#04-03: 私たちって、いったいなに?

 レニー先輩は最近出ずっぱりだ。士官学校卒業を間近に控えている身ながら、週一以上のペースで実戦か実戦訓練を行っていた。あのエディタ・レスコ大尉を超える実力者なのだから、戦艦ヒュペルノルを与えられて以後は東奔西走の大活躍をすることになるだろう。


 というわけで今夜もレニー先輩は帰ってこない。たまにひょっこり顔を出すのだが、たいてい着替えに来たり、シャワーを浴びに行く準備をしていたりと、本当にちょっとの間しか在室していない。それでもまだ、「陸上のベッドで寝られる分、マシだと思うわ」だそうだ。確かに海上ではどこが戦場になるかわからない。そのストレスに晒されながら寝られるかというと、私なら自信がない。


 夏期休暇――つまりこれを終えるのとほぼ同時に、私たちは二年になる――初日、帰るところのない私とアルマは、やっぱり自室に籠っていた。私はマリア・カワセ大佐から頂いた膨大な数の戦闘記録を閲覧するのに忙しかったし、アルマは兵站へいたん部の作業ログを閲覧するのに懸命だった。いわば、これが私たちの夏休みの宿題、というやつだ。


「指揮官たるもの、このくらい知っておきなさい――か」


 カワセ大佐の怜悧な視線を思い出して、私は思わず肩を抱く。向かいのソファに座っているアルマが肩を竦める。


「兵站は戦争の基本だというけどさ、それもわかってるけどさ。それにしても艦隊が一回動くたびに、なんだこのログの量は」


 そう言いながらもアルマの視線は、タブレット端末の上を忙しく動いている。アルマのことだから、一度見た情報は忘れないだろう。私にしてみれば、アルマのその能力の方が信じ難いものだった。


「マリーは良いよな。眺めてるだけで頭に入るんだろ」

「んなわけないない」


 アルマは以前、自分のことを秀才で、私のことを天才だと言っていた。でも私にはそんな自覚はまるでない。ただ、なんとなく要領は良いのかなという気はしてきた、最近。


「で、マリー。セイレネスってなんだか理解できたのか?」

「さっぱり。一期生の人たちとは接する機会がまるでないし、レニー先輩も良くわからないって。どうも、実戦と訓練じゃ別物みたいだよ」

「それはあたしも聞いてたけど。にしてもよくわからないよな。まるで魔法だよ」

「そうだねぇ」


 私は頷いた。映像美にだけは金をかけた、なにか安っぽいトリックの賜物たまものなんじゃないかとも思ったものだけれど、それで実際に敵は死ぬし、救われてる人もいる。だから、セイレネスによる謎の事象は現実に起きているのだ。さもなくば、実戦経験もそれほどないエディタ先輩たちが、何倍もの敵艦隊や超兵器オーパーツを圧倒できるわけもないのだ。


