#01-02: アイドライズド・セレモニー

 ヴェーラとレベッカ、二人の歌姫たちのステージを最前列中央で目にすることになった私とアルマは、ひたすらに圧倒された。テレビなんかで見るのとではわけが違う。仮想空間VRで体験したことは一度もなかったけれど、たぶんそんなのともレベルが違ったはずだ。この体験は目の前にいなければできない。


「マリー、あのさ」


 ヴェーラたちがステージから姿を消した合間に、アルマが私の耳元で怒鳴った。そうしないと聞こえないからだ。大勢の人の拍手と歓声が、地鳴りのようにドームの床と言わず天井と言わず、うねり巡っていた。


「感じた?」

「うん」


 私はアルマが何を言わんとしているのかを直感的に察した。


「痛くて――」

「だよな……」


 アルマは頷いた。


 そう、痛かったのだ。恐ろしく痛くて、切なくて、くらい。胸が張り裂けそう――そう言っても良いくらいに、私はつらかった。アルマに言われて気付いたが、私は泣いていた。アルマの褐色の瞳も潤んでいる。私は「ちょっと……普通じゃないよ」と、胸を押さえながら嗚咽する。


「そういえばさ。アーシュオンのエースパイロットを捕虜交換したけど、週刊誌がなにやら叩いてたね」

「へ?」


 週刊誌の類は紙媒体も電子媒体も、ついぞ馴染みがない私には何のことだかわからない。そんな私を見ていろいろと察したのか、アルマはその件に関してはそれ以上は何も言わなかった。


「でも見てみろよ、周りの人たち」

「うん」


 気付いてた。みんな酔っていた。陶酔と言えば聞こえは良いが、その光景はまるで宗教的儀式セレモニーか何かのようだった。そして、見える範囲においては誰一人として私たちのように違和感を覚えている様子はなかった。ただ、酔っているだけだ。


「特にあの、ヴェーラの歌が、刺さる」

「あたしもそう思う。なのに、なんでみんなこんな平気な顔してるんだ?」


 再びステージに現れる二人の歌姫。白金プラチナの髪を揺らめかせるヴェーラ。灰色の髪に手をやってから眼鏡の位置を直すレベッカ。どちらも最高の娯楽提供者エンターティナーにして、対アーシュオン戦線の切り札だった。人々はこの二人の展開する絶対的防衛網の下で、ようやくそれなりに平和に暮らせているわけだ。二人がいる限り、六年前の――私が何もかも失ったときの――悲劇が繰り返されることはない。そういった精神的なよりどころでもあって。だから控えめに言っても、二人の歌姫は、ヤーグベルテの国民にとっては救いの女神のようなものだった。


 二人の女神は同時に目を閉じ、そして歌い始める。変幻自在に変わる衣装、目まぐるしく遷移するステージエフェクト、そして何より圧倒的な歌唱力と、のエネルギー。


 失望か。


 絶望か。


 それとも、虚無か。


 わからないけど、とにかく不安にさせる何か。胸の奥をざらざらと這い回るような、そんな感じだった。だけど、周囲の大人たちは一様に呆けた顔をしながら熱狂していた。何万人もいるというのに、私はすごく孤独を感じていた。いや、孤独じゃないか。私の右手をしっかりと握りしめている手があったから。アルマは私を捕まえていてくれていた。負のエネルギーの濁流から、私の心を守ってくれていた。


「……やめちゃダメだ」

「え?」


 アルマのつぶやきが良く聞こえない。アルマは私を見て、頷く。


「ダメなんだ、やめたら」

「なにを……?」

「歌うことを」


 アルマの声に迷いはない。私もそうだと思った。この強烈なマイナスのエネルギーは、それを発する人の心の痛みだ。でもだからと言って歌うのをやめたら。歌が止まってしまったら。その時は……。


「歌って!」


 私は叫んでいた。それが多分人生で一番大きな声を出した瞬間だった。


 ヴェーラはすぐに私を探し当てた。その空色の瞳が私を射抜く。心臓が止まる。そのあまりにも透明な矢に貫かれて、私は震えた。右手に力が入る。アルマも強く握り返してくる。


 ヴェーラの様子に気付いたレベッカもまた、私たちを探し当てる。眼鏡のレンズ越しの新緑の瞳。その双眸がまっすぐに私たちを見下ろしていた。私たちは身を寄せ合って縮こまる。アルマも少し震えていた――私ほどじゃなかったけれど。手のひらの汗が、どちらのものなのかはわからない。


『あなたたちに何がわかるの?』


 私の中に声が響いた。ヴェーラの……声だった。


『何がわかっているの?』


 畳みかけるようにヴェーラが尋ねてくる。気のせいかもしれない。当のヴェーラはもう目を合わせてはいなかったし、もう次の曲を歌い始めていたからだ。レベッカは私たちに背を向けていたし、ヴェーラはステージの上をアグレッシヴに動き回っている。


『わかるものか。わたしたちの――』


 聞こえる。ヴェーラの心の声が。女神が怒りを歌っている。


『わたしは――』


 ヴェーラが絶叫する。会場のボルテージも一気に上がった。その突風のような負のエネルギーを受けて、私たちは思わず抱き合った。視線を感じてステージを見ると、レベッカが私たちを見下ろしていた。まるで値踏みするように、私たちをじっと――。


「どんなことがあったって!」


 轟々たる歓声の飛び交う中、アルマが叫んでいた。その声はステージまで一直線に届く。レベッカが目を見開く。


「ディーヴァの歌に救われる人はいるんだ! だから!」

『なるほど』


 今度はレベッカの声が私の頭の中でリンと響いた。レベッカは微笑む。ヴェーラはそんなレベッカの肩を抱く。ヴェーラと再び目が合った。


『そうかもしれないね』


 私は今度は目を逸らさなかった。息を止めて胸を張る。アルマと手を握り合いながら。

 

『わたしは、歌うのは最後までやめないだろう。人々のために歌うだろう』


 ヴェーラは私を見て、目を細め、口の両端をキュッと上げた。


「さぁ! 準備運動はここまでだ!」


 ヴェーラがマイクを手に叫んだ。そして左手で大衆を煽る。今の二人は黒いドレスを身に纏っていた。もちろん電子的に作られた映像衣装プロジェクションなんだけど。ヴェーラはレベッカと手を繋ぎながら再び叫ぶ。それはもはや絶叫だ。


「今から、わたしたちの本物の歌を聴かせてあげる! さぁ、みんな、恍惚に酔え!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます