#02-02: 浴場にて、レオンと。

 テレビでもネットの番組でも、どこもかしこもヴェーラ・グリエールの特集を組んでいた。ヴェーラの焼身自殺未遂が九月。それから二ヶ月と少しが経った今、ひそやかに初雪が降り始めていた。


 寮の最上階に設置されている温泉は、天井と壁の一部がガラス張りになっている。日によっては湯気で空なんて見えないのだが、今日はなぜかよく見えた。月明かりを受けて、大粒の雪が群れをなして落ちてきていた。ヤーグベルテに於いては十一月の初雪はさほど珍しくもない。ただ少し感傷的になるだけだ。


「どうしたの、シケた面しちゃってさ!」


 周辺に同期や先輩たちの気配を感じながら、私はぼんやりと天井を見ていたわけだが、その必要以上に大きな声にビックリして、危うく湯舟に沈むところだった。


「当ててやろうか? 初雪でセンチメンタルな気分になったんだろう」


 私を助け起こしながらそう言ったのは、私とアルマの共通の親友であるレオノール・ヴェガという同期で、エディタ先輩たちと同じVヴォーカリスト級として認定されている。私たち第四期としては唯一のV級で、必然的に三番目の能力者ということになる。短く揃えられた栗色の髪と、同じ色の瞳を持った大柄な彼女は、ものすごく声が大きい。しかも美声だから困ったものだ。あまりの声の大きさに、本気で歌うとガラスが割れるという噂もあったし、少なくとも私たちの鼓膜は無事では済まなかった。ただ欠点と言えばそれだけで、その豪放磊落な性格と強烈なリーダーシップ、人当たりの良さ、表裏の無さ、聞き上手など、私とアルマを足してもなお足りないほどの魅力の持ち主だった。ただ、やっぱり声のボリュームだけは何とかして欲しい。


「センチメンタルは正解だけど、初雪のせいじゃないよ」

「そっかぁ」


 私の隣に並び、私の肩に手を回すレオン。あ、レオンと言うのは彼女のニックネームだ。本人は「レオナと呼べ!」と言うけど、私は敢えて男性形の「レオン」と呼んでいる。ちなみにアルマは「レオナ」と呼んでいた気がする。


「そんじゃあれだろ、ヴェーラ・グリエールのことだろ」

「正解」


 レオンのすべすべの掌を肩に感じながら、私はうなずいた。レオンも「うんうん」と同意する。


「私もそうなんだよ。連日ヴェーラ特集ばっかだし、ほんと気が滅入めいるわ」

「だよね」


 ヴェーラのことは大好きだ。大ファンだし、やっぱり憧れだ。レベッカと同じように。だけど今のマスコミの、メディアの姿勢は、ヴェーラのその一大決意さえ金儲けに利用しようとしているようにしか見えない。


 この事実の存在だけでも本当にげんなりさせられるのに、世間ではやれ視聴率がいくらだの、アクセス数がどうだの、そんな話題ばかりだ。ワイドショーでは事情も知らない芸能人たちが好き勝手言っている。笑っちゃうのはそれに「議論」とか「討論」とかのたぐいの看板を乗せているところだ。本人不在でその人の議論をするなんて、「裁判」ですらやらない。しかし国民の大多数はそこに関心を寄せ、お金を落としているわけだ――メディアの大好きなを信用するならば。


 レオンが私の頭に手を乗せてぐしゃぐしゃと掻きまわす。


「ちょ、やめ――」

「ま、メディア様が何と言おうとさ」


 やめる気配を微塵も見せずに、レオンは言う。


「ヴェーラ・グリエールはヴェーラ・グリエールだよ。私たちの憧れ。目指すべき人。今回のこの事件で、私はますますそう思ったね」

「そうなんだけど」


 私はやっとでレオンの手を払いのけて、抗議の意味でお湯をかけてやった。レオンは豪快に笑いながら、「ごめんごめん」と謝罪になってない謝罪をしてくる。私は湯気を胸いっぱいに吸い込んでから、意識してゆっくり吐き出した。


