第10章 テクノロジーの牙
真っ白なライトに照らし出され、顔を上げる。
自分と向かい合うように座る
今回は拘束具はつけられていない。
ハルはただ椅子に座らされ、研究室――もとい尋問室の中央に配置されていた。
相変わらず、ガラス壁の向こう側には研究員や、見慣れた隊員達の姿がある。
ペンを置き、手元の電子端末を眺める男。
あごひげを撫でながら、この基地の指揮官を務めるベネットは声をあげた。
「率直に言わせてもらえば、とても理解できん。君が少女を見つけ、単独で追いかけたことはこの際置いておこう。そんなことよりも、武装もしない少女が一人で街を
だから、そう言っている――「うんざりだ」という念を込め、ハルは視線をガラス壁の外に向けた。
緋色の髪を持つ女史が、困ったように笑う。
ハルの卓越した動体視力が自然と、リノアが「我慢よ、我慢」と告げたことを理解させる。
即席の読唇術で読み取った結果に、ため息をつく。
ベネットに向き直り、とことん疲れ切った眼差しで答えた。
「そのとおりだよ」
「うぅむ、悪くは思わんでくれよ。さすがにこれだけの情報量をいきなり持ってこられても、困惑してしまうというのが本音なのだ。そもそも、君がヴォイドと生身で戦ったということすら驚きだよ」
タッチパネルをあれこれいじりつつ、ベネットは「うむ」だの「ぬう」だのと唸る。
時折、ガラス壁の外へと目配せしているが、それで結果が変わるわけでもない。
尋問室の外では、相変わらずハルの肉体から“嘘の反応”が出ていないかを検知し続けているのだろう。
心配せずとも、わざわざ隠す必要もないのだから、ハルからすれば無駄な労力だと思ってしまう。
尋問が始まってからもう30分ほど経つが、思った以上に進展はない。
そもそもここに来る前に、リノアがきちんとDEUS側に報告は行なっているはずだ。
もっとも、その内容があまりにも規格外だった、というだけのことなのだろうが。
ベネットはようやく観念したのか、端末をオフにしてため息をつく。
ハルのそれとは、吐き出される感情の色が随分と異なっていた。
「やれやれ。君が現れてからというもの、とんとん拍子に事が進みすぎるな。我々にとってあのモノクロームという街は謎の塊だったのだ。何重にも固められたブラックボックスそのもの――君の介入によってそれが一気に紐解け、確信が見えてこようとしている。いやはや、我々の長年の研究が
「悪かったな、なんか空気の読めない結果になって」
「とんでもない。視察でこれだけの進展があったのだ。大金星だよ」
素直に褒められたというわけではないのだろう。
言葉の裏に隠された思惑を、邪推する気にもなれない。
ハルはつまらなそうな眼差しで、ただベネットを見ていた。
しかし、彼から放たれた次の一言に、わずかに覚醒する。
「もっとも、本来ならばその少女――エリシオと言ったか――彼女も保護できればベストだった、というところだ。なにせ生存者である以上に、あの街の概要について知る唯一の存在だ。彼女がいれば、飛躍的に街の解剖は進んだことだろう」
ハルが目を覚ました時、そこはすでに医療室のベッドの上だった。
ヴォイドとの攻防を終え、
突入した隊員達は皆、一人残らず帰還できたと聞いている。
街が消失する寸前で、なんとか輸送機までたどり着くことができたのだ。
そこにあの少女は――銀の髪を持つ彼女はいなかった。
一同とどこかではぐれたか。
それとも隙を見て逃げ出したのかは定かではない。
とにもかくにも、部隊の面々は輸送機が飛び立った後、その小さな姿が見えないことに気がついたらしい。
そんなことが、ありえるのだろうか――ハルは思わず、うつむいて考える。
彼らDEUSという組織にとって、あの少女が貴重な存在だということは理解できる。
そんな最重要人物を確保できたか、確認もせずに機体を飛ばしたりはしないだろう。
