#05 実戦配備に至りて

#05-01: 平和って、何だろう。

 それから少しして、レニー先輩が正式に艦隊配備となった。それからやや遅れて完成したヤーグベルテ三隻目の戦艦・ヒュペルノル。その巨大な海上構造物に、私たちは圧倒された。映像で見るのとでは訳が違う。セイレーンEM-AZやウラニアと比べれば小型ではあったが、それでもその未来的なフォルムには目を惹かれた。カワセ大佐の情報によると、この建造ノウハウが私たちのふねに生かされるのだとか。


 これから数度の試験航海を経て、実戦配備される――というのが建前だが、事実上もう巨大な一戦力としてカウントされていた。それは私とアルマがカワセ大佐から提供を受けている兵站へいたんログや議事録を見ても明らかだった。もちろん、レニー先輩だってそんなことは承知の上だ。


「お疲れさまです、先輩」


 私はココアを入れると、ソファに沈み込んでいるレニー先輩に手渡した。すでに士官学校を卒業したにも関わらず、レニー先輩は部屋を移動していない。その目的はともかく、軍からの命令にも関係しているらしい。私たちは相変わらず三人部屋である。


「ありがとう、マリー。落ち着くわ」


 レニー先輩は疲れた表情を見せているが、それでもその美しさは微塵も損なわれていない。そしてレニー先輩は人前では決して弱音を吐かないし、疲れた表情も見せない。彼女のこんな顔が見られるのは、私とアルマだけの特権だった。


「実戦はストレスとの戦いね」

「でも先輩は圧倒的じゃないですか」

「そうなんだけど、そうじゃないわ」


 私はレニー先輩の前のソファに腰を下ろした。ベッドの方を見ると、アルマはまた横になって端末を覗いている。兵站部の情報を調べているのだろう。本当に熱心なんだ、アルマは。


「私はまだ心の強さが伴っていない。だって、つらいもの」

「それは……心が生きてるからじゃないですか」


 私は言う。レニー先輩の言わんとしていることは理解できる。だが、そうじゃないと思った。でもレニー先輩も分かったうえで、「つらい」と一語で表現したのだろう。そう思ったのだが、レニー先輩は首を振った。


「人を殺すことはつらいわ。それはもう耐えがたいくらいに。最期の瞬間が見えるのだから、とてつもなくつらい。でもね、そこじゃないの。そこはまだ理性と論理で抑え込める」


 ココアを一口飲み、レニー先輩は大きく息を吐く。


「段々と慣れていく自分がいるのよ。心が動かなくなってくる自分がいる。それがたまらなく怖くて、つらい。ヴェーラ・グリエール、レベッカ・アーメリング……歌姫が二人しかいなかった頃のつらさに比べれば、こんなもの、なんてことないはずなのに」

「それは相対論じゃないですよ、レニー先輩。他人のつらさと比べても仕方ないじゃないですか」

「そうね、そうなの。わかってる。でもね、戦場でたった一人で戦艦のコア連結室に入っていると、闇と音に押し潰されそうになる」


 レニー先輩の目は伏せられていて、その居住まいには憂いしかなかった。


「あなたたちには、こんな思いはさせたくない。たったの数ヶ月で、もううんざりしている自分がいるのよ。ヴェーラ・グリエールが自ら命を絶った、その絶望が、セイレネスの中では渦巻いて聞こえている。ヴェーラ・グリエールその人の遺したもの、残滓が、否応なしに私に囁くのよ」

「レニー先輩、ヴェーラは……あの」

「それは言えない」


 レニー先輩は首を振る。ヴェーラとイザベラ・ネーミア提督が同一人物であると言う件に関しては、誰一人公式に認めようとはしなかった。もちろん、本人もだ。私の中でも、あのエリオット中佐の言葉がなければ疑いも出なかったに違いない。だが、あれからは一度もエリオット中佐とは会えていないし、空の女帝――カティ・メラルティンと話す機会も得られていなかった。だからいまだに、私は半信半疑だった。ヴェーラとイザベラは、あまりにも違い過ぎたからだ。


「一年間で片を付ける。完全なる抑止力になってやる」


 レニー先輩は唱えるようにそう言った。私には何とも答えられる術がない。


「レニー先輩」


 アルマがベッドから下りてきて、レニー先輩の後ろからそっと声をかけた。その腕は緩やかに肩に回されていて、私には少し刺激の強い眺めだった。


「大丈夫です、あたしたちもいます。一人で背負しょい込むのはやめてください。それこそ、ヴェーラと同じ轍を踏むことになってしまう。私たち歌姫セイレーンは、たぶん永遠に続く。その中でどこか平和な期間も来るでしょう。でも」


 アルマは私を見た。私は知らずに唇を噛み締めていた。アルマは少し眉を寄せたが、そのまま穏やかな口調で続けた。


「でもね、レニー先輩。平和が来るのは、今じゃない。だから、あたしたちもまた、戦場で戦う覚悟は出来ています。あたしたちも思うと思います。次の子たちには戦わせないようにしないと……と。でも、それしかできない、それでいいんだと、あたしは思うんです」

「でも!」

「核を撃ち込みますか? 無辜の人々を何百何千万と殺し、完膚なきまでにアーシュオンに穴を開け、それで平和を得ますか。それは平和なんですか?」

「ヤーグベルテは……」

「いいえ、レニー先輩。冷静になってください。今やすべての国がヤーグベルテとアーシュオンを取り囲んでいます。セイレネスの技術を狙っています。アーシュオンが仮に完膚なきまでに潰されたら、今度はもしかしたら同盟国のエル・マークヴェリアが我々の敵となるかもしれません。暴力で得られた平和は、世界が滅びるまで暴力を求め続けるんです」

「でも、それでも、私はあなたたちを艦には乗せたくない。あんな思いは……しない方が良いのよ!」

「いいえ!」


 ようやく私は声を出せた。その声は思いのほか大きくて、誰よりも私が驚いた。


「私たちはみんな歌姫セイレーンです。歌い続けてナンボのもんだと思っていますよ、レニー先輩。私たちはただ歌って踊っていたい。なんて決してエンターテインメントにさせてはいけない。だけど、それを、そんな現実を変えられるのもまた、私たちしかいないんです。一緒にやりましょう、先輩。私たちならできるはずです」

「……そうね」


 レニー先輩は息を吐いた。その声はとても暗かった。

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