#04 明かされていくような、隠されていくような

#04-01: セルフィッシュ・スタンド回収事件

 その一か月後、出版およびマスコミ界隈を騒がす事件が起きた。俗にいう「セルフィッシュ・スタンド回収事件」である。対象となったのは、サミュエル・ディケンズという新聞記者が上梓した書籍で、正式には「セルフィッシュ・スタンド~国家主義と代理戦争~」という。これはディケンズ記者によるセルフプロデュース作品で、出版社も、彼の所属メディア・アエネアス社も絡んでいないものだった。


 それは発売当日にして、電子メディアを中心としていきなり爆発的な売り上げを記録したのだが、翌々日には発禁処分となった。紙媒体の書籍も回収処分となってしまったのだが、アルマはちゃっかり入手に成功していた。電子媒体の方は即座に配信停止、および、当該データが閲覧不可となるアップデートがかかってしまい、一部アングラアプリでしか見ることが出来なくなった。アルマは電子データを読み込むためのアプリケーションを方々の伝手つてを使って作り上げ、万が一書籍が没収されても良いように、ダウンロード済みのデータを再び閲覧できるようにしていた。


 私とレニー先輩は、その紙媒体の書籍をこっそりと読んだ。


 その本の最初の方に、こんな文言があった。


 当書籍は、数日のうちに公より存在を抹消されると思う。しかし、これを目にしているあなたたちにこそ、私はこの書籍の存在を伝えたかったのだから、別に何ら問題はない。読むべき人に読まれさえすればそれで良い。


 当書籍への弾圧行為は、すなわち国家による文化の監視及び統御の成果として記憶に残ることになるだろうし、それと同時に語るべきことはいかなる手段を以てしても語られるのであるという普遍的事実をも残すことになるだろう。


「このディケンズとかいう人、怖いものなしなんだね」

「そうね」


 私はそれを読み終わるなり、指定席のソファで携帯端末を睨んでいたレニー先輩に声を掛けた。ちなみにアルマは私の真正面で例のリズムゲームを攻略中だ。


 私は本をテーブルの上に置いて、代わりにココアの入ったカップを手に取った。


「この人はヴェーラとレベッカという二人の歌姫と、グリエールとアーメリングという二人の提督をよく理解している」

「私もそう思うわ」


 レニー先輩はようやく顔を上げて私を見た。


「アーメリング提督もこの記者のことをよくご存知だったわ。歌姫としてデビューした時、一番にやってきたのがこのディケンズさんだったって」

「へぇ、なるほど」


 私はようやく合点する。ココアが食道から胃に落ちるのが分かる。ホッとする。


「ヴェーラのことも良く知っていたんだ」

「そうね……だから、書いたのよ」


 書かずにいられなかった――のかもしれない。自らに火を放ち、結果、その命を失ったヴェーラ・グリエール。美しき歌姫たちと十数年の付き合いがあるというのなら、その辛さは想像に難くない。


 レニー先輩は小さくあくびをすると、伸びをして立ち上がった。


「サムと呼んでいたわ、アーメリング提督は。第七艦隊方面にもコネクションがあるらしくて、海軍の主要な方たちとは相当通じているみたい」

「アーメリング提督が心を許す人って、そんなに多くない印象があるよな」


 ゲームをしながらアルマが突然口を挟む。


 確かに言われてみればそうだ。アーメリング提督は、奔放な印象のあるグリエール提督とは違い、常に理性の人であるように見えた。感情を表に出さないタイプで、訓練航海でも恐ろしく厳しいと聞く。アイドルとしてのレベッカと、軍人としてのアーメリング提督は、全く別の人物だと思え――とは、カワセ大佐の言葉だった。私はまだ直接アーメリング提督とはお話をしたことがなかったし、訓練でも関わったことがないからよくわからないけれど、でも、言われてみれば確かにそんな感じだ。


「アーメリング提督はお優しい方よ、アルマ。訓練の厳しさは事実だけど、それも優しさゆえなのよ」


 レニー先輩はパジャマに着替えながら言った。アルマは「理解してるつもりです」と言いながら、携帯端末をテーブルに置いた。そして私が置いた例の書籍を手に取り、最初のページの一行目を読んだ。


μῆνινメーニン ἄειδεアエイデ, θεάテアー


 それには「女神よ、怒りを歌い給え」という訳が当てられていた。この書籍のすべてが、この一節に集約されていると私は感じていた。それはレニー先輩も、もちろんアルマも同様だと思う。


「私は……怒りなんて歌いたくない」

「あたしも」


 アルマは書籍を大事そうに抱えて、二段ベッドの上階へと上がっていく。私は立ち上がる気力が湧かず、しばらくソファに身を預けていた。


 気がついたら部屋は真っ暗で、私の上には毛布が一枚掛けられていた。うっかり眠ってしまったらしい。私は慌ててテーブルの上の携帯端末を手に取ると、時間を確認した。午前三時。なんとも嫌な時間だった。そして今日は普通に訓練がある。寝ぼけ眼で切り抜けられるようなヤワな訓練メニューじゃあない。私は眠気を飛ばさないように気を付けながら、パジャマに着替える手間も惜しんで服を脱ぎ捨て、そのままベッドに突入した。ひんやりしたシーツの感触が少し気持ちいい。


「女神よ、怒りを歌い給え、か……」


 なんていう皮肉だろう。私はサミュエル・ディケンズという記者に興味を持っていた。これまではマスコミなんてどれも似たようなものだと思っていた。メディアの人間なんて、みんな似たような種族だと思っていた。だけど、この人は違う。サミュエル・ディケンズという人は、の人間だ。貴重な理解者なんだ。


 理解者……。


 理解者って何だろう。どうして皆、理解し合えないのだろう。理解しようとしないのだろう。敵と味方。そして味方のような顔をしている味方じゃない人たち。本当の敵って何だろう?


 答えはすぐそこにある気がするのに。


 そんなことを悶々と考えていたら、朝が来ていた。


 やらかした。


 私は溜息を吐くと、ほとんど全裸状態のままベッドから出て着替え始める。アルマが起きていたら襲い掛かってきていただろうが、今はベッドの上段ですやすやと寝息を立てている。午前五時半。あと三十分で起床時間だ。レニー先輩のベッドを見ると、珍しくまだ眠っていた。


 着替えを完了して、私は携帯端末を持ってソファに移動する。ネットのニュースは平常運転。昨夜はリチャード・クロフォード提督率いる第七艦隊が大戦果をあげたという。「潜水艦キラー」として名高いクロフォード提督は、歌姫艦隊こと第一、第二艦隊以外で唯一、ナイアーラトテップを退ける能力を持っている。旗艦空母ヘスティアは、歌姫の力を以てしても察知できないという隠蔽能力を有し、アーシュオンの奇襲部隊に奇襲をかけることを可能にしていた。クロフォード提督の指揮能力や戦略戦術能力も相まって、神出鬼没の第七艦隊は、ともすれば歌姫たちの艦隊よりも恐れられているという。しかも昨夜はあのカティ・メラルティン大佐率いるエウロス飛行隊も出たのだという。アーシュオンにはご愁傷様としか言いようがない。よりによって海と空の最強部隊に邀撃ようげきされたわけだから。


 って、あれ? 今日ってメラルティン大佐の講演なかったっけ。


 私はスケジューラを確認して、「やっぱり」と呟いた。

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