ここで、モノクロームという街についてのある“ルール”を思い出す。
あの街が消える時、街から持ち出した物も同様に消える。
道具も、物体も。
そして人間も。
あの少女は一体、なんなのだろう。
脳みその中を、謎がただただ塗りつぶしていく。
かすかに頭を振り、混乱に支配されないように意識をしっかり持った。
ベネットは立ち上がり、「これで終了だ」と告げる。
椅子から立ちながら、ハルはふと気になったことを最後に確認した。
「なあ。あんたら、あの街の謎を解いたらどうするつもりなんだ?」
「それは、あの街が人類にとって無害かどうか、によって判断が分かれるだろうな。無害であれば、そこに利用されている力学やテクノロジーはおおいに研究の余地がある。だが逆に危険なものであれば、それこそこのまま放置すること自体が危ぶまれるよ。なにせ内部には突如湧き出てくる怪物までいるのだからね」
どこか模範的な回答だったが、ハルはそれで十分納得した。
真っ白な部屋の居心地の悪さに耐えきれず、ベネットに続いてそそくさと尋問室を後にする。
部屋から出ると、すぐさまリノアが声をかけてきた。
今日の彼女は戦闘服を脱ぎ捨て、いつもの白衣姿である。
もっとも、彼女にとってはこちらが本来の戦装束なのだろう。
「おつかれ、ハル。ごめんなさいね、病み上がりだっていうのに」
「あんたが謝ることじゃないさ。それに、体はどこもなんともないんだから、構わないよ」
振り返ると、研究員達が尋問室内を消毒している。
なんでも、常にこの部屋は無菌状態にする必要があるんだとか。
部屋に張り巡らせているセンサーは随分と繊細らしい。
リノアは「そう」と嬉しそうに笑い、言葉を続ける。
「びっくりしたわ。なにせ、急に意識を失っちゃうんだもの。でも、倒れた時なんだか嬉しそうだったわね」
「笑ってたんだってな、俺。全然自覚がないんだ。きっと、戻ってきたあの記憶のせいかも」
これもまた、すでにリノアやDEUSの面々には伝達済みだった。
黒い怪物・ヴォイドを退けたあの時、脳裏に蘇った無数の記憶を今でも覚えている。
だがそれが意味するところは、あいにく闇のままだ。
「きっと脳が、急激な負荷に耐えられなかったのね。それにしても、興味深い話だわ。やっぱりあなたは、あの女の子とかつてあの街で一緒だったのよ」
リノアは手近な椅子に腰掛け、考える。
薄暗い部屋の中で、なおもハルはガラス壁の奥――真っ白な部屋の中央を見つめた。
除菌された無人の白いキューブは、そこだけ時が止まった聖域のようである。
「そうなんだろうな。だけどあいにく、どんな関係だったかは覚えてないんだ」
「まさか、あの子も所々記憶を失っているなんてね。しかもそれが『魔王』なんてとんでもない存在にやられたっていうんだから、ベネットが動揺するのも無理はないわ」
彼女の笑顔にどこか意地悪な色が混ざる。
「もしかしたら、あの子が呼んでいたように、あなたは本当の兄妹だったりするのかもね」
「そうかな。全然似てないけど」
「あくまで見た目なんて、どうにでもなるものだからね。もしかしたら、元はあなたも銀髪だったかもしれないじゃない」
現在のこの姿の謎も、まだまだ解けていない。
そう考えれば、モノクロームについて真実が明らかになったというよりも、謎の先にさらに厄介な謎が待ち受けていたということなのだろう。
「でも、はっきりしたことだってあるわ。あの街の中には確実に、住人がいる。エリシオって子はもちろん、その『魔王』さんもね。なら、奥へ進めばいずれ会えると思うのよ」
「実際に会って聞く、か。だけど、そんな簡単に会えるものかな。なにせ『魔王』だぞ。魔王って言ったら、こう――」
自身の中の“魔王像”を必死に表現しようとするも、改めて考えると「魔王」というものが実に良く分からない。
ツノが生えていたり、マントを羽織っていたり、杖を持っていたり――どれも漠然としていて、うまく表現ができないのだ。
