#04-02: エリオット中佐との対話の中で

 講演にはやはりメラルティン大佐は来られず、エウロス第二飛行中隊ナルキッソス隊の隊長エリオット中佐が代理を務めた。エリオット中佐は、第三飛行中隊ジギタリス隊のマクラレン中佐と並び、最もキャリアの長い超エースパイロットだ。確か今年四十三歳で、そろそろ現役を退くのではないかと言われていた。だがしかし、その飛行技術は未だ健在で、エウロス飛行隊ではメラルティン大佐、カルロス・パウエル中佐に次ぐ第三位の実力者だ。金髪碧眼の優男――ということで度々ファッション雑誌の表紙を飾る。未だ独身という事もあり、何かと話題に事欠かない人物でもある。


 エリオット中佐はシミュレータルームに私たちを移動させ、対空訓練の模様を見学した。一時間に渡る艦隊運動の指揮を執ったのはアルマで、私はその補佐役に徹した。私たちはまだ先輩たちのようにセイレネスの力を自在には操れない。だから、戦力としては「ちょっと強い通常艦隊」に過ぎない。


 結果はさんざんだった。私たちは敵として設定されたエウロス飛行隊によって完膚なきまでに叩き潰された。対空砲火がこれほどまでに無力だとは思わなかった。今までも訓練はしてきたのだ。その時にはここまで無様な負け方はしなかった。


「撤退すら許されず、艦隊全滅」


 エリオット中佐は、シミュレータから這い出てきた私たちに、軽い口調でそう言った。


「エウロスだからな、データとしては」

「強すぎです……」


 アルマが頭を振りつつ言った。


「ま、セイレネスが使えねぇうちはこんなもんだろ」

「セイレネスでどうにかなるものなんですか?」


 私が訊く。エリオット中佐は腰に手を当てて二度頷いた。


「ヴェーラやレベッカの力の前じゃ、エウロスが三倍いたって烏合の衆だ」

「そんなに……」


 セイレネスって、なんなんだ?


 私は今更ながらにそんなことを考える。


「あるいはうちの隊長なら、一矢報いる程度はできるかもしれねぇけど」

、ですか」


 私の言葉に肯き、エリオット中佐は腕を組みなおす。仁王立ちの姿が絵になる。優男、美中年、いろんな表現があるんだろうけど、私のイメージとしては、だ。甘い顔立ちの裏に、私は苛烈すぎる強さを感じていた。それが生来のものなのか、歴戦の勇士だからなのかまではわからない。ただ、その気性は決して穏やかな人じゃない。


「ディーヴァやお前たちの先輩は、最前線に出ずっぱりだ。戦いがなければ資金集めのライブ。いや、政治屋の支持票集めのための、と言った方がいいかもしれねぇが。遅くてもあと二年と少しで、お前たちも最前線だ。そのころまでにアーシュオンと仲良しこよしになってるとは到底思えねぇ」


 エリオット中佐の淡々とした言葉を、私たちは直立不動の姿勢で聞いている。


「軍隊なんてお荷物であるべきなんだ、国家にとっては」


 あなたたちが国のは、まだ来ない――カワセ大佐の言葉が脳裏で再生される。


「兵隊はごくつぶしだなんだと、やいのやいの言われて初めて、平和ってのは実感できるんだ。軍人が訓練に明け暮れて、批判や非難を受け続けて、全員腑抜けになっちまうまで平和なんて来やしてねぇってことだ」


 そう言って、エリオット中佐は私を見た。その碧眼が私をしっかりと捉えている。


「お前らがひらひらかわいい服を着て、歌って踊って生きていく。そんな世界を作ってやりてぇのはヤマヤマなんだが、残念ながら俺たちにはそれはできねぇ。最強の飛行隊を以てしても、アーシュオンの超兵器オーパーツの前には赤ん坊みてぇなもんだ。だから、わかるな?」

「私たち自身で平和を作るしかない」


 私の答えに、エリオット中佐は一瞬渋い顔をした。間違えたかなと内心冷や汗をかいたが、やがて中佐は「その通りだ」と肯定した。彼の中でも迷いがあったのだろうか。


「この戦争の主役にアサインされたのは、間違いなくお前たち、歌姫セイレーンなのさ。先日のトリーネの件もある。アーシュオンとのチキンレースを、否応なしにさせられているのが、お前たち歌姫だ」


 ヤーグベルテの誇る超エースパイロットは、表情こそ飄々としていたが、その奥には深い色の炎がある。きっと彼は苛烈さの裏に優しさを持っている人なんだろうとも思った。


 時間になり、エリオット中佐は「じゃあな」と言い残して部屋を出て行った。私はなぜか走って追いかける。


「ちょ、マリー、どうした」


 アルマが部屋を出ようとする私に声を掛ける。


「ちょっとね。次の講義、先行ってて」

「あ、うん」


 その声が途切れるのと同時に、ドアが閉まる。私は廊下のはるか彼方に行ってしまったエリオット中佐を呼びながら走った。


「なんだい、マリオン」


 十メートルほどまで距離を詰めたところで、エリオット中佐が振り返る。窓から入る日の光を受けて、その金髪は輝いて見えた。だが、私の印象は。これは変わりそうにない。私はさらに距離を詰めて、その端正な顔を見上げた。


