セイレネス・ロンド/セルフィッシュ・スタンド #MSB01

一式鍵

#01 この日、私は翼を拾った

#01-01: ガール・ミーツ・ガール

 今日は、それまでの十年間の人生で一番楽しみにしていた日だったのに。一番楽しい日になるはずだったのに。


 夏の暑い盛りを過ぎた頃、八月も下旬に差し掛かろうとする頃。戦争の犠牲者たちを追悼する儀式に続く、歌姫たちによるコンサート。


 戦火に巻き込まれて、四歳にして家族も友達もみんな失ってしまった私は、その一か月後には新たな住処すみかを手に入れていた。そこにいる子たちはみんな優しく、とても快適な生活を送ることができた――と言えていればと思うけれど。


 私が生まれる何十年も前から延々と続いているアーシュオンとの戦闘の様子は、今の私たちにとっては数少ない娯楽エンターテインメントだった。特に、ヴェーラ・グリエールとレベッカ・アーメリング――二人の歌姫ディーヴァが現れてからは。


 セイレネスというシステムを搭載した戦艦バトルシップに乗り、戦場を駆けるその二人の歌姫は、私だけじゃない、国民すべてにとっての英雄なんだと思う。二人が戦闘の際に奏で上げるの群れは、多くの人たちを文字通りに酔わせた。私にはよくわからなかったけど、とにかく一緒に住んでいる子たちも、職員たちも、みんな一様に呆けたようにその音を聴いているのだ、いつも。


 そして今、私はヤーグベルテ統合首都にある国立劇場の入り口前広場にて盛大に迷子になっていた。見たこともない数の人たちがズラリと開場待ちをしていたのだけど、薄暮の暗さも手伝って、私は職員からはぐれてしまったのだ。携帯端末を持たされてもいない私は、文字通り途方に暮れた。何万人といる人ごみの中、十歳の私が動き回れるような余裕はない。私は街灯の下の芝生に腰を下ろし、行き交う人々をぼんやりと眺めていた。


 その時だ。


 人々の足音、風の音、話し声、携帯端末の着信音……そういったものがい交ぜになって、私に向かってきた。それはとてもとても狂暴な何かだった。いつもはふわりと心地よいはずの音が、ノイズとなって襲い掛かってくる。たまらず私は耳を塞いだ。ごう――風の音が鳴る。人々がせわしなく歩くその震動が、地震のように響いてくる。私に無遠慮に送られてくる大人たちの視線が、私に何かを囁きかけてくる。こそこそと何か悪口を言っているようにも聞こえる。


 やめて。私を見ないで! 


 私は目を閉じようとする。けど、まぶたが言うことを聞かない。私は目を見開いていたかもしれない。


 やがて開場を知らせるアナウンスが聞こえてきた。一筋の希望にすがって周囲を見回してみるのだが、職員は見当たらない。探す気もないかもしれない。彼らにしてみれば私が死んでさえいなければ、子どもの一人くらいが会場に入れなくったって、問題はないんだ。


「よっ!」


 私の隣に、美しいストロベリーブロンドの女の子が座った。デニムのショートパンツに、翼のある美女がプリントされた青いTシャツを着ていた。私にはわかる。前面の美女はヴェーラで、背面の美女はレベッカだ。歌姫ファンクラブ御用達のTシャツである。私も欲しくてたまらなかったが、施設側がどうしても買わせてくれなかった品物だった。日々、施設のネット端末で食い入るようにオフィシャルサイトを眺めていた私には、垂涎の品だった。


「飲みなよ」


 羨望のまなざしでTシャツを見ている私に、その子はジュースを差し出してきた。


「あたし、アルマ。黒髪ちゃん、あんたは?」

「わ、私は、マリオン」


 なし崩し的にオレンジジュースを受け取り、なし崩し的に個人情報を公開する。アルマはニカッと笑って言った。


「施設の招待イベントだっていうから喜び勇んでやってきたのに、職員とはぐれちゃったんだよね」

「施設?」

「あれ? あんたもじゃないの、マリオン。戦災孤児支援活動のなんちゃらで」

「あ、うん」


 私は頷いた。私、そんなに孤児に見えるんだろうかと、少し暗澹あんたんたる気分になる。アルマは会場から聞こえてくるヴェーラの持ち歌のインスト版に合わせて鼻歌を歌いながら、下草を千切った。


「あたし、とかいうヤツの空襲で、家族も友達もみんないなくなっちゃってさ」

「え、私も……。四歳の時」

「へぇ! あんたも十歳?」

「う、うん」


 私たちは無駄に握手を交わす。というより、アルマが一方的に手を握って振ってきたんだけど。


「さぁて、どうしようかなぁ?」


 アルマは会場にどんどんと吸い込まれていく大人たちを見て、幾分か楽しそうに言った。会場に入れないかもしれないのに、どうしてこんなに楽しそうなんだろうなと私はいぶかしむ。もしかして何か裏があるのかもしれない――なんて陰謀論めいたものさえ考えた。


