#02 親友とともに

#02-01: ディーヴァの想い

 うわぁぁぁぁぁぁっ!


 夢の中で叫んだ……と思ったら、現実でも叫んでいたようだった。これ、何回目だよ。私は自分で自分にツッコミを入れる。私は頭をポリポリと掻いて、猫のように伸びをした。


「あのさー!」


 そんな私に呼びかける声がある。その方を振り向くと、二段ベッドの上階から、さかさまになって剣呑な視線で見つめてくる三色頭のルームメイトがいた。ストロベリーブロンドという珍しい色の地髪に、黒、青のメッシュが入っているのだ。


「めっちゃびっくりしたんですけど!」

「ごっ、ごめん!」


 時計を見れば午前五時になったところだ。起床時間までまだ一時間もある。


「ほんともう訓練きっついんだから勘弁してよ、マリー」

「ごめんってば。しょうがないじゃない、夢の中のことなんだし」


 私はベッドサイドに置いてあった手鏡を見て「うわ、ぶさいく」と呟いた。寝起きの顔、ほんとどうにかしたい。


「夢のことは夢で完結しといてくれよ、ほんとマジで」

「だからごめんってば、アルマ」


 私はベッドにうつぶせになり、携帯端末でニュースサイトを眺める。毎朝の日課だ。時事ネタにも強くなければならないと、大人たちは事あるごとに言うからだ。特に一か月前の事件以後は、否が応にもニュースを見るようになった。一か月前と言えば、私たち歌姫養成科四期生が、入学準備をせっせとしていた時分だ。あれは本当にショックな事件だった。国民を守る剣となっていたヴェーラが自ら死を選ぼうとするなんて、誰一人想像していなかったからだ――私も含めて。私が毎朝ニュースをチェックするのは、ヴェーラの安否を確認するためでもあった。今のところ続報はないことに少し安堵する。


「今日もまたあの夢か?」

「うん」


 いつの間にか私のベッドに入り込んできたアルマに頷く私。アルマも自身の携帯端末でニュースを見ているようだった。


「私たちの出会った日の夢を見たんだよ。何回見てもすごくリアルで、まるで夢っていう気がしないんだ」

「そっか」


 アルマは鼻歌を歌いつつ、携帯端末を操作している。日課のリズムゲームを始めたらしい。ヴェーラやレベッカの声は、こういう具合に日常に溶け込んでいるのだ。だが、アルマはヴェーラの事件以後、ヴェーラの曲はプレイしていないのだという。代わりにエディタ・レスコ先輩たち、いわゆる「九十二年四天王」の曲を選んでいるのだとか。


 エディタ、トリーネ、クララ、テレサの四人は、五十数名を数える第一期卒業生の中でも群を抜いた実力の持ち主で、確か「Vヴォーカリスト級」とランク付けされている。他の歌姫たちは「Cクワイア級」だ。ちなみに私たちのもう一人のルームメイト、レネ・グリーグ先輩は初の「Sソリスト級」で、エディタ先輩たちの上位に位置するという判定がされていた。ちなみに私とアルマはともに「S級」だった。全S級が同じ部屋をあてがわれているという事実。ちなみに警備も最高級なのだ。分散配置が普通だろうと思うのだけど、そこは多分いろんな事情があるんだろう。入学してまだ一ヶ月も経ってない身分の私たちは、そこまで突っ込んだ話はできない。


 そこで私は少し離れたところにあるベッドが空なのに気が付いた。


「あれ、レニー先輩は?」

「三年だからなぁ。すでに戦力として計上されつつあるとか何とか言ってたよな」

「忙しいね」


 他人事ひとごとのように私は言う。アルマは私に密着しつつ、リズムゲームを続けている。喋りながらアレをできることが信じられない。私は音感もリズム感も十分にあると自負しているけど、ゲームはからっきしだった。というより、根気が続かない。


「エディタ先輩たちも、いよいよ艦船割り当てられて戦闘配備だし。レニー先輩もその補佐に一生懸命なんだろうと思う」

「エディタ先輩っつっても話したこともないけどな。レニー先輩はもちろん顔見知りなんだろうけど」


 そうだよな。今度レニー先輩にエディタ先輩について訊いてみようと、心のどこかで決意した。


「ま、起きてしまったものは仕方ない」


 アルマは私のベッドから出ると、その場で「うん」と伸びをした。健康的な背中と腰がチラ見えして、少しだけドキッとした。一緒にお風呂にも入る仲だというのに、ふとした無防備な瞬間にはなぜか心拍が上昇する。


「コーヒー? 紅茶? ココア? 選べ」

「コーヒー」


 私もベッドから出ると、すぐに遮光カーテンを開けた。この分厚いカーテンには、なんと防弾能力すらあるらしい。噂だけど。


「ほい。インスタント」

「じゅーぶん」


 私は愛用の黒いマグカップを受け取って、コーヒーの香りを胸いっぱい吸い込んだ。施設では飲ませてもらえなかったから、コーヒーにはずっと憧れがあったのだ。味は決して好みではなかったけど、この香りの前にはそんなことは実に些末な問題だった。


 アルマは鮮やかな青色のマグカップを両手で持ち、鼻歌を歌いつつ香りを吸い込んで、むせた。


「なにやってん」

「げほげほ。今日のコーヒーは手強いで!」

「なに言ってん」

「なんかさ、あたしへの扱いが杜撰ずさんじゃない? 五年ぶりに再会したばっかりだよ?」

「私も色々あったんだよぉ」


 あの頃の自分と今の自分は、もうだいぶ変わってしまったと思う。が、劇的に何かが起きたとかそういうわけではない……気はする。ごく普通に施設で生活して、ごく普通に勉強して、いざ就職しようと思っていたら軍の人が施設にやってきて、そして今に至るというわけだ。そう、士官学校の歌姫養成科への入学は試験などではなく、全て軍によるスカウトなのだ。


 君はヤーグベルテに於いて極めて重要な人物で、国家に必要とされているんだ――その言葉を聞いた瞬間に、私はためらいもなく「YES」と回答していた。何しろ歌姫セイレーンになれるということは、憧れのヴェーラやレベッカと共にいられるということではないかと。それにその時まで、私は誰にも必要となんてされていなかったし、施設側としても、すぐにでも追い出したいと言わんばかりの勢いだったからだ。だから私を必要とする人がいる、私でも役に立てる。そう思っただけで私の胸は本当に高鳴った。軍と施設の間でひと悶着あったみたいだけど、まぁ、それはどうでもいいや。


「五年前のマリーは本当に頼りないっつか、ふわふわしてたのにねぇ」

「五年も前だからね。でもあんときはほんとに助かったよ。ありがとね、アルマ」

「ならキスして」

「いやだ」


 このあたりのやりとりは、もはやテンプレである。アルマは事あるごとに私にべたべたくっついてきて、ついでと言わんばかりに頬にキスしていく。レズビアンかなと思ったりもしたが、実際のところはそうでもないらしい。ただ女子とのスキンシップは嫌いじゃないと公言してはいた。私もアルマのそのサバサバした性格はとても好きだったし、絶妙な距離感や頭の回転の良さも尊敬に値すると思っている。アルマはその見た目に反して、ものすごく頭が良いのだ。入学直後に行われた知能検査でも文句なしのトップだったし、基礎学力もやはりトップだった。


「アルマは努力家だよね」

「なんだい、やぶから棒に」


 パジャマ姿のままソファに座って携帯端末を眺めているアルマが視線を上げる。私は制服に着替えようかなと少し考えて、結局起床時間までパジャマのまま過ごすことに決める。


「施設にいた時からずっとそんな感じ?」

「まぁね。暇だったから勉強ばっかりしてた」

「すごいや」


 私は素直に関心する。私は根気がないから、勉強は中途半端だ。とはいえ、なぜだか成績的にはアルマの次にいたりする。その差は激しく大きかったけれど。


「あたしは不器用だから、他人の倍努力しないと、同じ土俵に立てないのさ。そういうあんたはもっと凄いじゃないか。これっぽっちも努力しないくせに、あたしに並ぶか並ばないかってとこだろ」

「うーん、なんだろうね」

「天才なんだよ」


 アルマはゲームに合わせて鼻歌を歌いつつ、ボソッと言った。言われた私はイマイチ釈然としないのだが、努力してないのは事実だったから、否定するのも違うかななんて思っているうちに反応しそびれる。