「中佐はディーヴァや、ディーヴァと親しくしておられるメラルティン大佐とも親しいのですよね」

「ディーヴァが俺をどう思ってるかなんて知らねぇが、大佐とは親しいと思いたいね」

「その口から聞いたことはありませんか。どんな思いで戦ってるのか、とか」

「さぁ……。残念ながら、俺はヴェーラやベッキーとはそんなに雑談する間柄じゃねぇしな。戦闘中にジョークは言うけどな」


 いや、私が訊きたいのは、ディーヴァの言葉を直接受けているカティ・メラルティン大佐が普段どんな思いでいるのか、なんだ。私はじっとエリオット中佐を見つめる。


「大佐っつーか、カティはな」


 エリオット中佐は私に背を向けて歩き始める。私は慌ててその背を追った。


「ヴェーラのこともベッキーのことも、愛してるんだ」

「愛してる……?」

「そうだ」


 意外な言葉に、私の頭の中は少し混乱する。そんな私を見て、エリオット中佐は軽い口調で言い放つ。


「セックス的な愛じゃねぇよ」

「セ……いえ、そんなことを考えたわけじゃ」

「カティについて、お前さんはどんな印象を持ってる?」

「あの……」


 すごい人だとは思っている。士官学校に在学中に旧式戦闘機で空戦をして士官学校襲撃事件の犯人を仕留めたとか、空軍配備とほぼ同時にエウロス飛行隊に入隊したとか、最年少でエウロス飛行隊隊長に着任したとか、撃墜数は近々に四桁に達するという見込みであるとか……。


「お前さんが今思い浮かべたのは経歴だろ」

「あ、ええ……はい」


 見透かされた。私はハッとする。


「そうじゃねぇ、経歴ペルソナじゃなくて、人柄パーソナリティの部分だ」

「えっと、その、怖い人……」


 雑誌やテレビのインタビューを見ても、その鋭利な容姿も組み合わさって、とてもプレッシャーを感じさせられる人物だと思う。炎のように赤い髪と、紺色の瞳、そして白皙と言って差し支えのない肌の持ち主で、口数は決して多くなく、しかし口を開けば舌鋒も鋭い。その圧倒的長身と端麗な容姿には、男女問わずファンも多い。だが、カティ・メラルティン大佐は、そういった外野のことなんて一顧だにしていないと私は思っている。


「怖い人か」


 エリオット中佐はニヤリと笑う。


「確かに怖ぇわ。恐ろしいほどの才能とカリスマがあるしな。でもな、あの人は本当はびっくりするくらい優しいんだ」

「そうなんですか?」


 思わず口をついて出る疑問文。エリオット中佐は私の背中を叩く。


「ただな、その優しさが向けられる範囲はものすごく狭い。俺みてぇなその他大勢にとっては、やっぱり怖い人だわ」


 はははと笑いながら発される言葉の中に、少し寂しさのようなものを感じたのは、勘繰りすぎだろうか。


「ヴェーラもレベッカも、本当にカティのことを信頼しているし、カティはその二人に全力で応えている。俺たちが震え上がるほどに全力でな」

「しかし、ヴェーラは……いえ、グリエール提督は――」

「ふぅん」


 私の言葉に、エリオット中佐は妙な反応を示した。私は中佐の隣を歩きながら首を傾げる。


「イザベラ・ネーミア……か」

「中佐?」

「あぁ、うん。そうだなぁ」


 周囲を見回し、エリオット中佐は立ち止まる。顎に手をやってしばらく思案した末に、腰をかがめて私に耳打ちする。


「本当にが、ぽっと出のディーヴァだと思ってるのか?」

「え?」


 私は思わず中佐を凝視した。


「歌を聴いただろ?」

「え、ええ……」

「どう思った?」

「どうって……」


 間近で見つめられ、私は思わず視線を逸らす。


「ヴェーラは死んだ。イザベラが出てきた。普通におかしいだろ」

「それは……そう思いました。しかし」

「ふぅん」


 エリオット中佐は前髪に手をやって、廊下の壁に背中を当てて腕を組む。私はそんな中佐を見上げる形だ。


「そこまでして、あいつは仮面ペルソナを被ってたってわけか」


 なるほどねぇ、と、エリオット中佐は何かを悟ったような目をした。


「イザベラはな、ヴェーラだよ」

「えっ……」


 さらりとすごいことを言ったぞ、この人。私は目を見開いた、と思う。


「まぁ、一応は、ってことになるわけだが、間違いねぇよ。あいつもあいつだ、とんだ茶番仕組みやがって」

「でも、ヴェーラとイザベラ……ネーミア提督では、歌がまるで違う」


 いわゆるリリース楽曲の話ではない。歌の奥にある何か、私たち歌姫セイレーンの感性で捉えられる何かが、根本的に違っているのだ。そりゃぁ、歌声も歌詞も何もかも違う。だけどそれだけだったら、私たちだってすぐにヴェーラ=イザベラだと直感できただろうし、理解できただろう。だけど――。


「ヴェーラの方が仮初かりそめの姿だったってわけだよ、マリオン」

「えっ……そんな、十何年も?」

「そうだ」


 エリオット中佐の目は少し悲しそうだった。


「あいつはそういう奴だって、カティも言ってたぜ。誰よりもヴェーラとイザベラを理解している女帝が、だ」

「でも、そんなの……悲しすぎる」

「そうだな」


 私たちはまた無言で歩き始める。


「ヴェーラは……優しさの仮面を脱ぎ捨てた。そういうこと?」

「そうだな」


 燃やしてしまったんだ――エリオット中佐はかすれた声で言った。

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