#03-05: 深い淵に、隠した歌

「……そうね」


 レニー先輩の頷きに被せるように、私は言い募る。


「二人は憎しみ合ってなんていなかった。憎み合う要素はあった。でも」

「だからといって、それが正しいこととは言えない」

「そんなことはどうだっていいじゃないですか」


 私は拳を握り締める。レニー先輩の目が輝きを失っている。きっと私も同じ目をしていることだろう。


「二人は……最も憎しみ合っても良かったはずの二人は、そうならなかった」

「……セルフィッシュ・スタンド」


 レニー先輩の呟きに、「そうです」と私は肯いた。事実上、ヴェーラが一番最後につくった歌の名前だ。


 私たちはどちらからともなく、その歌を口ずさみ始める。




 舞い散る雪の華のように 立ち止まったら 消えるもの

 まるで溶け行くためだけに わたしの前に現れて

 その時がやって来てしまったら 辿り着いたら 消えてしまう 

 まるで落ち行く羽根のように わたしを迷い惑わせて


 微笑わらうだけなら お気に召すまま

 声をあげたら 叫んでしまうよ

 だから今 笑いながら手を振るよりも

 みっともないほど 泣きわめきたい


 永遠に あなたにすがって 泣いていたい


 そうさせてって今、誰に言えばいい?

 あの時 何も言えなかった わたしの心は乾いていて

 二人して微笑みあって 握った手のぬくもりさえ忘れて

 最後は そうして手を振って 全て忘れたい、そう口にした


 また会える? けずじまいで

 覚悟の意味も 最後の希望も

 見ずに 聞かずに ただ逃がさないように

 永久とわ別離わかれなんてない そう言って閉じ込めて


 誰に伝えよう? 誰に伝えればいい?

 誰が聞いてくれる? 誰がわかってくれるというの?

 わたしが たたずむ 深い淵に

 わたしが かくした ただひとつの歌




「深い淵に、隠した歌」


 私は息を吐く。


「私たちは……その真意を理解できなかった。でも、今なら」

「それは、そうかもしれない」


 レニー先輩は重苦しく応えた。


「でも、理解できなかったわけじゃないわ。人々は……そして多分私たちも含めて、理解しようとしてこなかった」


 その時、レニー先輩の携帯端末が音を立てた。少し慌てて、そしてかなり緊張した面持ちで、先輩は端末で自己主張を続けていた通話ボタンを押した。すると端末の画面上に三次元で人物の上半身が表示された。その姿を確認するや、レニー先輩は姿勢を正して敬礼した。私もその人物が誰であるかを悟って、慌てて敬礼する――見えてないだろうけど。


 その人物は今はレベッカ・アーメリング提督の艦に同乗しているはずのマリア・カワセ大佐だった。アーメリング提督とはプライベートでも相当親密な仲だという噂もある。年齢的にはアーメリング提督と同じくらい、つまり、二十代半ばらしい。艶のある黒髪と妖しいほどの美貌の持ち主で、その美しさはレベッカやヴェーラと比べても遜色がない。その居住まいを含めて、私なんて足元にも及ばない。


『状況は知っての通りです、レニー。ところでそこにマリオンとアルマはいるかしら』

「あ、はい。お待ちください」


 レニーがアルマを呼ぼうと顔を上げた時には、もうアルマは私の隣に立っていた。ものすごい機敏さだった。


「揃っております」

『本当は顔を合わせて話をしたいところなのですが、現状そうもいきません』


 カワセ大佐はそう前置きしてから、沈着冷静な口調と表情で話し始める。


『トリーネの戦死もそうですが、インスマウスと聴いて心穏やかではいられなかったでしょうね。あなたたちは三人ともインスマウスにやられているのですから』

「はい……」


 レニー先輩が代表して肯定する。


『私たちはあの特攻兵器の存在を許すわけにはいきません。あのI型だけではなく、ナイアーラトテップという存在をです。あれらは全て、消費を前提とされた特攻兵器ですから』

「特攻兵器……?」


 私はアルマと顔を見合わせる。携帯端末に浮かび上がるカワセ大佐はゆっくり頷いた。


『レニーは知っているはずですが、ナイアーラトテップというのは、私たちで言うところのを搭載した潜水艦です。アーシュオンの歌姫は素質者ショゴスと呼ばれていますが、アーシュオンでは彼女らのことを使い捨てにしています』

「そんな……」

『事実です』


 カワセ大佐は断定する。


『弾道ミサイルの弾頭に搭載されていたことすらあります』

「しかし、歌姫は貴重な存在だって聞いています」


 アルマが言った。カワセ大佐は頷く。


『肯定です。しかし、いわばC級クワイアたちなら、アーシュオンにも数十人、あるいは数百人単位で存在していますし、増え続けているという報告もあります。ヤーグベルテよりも発現率は少ないのですが、実数としてはほぼ互角。しかし』


 しかし……?


