#03-04: 嘆くより先に

 そうこうしているうちに、ハーディ中佐は部屋の中央にやってきて、手にしたタブレット端末に一瞬視線を走らせた。


『トリーネ・ヴィーケネス中尉の戦死は事実です。参謀本部としても確認致しました』


 開口一番にそう言うと、記者たちがどよめいた。不規則発言も散発する。ハーディ中佐は黙って視線だけを動かし、記者たちが完全に沈黙に落ちるのを待つ。


『しかしながら、我が方の戦果は圧倒的です。量産型ナイアーラトテップおよび、新型ナイアーラトテップを計十六隻撃沈することに成功しております。そしてイザベラ・ネーミア少将の分析により、その新型ナイアーラトテップは、あのインスマウスと同等の性質性能を有した艦船であったことが判明致しました』


 


 私はアルマを見る。アルマも私を見た。


 インスマウスといえば、私とアルマ、そしてレニー先輩の故郷を奪った超兵器オーパーツ。圧倒的な破壊力を持つ反応兵器の一種だ。十数年前、あれの前には四風飛行隊ですら歯が立たなかった。しばらく噂すら聞かなかった兵器だったが、それがまさか、ナイアーラトテップという形で復活していたなんて――。


『以後、この新型ナイアーラトテップのことを、I型と分類することとなりました。トリーネ・ヴィーケネス中尉の尊い犠牲のおかげで、本兵器の性能データはほぼ完全な形で取得することが出来ました』


 ハーディ中佐は淡々と告げる。記者たちがどよめくたびにその鋭い視線で周囲を威圧し、沈黙が下りるまで何分でも待つ。その場の支配者は、タクトを握っているのは、間違いなくハーディ中佐だった。背筋が寒くなる。


『ネーミア提督は、ヴィーケネス中尉を助けようとはなさったのでしょうか』

『無論です』


 ハーディ中佐は一言で答えきる。記者は沈黙する。別の記者が挙手をする。


『アーメリング提督は何をされていたのでしょうか。前線に出ておられたはずですが』

『正面決戦ばかりが艦隊戦ではありません。さらなる伏兵、新兵器、そういったものを警戒する必要もあれば、I型のような一撃必殺の兵器によって万が一にもが沈められた際にも艦隊潰走とはならないための――』

『つまりは安全装置フェイルセイフだと』

『そういうことです』


 それは鋭利な口調だった。


『前線にはカワセ大佐が同行されておりますが、そのように指示したと報告を受けています』

『アーメリング提督のご意志は』

『私はアーメリング提督ではありません』


 そう言って、ハーディ中佐は質問を打ち切ろうとした。が、そこで一人の記者が手を挙げる。


『アエネアス社のディケンズと言います。一つ疑問なんですがね、ハーディ中佐。歌姫養成科の一期生たちが前線配備されてからというもの、第三艦隊以降の通常艦隊は一体何してるんですか。いや、第七艦隊はまだわかりますがね、ほかの艦隊です』

『当該艦隊の主幹に問い合わせてください』

『まぁ、そりゃそうですね。で、もう一つ』

『一人お一つまでですが』

『いいじゃねぇの。この会場には国民にとっちゃ何の役に立たねぇお仕着せメディアの有象無象しかいやしませんからな』


 ディケンズという記者は滑らかにテレビの中のすべての記者を侮辱する。ハーディ中佐は「ほう」と息を吐いて、続きを促した。


『んじゃ、二つ目の質問ですが。ネーミア提督のデビュー戦としては、本海戦はどのように評価されてんですか』

「貴重な人材は失いましたが、大戦果を挙げたことに変わりはありません。歌姫たちは順調に集まってきており、ヴィーケネス中尉の喪失が直ちに戦局に影響を与えることはありません。いえ、むしろ、圧倒的優位に立っていると言っても良いでしょう』

『それは、イザベラ・ネーミア提督の登場ゆえ、ですかい』

『そうと言うのならそうでしょう』


 ハーディ中佐は禅問答のような回答を残すと、今度こそ会見室を出て行った。


 テレビの映像が切り替わり、戦闘状況のリプレイ動画が流されてくる。さっきまでとの違いは、セイレネス発動の際のがBGMとしてつけられていることだ。人々はこの映像を――音を――こそ待っているのだ。今頃街中は飲めや歌えの乱痴気騒ぎになっていることだろう。善悪の彼岸もなんのその、歌によって影響された人々は快楽物質に支配されている。そんな風に私には見える。


