#03 戦争の姿を見せつけられて

#03-01: ディーヴァたちは夢を見せるのをやめた

 十二月に入るなり、レベッカ・アーメリング提督率いる歌姫艦隊と、アーシュオンの艦隊が衝突した。


 だが、歌姫艦隊の様子がおかしかった。終始圧倒していたことには変わりはないのだが、明らかに被害が大きかったのだ。超兵器オーパーツであるナイアーラトテップのM量産型が十二隻もいたというのは事実だ。それに苦戦をするのも致し方ない。アーシュオンは歌姫艦隊を叩くために、これだけの超兵器を動員してきたと考えるのが妥当だからだ。


 アーメリング提督による蹂躙じゅうりん――それこそメディアの求めていた戦いだったに違いない。そこで放たれるセイレネスのサウンドを採取サンプリングして娯楽エンターテインメントとして提供する。その圧倒的なトランスサウンドをこそ国民は求めていたし、ディーヴァはそれに応え続けてきていたからだ。この戦いまでは。


「どういうことだ……?」


 テレビを見ながらアルマが呟いた。その視線はテレビの真正面にあるソファに座っているレニー先輩を見ていた。金茶のポニーテールに褐色の瞳、快活な様子だけどすごく知的な美女。それがレニー先輩こと、レネ・グリーグの印象だ。誰もが認める天才で、S級ということからも、あのエディタ先輩をも上回る実力なのは確定している。アイドルとしての人気も非常に高い。その所作全てがまるでヴェーラのように洗練されていて、とても同じ人間とは思えなかった。


「これは」


 レニー先輩が険しい表情で呟いた。レニー先輩のそんな表情は初めて見た。


「アーメリング提督は……まさか」

「どういうことなんです、先輩」


 私はたまらず訊いた。レニー先輩は私の方に顔を向け、鋭い口調で答えた。


「提督は、艦隊を消耗させようとしている」

「え!? なんで!?」


 驚く私に、アルマも「あたしもそう思う」と言った。畳みかけるような口調だった。レニー先輩は頷き、私の疑問に答えた。


「歌姫艦隊の脆さ……いや、を見せようということ、かしら」

「あるべき形……? 絶対無敵の艦隊、じゃなくて?」

「それは不自然なのよ、マリー。それは不完全だし、刹那的でもあるわ」


 諭すような口調のレニー先輩の端正な顔から、私は目を逸らせない。


「でも、それじゃ……犠牲が」

「出るわ」


 レニー先輩の声が一層鋭さを増す。


「少なくない犠牲が、出る」


 映像で見える範囲では歌姫優位で戦いは進んでいた。だが、ところどころでC級歌姫の乗る小型艦の姿が映りこんでいた。何隻かは確実に大破していたし、爆発炎上しているものもあった。それは信じがたい光景だった。歌姫セイレーンが死ぬなんてことがあるはずがなかったし、あっていいはずもなかった。たとえそれが最下級のC級歌姫クワイアであったとしてもだ。


「そんな……でも、それは」

「アーメリング提督がいつも通りに戦えば、一人の犠牲も出さずに終わる戦いでしょう」


 レニー先輩が重苦しく言う。私もアルマも言葉が出ない。


「しかし、それが健全だと思いますか、アルマ、マリー」

「でも、死ななくても良い先輩や軍の人が」

「本当に死ななくても良い人だと思いますか」

「あたりまえじゃないですか」


 私は興奮して立ち上がりかける。が、アルマが私を目で制した。


「マリー、冷静になれ。レニー先輩の言葉は正しい」

「でもさ――」

「今までが異常だったんだ」


 それは冷徹な言葉だと思った。アルマの口から、親友の口からそんなことを言われて、私は少なからずショックを受ける。


「グリエール提督が不在になった今、つまり、歌姫セイレーンに永遠性はないことが証明された。つまり、アーメリング提督だって永遠じゃないってこと」

「でも」

「言いたいことはわかる。提督がやる気になれば守れる命だ。守るのが当然だ。マリー、お前はそう考えてんだろ」

「だって、守れるものは――」

「永遠じゃないんだ」


 アルマはまた静かに言った。


「アーメリング提督だって、永遠じゃない。だから、のために、あたしたち歌姫セイレーンや、軍や国民たちに、見せようっていうんだろう」

「そのために先輩たちを大勢殺すって言うの?」

「そうまでしなければ、国民も軍も納得しない。あたしたち歌姫セイレーンたちですら、アーメリング提督もグリエール提督も理解できないままだ」


 アルマのその言葉に、私とレニー先輩は沈黙で応える。アルマは続ける。

 