「あたしは秀才、あんたは天才。多様性ってやつだよ」

「ふぅむ」


 私はコーヒーをちびちびと飲みながら唸る。


「でもさ――」


 アルマは携帯端末を太ももに挟んで伸びをした。


「ヴェーラ……じゃない、グリエール提督が復活してくれればいいんだけどね」

「だいぶ酷い火事だったって言うし……」


 それに五年前、あの日に感じた圧倒的な負のエネルギー。あの頃からもう、その自殺未遂事件の要素はあったんじゃないかと思う。アーシュオンの飛行士の件も、過去のニュースをさかのぼって調べた。その一連の事件がちょうどあのライブの前後だった。ヴェーラ・グリエールが最も負の感情を持っていたであろう時期だった。


 つい一か月前に何があったのかは知らない。でも、きっと何かあった。だから、ヴェーラは自ら火を放った。そして今まさに、生死の境を彷徨さまよっている。


 そしてこのタイミングを敵国、つまりアーシュオンが逃すはずもない。彼らは執拗な波状攻撃を繰り出して来ており、レベッカ・アーメリング提督は連日その対応に追われていた。エウロス飛行隊を始めとする超エース航空部隊四風飛行隊にしても、消耗に消耗を重ねていた。アーシュオンの繰り出す「超兵器オーパーツ」と呼ばれるものには、事実上レベッカたち歌姫でしか対抗できない。レベッカも、艦船を割り当てられて間もないエディタたち四人のV級にしても、先の見えない過重労働オーバーワークの前に疲弊しているであろうことは火を見るよりも明らかだった。


 ともかく今は私にもわかる。


 我が国ヤーグベルテは、ヴェーラとレベッカに頼り過ぎたのだ。たったの二人の人間に、国家安寧の全戦略の背骨の役割を担わせたのだ。その結果が、このありさま。レベッカたちはアーシュオンのみならず、ヤーグベルテにも磨り潰される。それは多分、レベッカにも、エディタ先輩にも、理解できているはずだ。だけど、この状態異常から抜け出せない。なぜなら国家国民数十億の命を背負わされているからだ。


「私たちだって――」

「そうだな。あと三年。何かが変わるとも思えない」


 不思議なことに、アルマは私の心の中を見通す力を持っている。本人に問いただしたこともあったが、本人としては全く無意識にやっていることらしく、心を読んでる自覚なんてないと言う。そして私ももう慣れた。むしろ楽でいい。


 アルマは勢いをつけて立ち上がると、パジャマのボタンを外し始める。私は思わず目を逸らす。アルマはパジャマをポイポイと上段のベッドに投げ入れると、自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。


「でも、アーメリング提督やエディタ先輩は、きっとすごく悩んでくれるだろう」

「うん」


 そうだね、と、私は同意した。しかし私には一つ、どうしても納得できないことがある。


「ヴェーラは……どうして自分を殺そうとなんてしたんだろう」

「このありさまを変えようとしたんじゃないのか?」

「そうかな……?」


 そうなんだろうか。


 あのライブの時に感じた負のエネルギーは、そんなものだっただろうか。


 のはただの、じゃなかっただろうか。


 という思いだけがあったんじゃないだろうか。


「かもね」


 アルマは制服のブラウスを羽織りながら言った。下はまだ下着だった。その深い青色がなぜか目に焼き付いた。私はまた目を逸らす。アルマはスカートを履きながら溜息をつく。


「あたしたちは、そうだな、ヴェーラ・グリエールという一人の女性の姿に、夢を見過ぎていたのかもしれない」

「夢か」


 夢――そうかもしれない。憧れを映していた。絶対的な守り神だと思っていた。ヴェーラとレベッカの二人が、永遠にヤーグベルテを守ってくれるものだと思っていたし、永遠に歌い続けてくれるものだと思ってもいた。何の確証もなかったけど、ただ、そう思っていた。疑いもなく。


 その無意識が二人を縛り付け、苦しめていたのかもしれない。私だけじゃない。何十億の人がそう思い込み、期待し、勝手に偶像化アイドライズしていったんだ、きっと。


「私たちは、恨まれているかもしれないね」

「まさか」


 少し笑ったアルマは、すっかり制服に着替え終わっていた。私もそろそろ着替えようかなと立ち上がる。アルマはまたソファに戻って携帯端末を手に取った。


「人を恨めるような人なら、自死なんてえらぼうとはしないさ」

「そっか……」


 そうかもしれない。


 私はこの聡明なるルームメイトの存在に感謝した。

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