 その時、ドアが開いてレニー先輩が入ってきた。その表情には疲労が色濃く浮かんでいる。見たことがないくらいに憔悴していた。


「先輩、どこに……」

「戦闘補助に行っていたの」


 レニー先輩は自分の指定席であるソファに腰を下ろすと、全身の力が抜けたかのように天井を見上げた。戦闘補助ということは、学校のシミュレータルームに行っていたということだ。過去にもレニー先輩が支援をしたことは何度かあった。だが――。


「トリーネ先輩が、死んだわ」


 レニー先輩が冷たい声で言い放った。その声音と表情は、まるで自分に言い聞かせようとしているかのようだ。私たちは無言でうつむく。テレビの右上隅には、未だ「トリーネ・ヴィーケネス戦死」のテロップが煩く佇んでいる。だが、そこに踊る文字列なんかより、レニー先輩の吐き出す息の方がよほど重たい。私は胸の中に石を抱える。


「私、何もできなかった……」

「先輩……」


 そう声をかけたのは、私か、アルマか。あるいは両方か。

 

「あれがインスマウスだと気付いたのは、たぶん私が最初だった。なのに、シミュレータからでは、何もできなかった」


 仰向けのまま顔を覆うレニー先輩に、私たちは掛ける言葉を探せない。


「救えた……助けられた。なのに」


 レニー先輩の声を聞きながら、私はキッチンに立つ。温かいココアを作り、レニー先輩に手渡した。私には、今はこれしかできないのだ。受け取ったレニー先輩は、湯気を全て吹き飛ばす程の溜息を吐き、そしてようやく口をつけた。


「ありがとう、マリー」

「たいしたこともできなくて」


 私は首を振って、またソファに戻った。私の向かいに座っているアルマは、厳しい表情で自分の親指の爪を凝視している。やがてアルマは静かに訊いた。


「ネーミア提督は……何をしていたんですか、先輩」

「提督を責めるべきではないわ、アルマ」


 レニー先輩は大きくゆっくりと首を振る。ココアの湯気が揺らめいた。


「こういう時、誰かを責めたくなる気持ちはわかる。けど、そうじゃない。これは戦争だから」

「でも、だからと言って」

「あの方も、アーメリング提督も、怒りに満ちている。私にはわかる。セイレネスでじかに感じたから。だから、私はあの方たちを責められない」


 レニー先輩はまた首を振った。噛み締められた唇の色が、白く変わっていた。私はテレビの電源を消しながら、意を決して口を開く。


「だったら先輩。先輩だって自分を責めちゃだめじゃないですか。どうにもならなかったじゃないですか、そんなこと」

「でも、トリーネ先輩は死んだわ」

「何ができたって言うんですか。こんな遠く離れた陸の上で。もっと近くにいたディーヴァにも何もできなかった。それが全てじゃないですか。どうしようもなかったってことじゃないですか」

「だけど、私は聴いたのよ。聴いてしまったのよ。トリーネ先輩の、を!」


 喉が切れる――それほどに激しい声だった。私の筋肉が急激に委縮する。アルマはゆっくりと立ち上がった。その右手には愛用の携帯端末がある。


「レニー先輩。これはです。嘆くより先に、敵を憎むべきではないですか。あんな兵器を繰り出してくるような敵を。何度も何度も、ヤーグベルテに土足で踏み入るような奴らを」


 アルマは強い語気でそう言い放つと、さっさと自分のベッドに上がってしまった。私はアルマを見送って、そしてまたレニー先輩に視線を戻す。レニー先輩はまだ唇を噛んでいた。


「憎しみで戦争をするのは違うと思う」


 私は言う。レニー先輩が顔を上げる。私は言う。


「ヴェーラはアーシュオンの飛行士と――」

「それは」


 レニー先輩がカップを置いて、顔を伏せた。私は言い募る。


「みんな知ってるじゃないですか。私たちは、その事実を知っている」

「でも、誰も肯定しない」

「そうです」


 私は少し強い口調になっていた。


「でも、だから、ヴェーラは命を絶った」

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