#02-03: 戦争は娯楽じゃないんだぞ

 着替え終わった私たちはさっそく部屋に移動した。二段ベッドの上には、明日の講義の予習をしているアルマの姿があった。彼女は机を使わない。一日のほとんどを、ベッドの上かソファに沈み込んで過ごす。


「あ、レオナか。どうしたのさ」

「どもども」


 レオンは途中で買ってきたジュースを、ベッドから降りてきたアルマに投げ渡す。私はアルマが右手にしているタブレット端末を見て、少し首をすくめた。


「勉強の邪魔だった?」

「いいや。終わったところさ」


 そう言うなり、アルマはジュースに口をつける。いわゆるサイダーだ。一口飲んで、アルマはおもむろにテレビを点けた。すぐに聞き慣れた歌が聞こえてくる。ヴェーラとレベッカのデュエット曲、それも飛び切り人気の一曲だ。動画サイトの公式MVは、公開から一週間と経たずに五億再生を超えていたという事で話題になった。「サーバがパンクしなかったのはジークフリートのおかげだ」だなんて記事もあったな。ていうか本当に「ジークフリート」って何なんだろう。ITの世界にパラダイムシフトを起こしたものというのはわかるんだけど。そういえばこのテレビの半立体再生装置についても「ジークフリートによって創発エマージェンスされたシステムだ」という噂もあった。


「ジークフリートかぁ」

「ジークフリート?」


 私のつぶやきに、アルマが反応する。私が頷くと、アルマはいつも座っている一人掛けソファに身体の半分ほども沈み込ませながら、携帯端末を眺めつつ言った。


「史上最高の頭脳、ジョルジュ・ベルリオーズによって開発されたOS。論理層と物理層を事実上統合してしまったとさえ言われているシステムで、現状アレの鉄壁の防御を超えられるクラッカーは存在せず、同時にジークフリートによって作り出された剣を防げるシステムも存在しない。ジークフリートを守れるのはジークフリートだけ」


 まるで何かのCMのように、アルマは朗々と言った。私もそのくらいは知っている。そしてジョルジュ・ベルリオーズという人が世界の富のほとんどを持っていることや、傘下に加えていった企業群全てを統合して「ヴァラスキャルヴ」という軍産企業複合体コングロマリットを生み出したことも。


「賛否はあるにしても、あれを超える何かが出てこない限り、現状は変わらないさ。あたしたちが生まれる前からあるんだ、あれは。だって、あれを踏襲したシステムだっていうだろ」

「うん」


 確かそうだった。私とレオンは頷いた。レオンが私のベッドに、勝手知ったる何とやらという具合で腰掛けた。私は空いているソファに腰を下ろした。あと一つソファはあるのだが、それはレニー先輩専用、みたいな扱われ方をしている。なんせレニー先輩は三年生という学生の身分ではあるのと同時に、エディタ先輩と覇を競うレベルのスーパーアイドルの一人である。私たちにとっても雲上人のような存在なのだ。未だ私とレニー先輩の間には少しだけ距離がある。なんせほとんど部屋にいないのだ、レニー先輩は。


 レオンは腕と足を組んで私たちを見た。


「問題は、世界中にヴァラスキャルヴの傘下企業があるってことでさ。ヤーグベルテうちにはホメロス社があるし、アーシュオンにはアイスキュロス重工があるだろ。あの二つはどっちもベルリオーズに至っているっていう噂もある」

「全部だよ」


 アルマが投げやりに言った。彼女はもう携帯端末でいつものゲームを始めていた。


「あ、パーフェクト逃した」


 舌打ちしつつ、アルマは天井を見上げた。そして「ん?」とテレビに目を向ける。私たちもつられて、半立体映像をゆらゆら動かしているテレビに注目した。


 その瞬間、半立体映像は終了し、いつもの二次元表示に切り替わる。臨時ニュースの類だ。


『アーシュオンの艦隊に向けて、アーメリング提督率いる艦隊が出撃していきます』

「またか」


 アルマがまた舌打ちした。そして苛々を隠そうともせずにそのカラフルな髪に手をやった。


「空母も護衛戦闘機もなしに、かよ」

「実績があるからね。甘えるんだよ」


 レオンが溜息を吐く。そう、確かに歌姫艦隊には実績があった。アーシュオン最強の艦隊と言われていた第四艦隊を、たった二隻の戦艦だけで撃滅して以来の、無数の実績が。航空戦力の無駄な消耗を避けたい、通常艦隊の漸減ぜんげんも避けたい――そうこうしているうちに、制海権も制空権も、歌姫艦隊だけでの独力確保が半ば常識化してしまった。


 エディタ先輩たちも数度の海戦を経ているが、その常識はますます強化される一方だった。何しろ強大に過ぎたのだ――レベッカ・アーメリング提督の力が。ヴェーラ・グリエールというかけがえのない半身が生死の境を彷徨っている今、アーメリング提督の力は以前にも増して鋭利になっているようにさえ思われた。とにかく苛烈で容赦がないのだ。それは以前のグリエール提督の戦い方にも似ていた。


「アーメリング提督は、おひとりで全てを背負おうとしていらっしゃるのか」


 アルマは少しかすれた声で言った。私たちは頷く。アルマは私たちをじろりと見た。


「あたしは、一刻も早く提督を助けられる力を手に入れたい。ただ見ているだけなんてのはごめんだ」

「でも、しっかり準備しないとさ」


 私が言うとアルマは「わかってる」と自分に言い聞かせるように答える。


「九十二年四天王がいるんだ。その後にはレニー先輩もいるし」

「まだ少し猶予はあるって感じかな」


 私が言うと、レオンが「そりゃ違うわ」と指弾した。


「猶予なんてないよ。明日戦場に行けと言われても、いつでも行けるようにしておかなきゃ。訓練不足からの無駄死には嫌だけどさ」

「だね」


 私は素直に同意した。レオンは「だろ」と片目をつぶる。アルマはテレビに顔を向けている。臨時ニュースは続いている。


「戦争は娯楽じゃないんだぞ」


 アルマは静かに、怒りを孕んだ口調でそう言った。


 思えばアルマには、この次の戦いの結末が見えていたのかもしれない。

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