背後に回り、そのままその両手で私たちの肩を抱いた。その距離感の近さはアルマをも凌ぐ。アーメリング提督は「まったく」と呟きつつ、私たちの前に出て歩き始める。


「マリアはどこに?」

「会場出たところにいるってさ」


 警護官のジョンソンさんとタガートさんに先導されながら、私たちは報道陣を置いてきぼりにした。ついでに言うと、ジョンソンさんもタガートさんも、アーメリング提督が士官学校に入った時にはすでに警護官をやっていたそうで、付き合いはかれこれ十五年くらいになるのだとか。「もはや家族よ」とアーメリング提督が紹介した時、ジョンソンさんとタガートさんはその巨躯に見合わぬ笑みを浮かべていた。二人はヴェーラ・グリエール救出にも貢献し――結果は残念なことになったが——、勲章ももらっている勇士だ。警護官としての仕事にも信頼が置けるのだという。


「階級は上がりませんけどね」


 ジョンソンさんがそう言った。二人とも今は曹長だった。私は今や上級少尉だから、そこには二階級の隔たりがあった。


「叩きあげなんでそんなもんです。でも勲章やらなにやらのお陰で老後は困りません」


 タガートさんがそう言って笑う。それにはアーメリング提督やネーミア提督も頷いていた。


「二人がいなければ私は士官学校襲撃事件で終わっていたはずです。だから、二人には感謝しかしていないんですよ」

「恐縮です、提督」


 真面目腐ってジョンソンさんが答え、それまで冷徹な表情を保っていたアーメリング提督も思わず噴き出した。


「恐縮とか言わないでください。もう」

「本当に信頼関係ができてるんですね」


 私が言うと、アーメリング提督は少しだけ寂しそうな表情を見せた。


「私の古い知り合いの多くは亡くなってしまったけど。今やカティだけよ」

「わたしは?」


 間髪入れずに口を挟むネーミア提督。その表情は分からない。


「あなたは……まだ三年にもなってないもの」

「そっか。でもセイレネスでは嘘がつけないからねぇ。わたしのこと大好きなのは分かってるんだぞ、ベッキー」

「やめなさい、イズー。この子たちに聞かせる内容じゃないわよ」

「あははは、それもそうか。でも、覚えときなよ、アルマ、マリー」


 ネーミア提督は私たちの肩に回した手に力を込めた。



 その言葉の意味を本当に理解するためには、私たちにはまだまだ経験が足りていなかった。

 

 外に出るとすぐにジョンソンさんとタガートさんが周囲を見回した。歌姫セイレーンたちは常に暗殺の危険に脅かされている。特にV級以上には必ず一名以上の警護官がつけられていた。私たちにもついているはずなのだが、基本的には目につかない所にいるようで、見たことがない。というよりも、いつでもなぜかカワセ大佐に守られているような気がしてもいた。おかげさまで今日まで危険な目には遭ったことがない。


「お疲れ様、ジョンソンさん、タガートさん」


 カワセ大佐が安全を確認した二人にねぎらいの言葉を掛ける。「さん」付けなのに驚く。大佐と曹長ではそもそも生きている場所が違うからだ。


「ここから先は参謀部が責任をもって送ります。お二人は今日は任務終了で構いません」

「承知致しました、大佐。何かあればすぐに駆け付けま――」

「大丈夫、何もないわ。海兵隊の本部にも話を通してあるから安心してください」

「了解です。お気遣い感謝いたします、大佐」


 ジョンソンさんが敬礼し、タガートさんと連れ立って立ち去っていく。


「二人ももう引退しても良いくらいなのにね」


 ネーミア提督が苦笑する。そこから先はカワセ大佐の車の中で聞いたのだが、ジョンソンさんもタガートさんも、十五年に渡り、警護官という立場を決して譲ろうとしなかったのだと言う。軍としても多大な貢献のある二人の言葉を聞かないわけにもいかず、また適任者が他にいなかったこともあって、今まで皆勤賞のごとく警護官という任務を続けているらしい。二十四時間三百六十五日の待機態勢である。よく精神が持つものだと、私たちは素直に称賛した。


「さて、と」


 ネーミア提督が息を吐きながら短く声をだした。私たちと向かい合わせに座っている二人の提督が、同時に腕を組んだ。ハンドルを握っているカワセ大佐は何も言わずに車を運転している。


「きみたちに与えられるのは、戦艦じゃないんだ」

「戦艦ではない?」


 アルマが訊き返す。ネーミア提督は頷いた。


「制海掃討駆逐艦という新艦種なんだ」

「駆逐艦ですか?」

「制海掃討駆逐艦」


 敢えて長い名称を繰り返すネーミア提督。そんな話、完全に初耳だった。だが、戦艦建造のニュースの一つも入ってきていなかったから、ずっと不安ではあった。


「駆逐艦のサイズだから駆逐艦というだけであって、性能はわたしのセイレーンEM-AZと比肩する。セイレネスの小型化が成功して、ようやく戦艦なんていうバカげた代物を建造しなくてもよくなったってことだよ」

「搭載火力も少なくはないわ。マリア、データを二人に」

「了解です、姉様」


 その瞬間と言っても良いくらいのタイミングで、私たちの携帯端末が音を鳴らした。メッセージの添付ファイルを開くと、瞬間的に端末の上に艦船の立体モデルが浮かび上がる。


「これが……なんか今までの艦船とは全然違いますね」

「実物を見た方が早いぞ」


 ネーミア提督が窓の外——不愛想な夜景を見ながら言った。


「わたしたちはどんな衣装を着せられたとしても、やることは一つ。歌うだけだ」

「そして殺す」


 アーメリング提督が吐き出すようにして言う。ネーミア提督は肩を竦める。サレットに隠されて表情は見えないが、辛うじて口元が微笑の形を描いているのは分かる。


「怖いね、ベッキーは」

「怖いわ。慣れていくのが」

「そうだね」


 ヴェーラ・グリエール、レベッカ・アーメリング、そしてイザベラ・ネーミア。三人合わせて何百万――決して誇張ではなく――と殺してきた。それは事実だ。だけど。


「慣れてなんて、いないと思います」


 そんなことを言ったのが誰かと思ったら私だった。


「慣れたと思いたいだけ、なのではないですか?」

「言うね、マリー」


 ネーミア提督が小さく笑う。アーメリング提督は能面のように白い顔で私を見ている。私はその冷たい新緑の瞳に見据えられて息を飲む。


「ベッキー、睨まない睨まない。この子の言ってることは図星だろ」

「まぁね」


 アーメリング提督はそれきり黙ってしまった。私たちはそれからややしばらくの間、痛々しい時間を過ごすことになった。

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