 私は思わず呟いた。


「パラダイムシフトってのは、突然やってくるもんなんだねぇ」

「あたしたちだってその渦中の人なんだから、他人事ひとごとぶってはいられないぞ」

「確かに。でも、私たちはS級ソリストだし、D級ディーヴァよろしく時代を創れるわけじゃないよ」

「どうだろう」


 アルマはデータを睨みつつ、小さく言った。私は天井を仰ぐ。アルマの視線を顎の下あたりに感じた。


「マリー、あたしはなんかどうにも引っかかるんだよ」

「なにが?」

「おかしいじゃないか」

「だから、なにが?」

「考えてもみろ。なんで軍に配属されたはずのレニー先輩が、未だにあたしたちと同じ部屋に住んでるんだ? 他の二期生はみんな、寮を出て行ったのに」

「それは……そんな深い事情じゃないんじゃない?」


 私はタブレット端末をテーブルの上に投げ出すと、大きく伸びをする。背骨が音を立てそうなほどきしんだ。しかしアルマは不満顔だった。


「それにあたしたちのシミュレータのチューニング、見た?」

「え? どうやって見るの、それ」

「……マリー、あんた、よく進級できたな」

「えへ」

「えへ、じゃねーよ」


 アルマも端末をテーブルの上に置いた。そして両手両足を思い切り伸ばす。縁側で日向ぼっこをしている猫のような顔だなぁと私は思う。


「とにかく、チューニングが異常にピーキーなんだよ。しかもそれ、シミュレータ使うたびに調整されてる。ブルクハルト教官のしわざなんだろうけど」

「うーん、それは私たちが優秀だからなんじゃなくて?」


 私は冗談めかして言ったつもりだったが、アルマはこれ以上ないくらいに真面目な顔をして首を振る。


「違うんだよ。この前IO入出力のバランスを確認したら、レニー先輩のよりも倍率が大きかった。規定のSソリスト級では対応できない数値だったんだ」

「え、でも、私たち、別に何もなかったよね」

「それだよ。だからあたしも最初は自分の計測数値を疑ったんだ」


 アルマの褐色の目が私を睨む。私は思わず竦んだが、目は逸らさない。


「でも、間違いはなかった。だから、あたしたちはきっと――」


 その時、アルマの携帯端末が着信を告げた。


「大佐だ」


 アルマはやや慌てて端末を操作して、通話を開始する。カワセ大佐の上半身が画面の上に三次元投影される。


『勉強は進んでるかしら』

「あ、はい。でも、情報量がすごくて」


 アルマが緊張の面持ちで応える。カワセ大佐の表情はこちらからは見えないが、いつもの何を考えてるかよくわからない微笑を浮かべているのだろう。


『そうね。でも、提督方はこの程度の情報は全て頭に入っているし、動けば何がどう連動するかもご存知よ』

「量子コンピュータも斯くや、ですね」

『あなたたちも負けてはいないわ。だから私はあなたたちにその課題を与えたのですからね』

「それなんですが、大佐」


 アルマが例のチューニングの件を尋ねる。しかし大佐は首を振った。


『それに関しては私からは何とも言えないわ。ただ、テスト期間中だからいろいろと試したいことがあるのは事実よ。もうあなたたちのふねの設計にも入っているわけだし』

「あたしたちの?」

『そうよ。アルマもマリオンも、いずれ艦隊を率いることになる実力者。相応しい艦を用意する必要があるもの』


 艦隊を率いる?


 私はカワセ大佐の三次元映像の頭越しにアルマの顔を見た。アルマは少しついていけてない顔をしている。


『ほうけた顔をしている場合じゃないわよ、アルマ。いつまでもアーメリング提督やネーミア提督に前線に立ってろって言うの?』

「あ、いえ、決してそんな」

『よろしい』


 カワセ大佐は満足げに、やや演技がかった声音で言った。私はその後頭部に向けて疑問を口にしてみる。


「しかしカワセ大佐、レニー先輩だっているでしょう?」

『ああ、やっぱりいたのね、マリー』


 カワセ大佐は振り返らずに言う。


『そうね、レネ・グリーグは優秀だし、司令官にはもってこいの人材ね』

「なら……」

『今は歌姫艦隊は二個艦隊しかいないけれど、それが三個になったっていいでしょう?』

「それもそうかもしれませんね」


 アルマの方が先に反応した。ようやく話の展開に追いついたらしい。


「それであの、大佐」

『ああ、用件ね。忘れていたわ。もし余力があるなら、だけど、私と少し出掛けない?』

「は、はい。喜んで」


 アルマは表情を硬くする。私はそそくさと立ち上がってアルマの隣に移動する。


『マリーは行ける?』

「はい、もちろん」

『オーケー。迎えに行くわ』

「それで、大佐、どちらへ行かれるのですか?」


 アルマの問いに、大佐は「そうね」と顎に手をやった。


『お墓参りよ』

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