「とりあえずこういう時には、正々堂々迷子センターが鉄板」

「でも、職員の人、来ないと思う……」


 迷子センターにいるなら大丈夫だ――彼らならそう判断してしまうだろう。そう思ったから、今まで行かなかったのだ。


「そう言って行動しないことが一番ダメなんだよ、マリオン。まずはやってみないと!」

「それでもダメだったら……?」

「その方法じゃダメだという事がわかる」


 ああ、そうかも――私はこの目の前の美少女の言う事に納得した。でも、それと行動できるかどうかは別問題だ。ずっと日陰を歩いてきた私と、眩し過ぎるくらいのこの子では、たぶん価値観の類は全然違うんだろう。


「あたし、レピア市ってところの出身らしいんだけど、あんたは?」


 頭の後ろで手を組んで、跳ねるように移動しながら、アルマは急ぎ足の私に問いかける。私は「アレミア市だって聞いたよ」と息を切らせながら応える。


「そっか。アレミアももう地図にないね」

「大きな盆地になっちゃったから……」

「そんときのこと、覚えてる?」

「ううん」


 私は小さな嘘を吐く。覚えているのだ。真っ赤な、血と炎に彩られた光景を、写真のように。怪我とショックですぐ気を失ってしまったみたいだったけど、病院で無配慮に流されてたニュースを見て、それが本物の記憶だったってことは確信している。


「あたしは爆心地からちょっと外れてたけど、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも行方不明ってやつ。あたしだけ助かったんだよね」

「そう、なんだ」


 小さな嘘を後悔する。アルマは誠実だと思った。なのに私は。


 そんな私の肩を抱くようにしながらも、アルマは足を止めない。


「ロクでもない記憶だよ。思い出させたらごめん」

「ううん……」


 アルマはまた鼻歌を歌いつつ、会場入り口へと向かって進んでいく。日中の熱気はもう大半が失われていた。ヤーグベルテの統合首都の夏は本当に短いのだ。ふわふわと吹き抜けていく風が、少しだけ心地よかった。


「あ、軍の偉い人がいる」


 巨大なドーム型会場の中に続々となだれ込んでいく人々の中に、アルマが軍服姿の女性を発見した。実際の所そこら中に軍の人は配備されているのだが、アルマが目を付けた女性軍人は、その中では明らかに異彩を放っていた。黒い軍服は参謀部の正装だ――というのはアルマが耳打ちで教えてくれたことだ。


「参謀部?」

「知らないの? ヴェーラもレベッカも、参謀部の直轄ちょっかつなんだよ。あの逃がし屋のルフェーブル大佐の」

「あの人がルフェーブル大佐?」

「違う違う」


 アルマは即座に否定する。


「あの人はルフェーブル大佐じゃないけど、大佐だね」

「どうしてわかるの?」

「階級章。まぁ、その辺は勉強すりゃわかるよ」


 私は正直なところ、「大佐」が偉いのかどうかさえよくわからない。「大尉」とどっちが上なのかもわからない。


「あのー……」


 アルマが私の手を引きながら、その大佐に声を掛けた。黒髪に黒っぽい瞳のその軍人さんは、私たちを見るなりニコリと微笑ほほえんだ。それまでは毅然冷然たる立ち姿だったので、私は内心気が気じゃなかったけれど、その微笑を見てそんな不安は消し飛んだ。ホッと一息つくと同時に、なぜか胸が熱くなり、鼻の奥がツンと痛くなる。


「どうしたの、小さな歌姫さんたち」

「あたしたち、戦災孤児支援活動キャンペーンに当選した施設から来たんですけど、はぐれちゃって……。あの、これ、連絡先なんですけど」

「ふむ」


 軍人さんはアルマがポケットから出したパスケースの中を見て、少し思案したようだった。私も慌てて連絡先が乱雑に書かれたカードを取り出した。


「オーケー。連絡しとく。でも、今からだと合流は難しいわ」


 軍人さんは近くにいた兵隊さんを呼び寄せて、私たちの連絡先を確認させた。そして「参謀部が保護してるから心配しないでと連絡しといて」と言い残すと、私たちに背を向けて歩き始める。会場入り口とは別の方向だった。


 私は勇気を振り絞ってその背中に声を掛けた。


「あの、チケットは職員さんが持ってるんですけど……」

「だいじょうぶよ、歌姫さん」


 軍人さんは足を止めて、また微笑んだ。


「私にはわかるもの。マリオン・シン・ブラックと、アルマ・アントネスク」

「え?」

「へ?」


 私とアルマは同時に変な声を出した。私たちはお互いのファミリーネームまでは一度も口にしていなかったはずだ。


「ど、どうしてわかったんですか?」

「さぁ、なんででしょうね」


 軍人さんはまた微笑むと、「さ、行くわよ」と右手に私、左手にアルマを捕まえて歩き始める。


 私、何かしたんだろうか――そんな不安が私の胸を締め付ける。


「不安が伝わってくるけど、だいじょうぶよ。取って食べたりはしないわ」

「なんでわかるんですか?」

「なんででしょうね?」


 軍人さんはその整いすぎたくらいに整った顔で私を見る。そこにアルマが声を発した。


「ところであの、大佐さん」

「うん?」

「あたしたちをどこに?」

「最前列。どうせなら一番いいところが良いでしょう?」

「えっ? 最前列? えっ?」


 私とアルマは顔を見合わせた。施設の席は確かすごく後ろの方で……。


「大丈夫、そこはあなたたちの席だから」


 その言葉は、何かの比喩のようなものだって。


 その時はそんな風にしか思っていなかったんだ。

 

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