「ヴェーラは、寂しかったのかな」

「うーん、どうだろうね。レベ……アーメリング提督もいたわけだよ」

「でも」

「二人だって別人だ。分かり合えないこともあっただろうし」


 それはそうだ。私とアルマみたいな関係なのかもしれない。自他ともに認める仲良しである私たちだって、口論くらいはしょっちゅうする。ヴェーラ達は十数年間を共にした仲だ。些細なことだって積み上がれば結構なものになるのかもしれない。アルマと再会するまで友人らしい友人ができたことのない私にとっては、それはまだ未知の領域だったけれども。


「そこは本人に訊いてみるほかないだろうね、三年くらいになったら話もできるんじゃない?」

「あと二年、か」


 私は顔にお湯をかけた。なんか辛くなってきた。


「二年なんてあっちゅーまだよ。それに、軍に配属される前にも、シミュレータを使っての実戦支援だってあるっていうし」

「シミュレータでの実戦? 模擬戦シミュレーションじゃなくて?」

「ロラ先輩から聞いたんだけど、三年になったらそういう訓練のような実戦もあるんだってさ」


 ロラというのは三年次のV級、ロラ・ロレンソのことだ。同期にはパトリシア・ルクレルクという先輩もいる。ちなみに私はまだ三年生とは、レニー先輩以外とは話をしたことがない。基本的に接点がないのだ。だが、レオンは不思議なことに、次々と人脈を築いていく。入学してからまだ二ヶ月だというのに、レオノール・ヴェガのことは上級生は誰もが知っている。私やアルマでさえ日々の訓練や講義でいっぱいいっぱいだというのに、その余力がどこから出てきているのかは謎だ。


「シミュレータを介して、味方の艦隊にあれこれできるらしいよ」

「へぇ……。でも、ディーヴァの活躍を見てたら信じざるを得ないよね」

「エディタ先輩たちもICBM大陸間弾道ミサイル迎撃戦でシミュレータ使ったっていうし」

「そうなんだ」


 その情報収集力に、私は素直に舌を巻いた。思えばレニー先輩もあんまりそういう話はしてくれないなぁと思う。私はまた顔にお湯を叩きつけて、立ち上がる。レオンも後をついてくる。


「セイレネスってのもわからないけど、私たちが生まれる前からある歌姫計画セイレネスシーケンスも、全体がよくわからないよね」

「公開情報は断片化してるからね。というより、私たちのアクセスが制限されてるというか」

「情報公開法ってあったよね」

「うん」


 レオンはタオルでその迫力のある身体を拭きながら頷いた。


「でも、ことオンラインに関しては、ジークフリートだからねぇ」

「ジークフリート、か」


 私は下着を着けながら呟く。ジークフリートというのは、当初はパソコンやらのOSとして世の中に出現した。それは瞬く間に既存のシステムにとって代わっていき、やがてネットワーク全域を支配するに至ったとかいう。その影響範囲はこの惑星全土に及んでいて、わずか数年でありとあらゆるシステムをその支配下に置いたのだ……と、ブルクハルト教官が説明していた気がする。確か既存のシステムの防御を全て粉砕するに足るだけの性能を有していて、それゆえに既存のシステムはセキュリティを担保するためにもジークフリートに依存しなければならなくなったのだとか。私はコンピュータ関係についてはさほど興味がないのでその程度の知識だが、情報通で真面目なレオンに訊けば、半日くらいは語ってくれるに違いない。


「ねぇねぇ、マリー」

「うん?」


 パジャマを着終えたレオンが私を覗き込む。


「この後あんたらの部屋行っていい?」

「ん? いいけど? なんか話?」

「ちょっと駄弁だべりたい気分なだけ」

「ああ、そう」


 悪くないな。私は頷いた。


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