「アーメリング提督は……今、戦っているんだ」

「だけどやっぱり、そんなの」


 私は何とかアルマとレニー先輩の主張を覆したかった。でも、どうしてもそれができない。だけど、だけど――。


「死んじゃったら、それまでじゃない!」

「そうだな」


 アルマは私を見つめて息を吐く。


「死んだら、それまでだ」

「見殺しになんて」

「必要なんだ」


 アルマは首を振る。私も首を振った。


「必要とか、おかしいじゃない! 死ななきゃならない人なんていない!」

「あたしたち――アーメリング提督たちがしてるのは、正義の味方ごっこじゃない。戦争なんだ」

「それだっておかしいよ!」


 私は身を乗り出す。アルマはすぅっと目を細めて私を見た。私の喉の奥が、確かにヒリついた。


「助けられる命を助けないのはおかしい!」

「マリー」


 レニー先輩が口を開いた。その手が私の右肩に置かれる。


「今の十人を救うか、未来の千人を救うか、そういう話よ」

「生贄みたいじゃないですか、そんなの」

「そうよ」


 レニー先輩の目がギラリと光った。私は思わずすくんでしまう。


のための、生贄なのよ」

「私たちの……?」

「そう」


 レニー先輩は短く肯定すると、そのままソファに戻った。そして腕を組んで目を閉じてしまう。その眉間に力が入っているのがわかる。


「でも、それでも私は……」


 こんなやり方は、認めたくないんだ。


 私はこぶしを握り締める。痛いくらいに握った。


「マリー、あんたさ」


 アルマが低い声を発する。


「一人で敵を撃退できる力があったとして、未来永劫一人で戦い続けるのか? 犠牲を出さないために、自分を盾にし続け、自分だけが返り血に染まるとしても、それで死ぬまで戦えるのか? いや、死ぬことすら許されない。そうなった時、国は滅ぶんだから」

「それは、でも——」

「できやしない。なぜなら、あたしができないからだ」


 アルマが私を睨む。


「ほんとうに国を憂うなら、大事な誰かの未来を憂うのなら、そんなことはできないんだ。自己犠牲の上に立つ国に、ろくな未来は待っていない。自己犠牲を求める人々に、ろくな明日はやってこない」

「死んじゃうんだよ!? 何百人も。家族だっている人もいる。恋人だっているかもしれない。何か夢を持ってるかもしれない人だっているじゃない! でも、アーメリング提督が――」

「言うなよ、マリー」


 アルマは立ち上がった。そして自分のベッドへと上がっていく。そして毛布の中に潜り込みながら、抑えた声で言った。


「でも、忘れるんじゃないぞ、その気持ち」


 忘れるものか――私は歯を食いしばり、ソファに座りなおした。ベッドに近付く気にはなれなかった。そんな私にレニー先輩が視線を向ける。


「マリー」

「私はそれでも――」

「救える命を救わない。その決断をした提督を責めてはいけない」

「殺したのと同じじゃないですか」

「違う」


 レニー先輩は鋭い口調で私を否定する。


 そう、違う。わかってるんだ、私にも。でもそれを口に出して認めるわけにはいかなかった。


 レニー先輩は私から視線を外す。


「私たちは目を覚ますべき時が来たのよ、マリー」

「目を覚ます……?」

「長い間、見ていた夢からね。ディーヴァたちの見せた、私たちの一方的な願望の夢から。いえ、ディーヴァたちは夢を見せるのをやめた。現実を覆う歌を歌うのをやめた」

「でもそれじゃ」

「始まるのよ」


 ゆっくりと立ち上がるレニー先輩。


「現実という名の悪夢が」

「でもそれじゃ」

「ディーヴァたちはその悪夢を遠ざけてくれていただけ。忘れさせていてくれただけ。私たちは今までのその行為おこないに感謝をするべきなのよ。そこに罪咎ざいきゅうを認めようとするのは、ただの、よ」


 私は唇を噛む。レニー先輩の言う事は理解できる。でも、死ぬのは――。


「もうやめましょ、マリー」

「先輩……」

「ただね、これだけは言っておくわ。私たちは国のかなめ。そしてそうである以上、大局を見なければならないわ。今をどうこうするのではなくて、明日をどうしたいのか。一か月後、一年後、十年後……どうなっていて欲しいのか」


 レニー先輩はテレビを消した。部屋に沈黙がちる。レニー先輩は静かに息を吸い、私に背を向けた。


「嗚咽しようが激怒しようが絶望しようが、未来はやってくる。その未来にどうなっていて欲しいのか。私たちは考える必要がある。刹那的な憐憫れんびんは、たとえ覚えても発してはならないの」


 そう言い残し、レニー先輩は部屋を出ていった。


 雄弁に過ぎる沈黙の中に、私は独り、取り残された。

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