 私たちは沈黙で次の言葉を待つ。


『アーシュオンはC級以下の者も素質者ショゴスとして動員しています。その数は数千とも言われています』

「数千……」

『もちろん、そのままでは戦力になりません。ですから――』


 その内容は衝撃的すぎた。私たち三人は言葉もなく、息を吸う事すら忘れていたと思う。


『彼らの非人道的行為は、剣でもって裁かれなければならない。私たちもその一端である以上、その行為を止めなければなりません。何十人かの特攻部隊の陰にある何百何千もの犠牲者を救うためにも』


 カワセ大佐の話によると、アーシュオンのC級以下の人材の多くは、脳の外科的手術を経て完全に兵器として改造されるのだという。その詳細までは明らかにはなっていないそうだが、ヴェーラやレベッカが接触したナイアーラトテップの搭乗者たちの情報を分析した結果、それは間違いない――セイレネスに関するエキスパートであるブルクハルト教官が断定したそうだ。


 そしてカワセ大佐の情報網で掴んだ情報を符号させると、その改造手術のリスクは非常に高く、成功したとしても兵器として使い得るのは一割にも満たないとか。残りの九割強については、何らか利用された末にされているのだと、情報部では分析しているのだという。


 どこまでが真実かなんてわからない。だけど、ナイアーラトテップが命を捨てることを前提とした兵器である――それが真実であるのなら、それだけで叩かなければならない理由になる。叩き潰さなければならない理由になる。


『あなたたちもまた似たようなものです』


 カワセ大佐は淡々と言った。私たちは無言、無反応を貫く。


『しかしながら、あなたたちは今や剣を持っている。しかし同時に、捨てる権利も持っている』

詭弁きべんですね」


 びっくりした。それは私の口から出た言葉だったからだ。しかし私の口は動くのをやめない。


「捨てるはあるかもしれない。けど、捨てられないじゃないですか。敵がいて、それを防げるのが私たちだけという現実がある以上。国民がそれを当然だと思っている以上。そして敵によって、また何百万人も殺される可能性がある以上」

『――そうですね』


 カワセ大佐はことさらにゆっくりと点頭した。


『国民は歌姫による庇護を、そして復讐を、共に自らの権利と信じています。保証された現在いま未来あすだと信じています』

「でもそれでは」

『面白くありませんよね、マリー』

「……はい」

『でも、そうしなければならない。あなたが彼らに真実を見せつけるだけのエゴと武器を持たない以上、そうせざるを得ない』


 カワセ大佐は静かに言った。エゴと武器。私は、私たちみたいな境遇の人をもう生み出したくはない。ただそれだけなのに。歌姫セイレーンたちの血を吐くような歌を麻薬代わりに使い、たのしんでいる人々が大勢いる。そしてそのために戦争を求めるような人々さえいる。私たちの力は、彼らに享楽を与えるためのものなんかじゃ、断じてないのに。そんなことだから、ヴェーラは心を壊してしまった。そして――死んでしまった。


 私は唇を噛み締めていた。あまりの痛みで我に返るまで。


「私は」


 私の口は勝手に動く。


「私は戦争を止めたい。こんな不毛なものは、終わらせたい。誰が、何と言おうとも」


 何十年と続く世界大戦。当事国のヤーグベルテとアーシュオン、それを取り巻く諸外国。べオリアスやキャグネイ、ダールファハスと言ったアーシュオンの同盟国は、時としてアーシュオンに隷従しながらも、ちゃっかり甘い蜜を吸っている。ヤーグベルテの同盟国エル・マークヴェリアは確かに心強い後ろ盾ではあったが、肝心の時には手を出さない。こと、ヴェーラとレベッカ、つまりディーヴァが登場して以後、軍事衝突にはほとんど非介入だった。だが、彼らなしにはヤーグベルテは立ち行かない。そうとわかっているから、エル・マークヴェリアもまたうまい汁を吸っている。


 誰が得をしているのか。この戦争で誰が一番笑っているのか――私たちは多分、揃いも揃って忸怩じくじたる思いを噛み潰していただろう。


 意を決したようにアルマが顔を上げる。


「あたしたちは、ただ歌って踊って、そして拍手喝采を浴びたいだけなんです」

『残念ね』


 カワセ大佐は宣告する。


『あなたたちが国のは、まだ来ない。でも、その日が来るのを祈っています』

「私たちに何ができるかはわかりません」


 私は言った。


「でも、早く何かをできるようになりたい。何者かになりたい。私たちが、戦争を止める力になる。ならなければならないと、私は――」

『そうね。ヴェーラ・グリエールにはできなかったことを、あなたたちに託すわ』


 寂しげな微笑と共に、カワセ大佐は通信を切った。


「なぁ、マリー」


 アルマはまたベッドに向けて歩き出す。


「あたしたちに何ができる? なぁ?」


 その詰問への答えは、私の中には未だ存在していない。

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