とはいえ、いずれにせよ実に浮世離れした呼称である。
諦めてため息をつき、ハルはすぐ隣の資料棚にもたれかかった。
「とにかく、無茶苦茶なやつなんだろうな。見当もつかないよ。街作ったり、人の記憶いじったり――なにがしたいのかもさっぱりだ。それこそ、『魔王』なんだから世界征服でもしようってのか?」
「そうだったら大変よ。選ばれし『勇者』を急いで探さないとね。伝説の剣もあれば、なおベターかしら」
くすくすと笑うリノアを見ていると、肩の力が抜ける。
リアルとファンタジーが入り混じった、なんともおかしな事態になりつつあるのだ。
どうやって事を受け止めれば良いか、いまいちハルには理解できない。
「まぁ、悩んでもしょうがないかもね。今、出揃っているデータじゃあ、どこまでいっても机上の空論になっちゃうわ。考えることは大事だけど、悩み続けて自滅しちゃあ本末転倒よ」
スパッと諦め、リノアは再び立ち上がる。
理論、理屈で物事を考えてきた彼女だからこそ、はっきりとなにが無駄かも理解しているのだ。
いたずらに思考を続けることを賢明とは言わない。
部屋を出て行こうとする二人に、髪の薄いよれよれの研究員が慌てて駆けてくる。
研究室の責任者・ノマドだ。
「お、おおお二人共、す、少しよろしいですか……」
「あら、なにかしら。モノクロームについて研究結果が出たとか?」
この問いに、ノマドはどこか申し訳なさそうにうなだれる。
「い、いえ、それはまだ。も、ももっと尽力いたしますんで……そうではなくてですね、あ、あの……ドクトルがお呼びです。この後、開発室に来て欲しいと」
「ドクが? 呼び出すなら、直接コールしてくれれば良いのに」
「い、いえ。それがですね、その……そちらの方だけ、きき来て欲しいそうです」
思わずハルも「えっ」と声を上げてしまった。
間違いなく、ノマドの視線は彼に向けられている。
「え、俺ぇ? なんでまた。しかも一人で?」
「はい。たた確か、あなたはまだ、専用の通信チャンネルを保持していない、とのことで……」
これに対し、リノアはようやく合点がいったようだ。
「あぁ、なるほど。ハルの端末はあくまで仮登録されたものだから、直接のコールができないのね」
「ドクって確か、俺にヴォイドを見せてくれた、あの爺さんだよな?」
「ええ。本名はドクトル=ヴァージニア。いくつになってもロマンを追い求める、熱血漢よ。まぁ、見た目はちょっと怖いけど、良い人だから。安心して」
また妙な展開になってきた――もう何度吐いたか分からないため息が、また一つ、不安をかき消すように音を立てた。
***
リノアに連れられ、ハルは研究室を後にする。
時刻は昼前というだけあって、通路のガラス壁からは陽光が差し込んでいた。
一面の荒野と岩場が外には広がっている。
本来はもっと日差しが強いのだが、遮光繊維を組み込んだガラスが光を自動的に調整し、有害ではないレベルまで抑えてくれていた。
「本当、なんにもないところだな、この辺は」
「もともと、作物も育ちにくい辺境の土地なのよ。大昔、先住民のキャンプがあったくらい。普段は人なんて立ち寄らないわ。最寄りの都市に行くだけでも、ヘリがなければどれくらいかかることか」
「へえ。じゃあ、あの街は立地最悪だな。あんな場所の家、買い手がいないぞ」
この一言に、リノアがあはははと甲高い声で笑う。
すれ違ったDEUS隊員がハルの異形の姿を見た後、無邪気に笑うリノアに視線を移していた。
「確かに確かに! あそこで住んでいくのは難しそうねぇ。食べ物もないし、いるのは怖い怪物ばかり。お金を積まれたって住みたくないかもね。仮に外とを繋ぐ飛行機があったとしても、私はごめんよ」
「ああ、そうか。乗り物酔いだっけか、あんたの場合」
モノクロームへ赴く際の輸送機の中で、リノア自身から教えられていた。
あの時も彼女は、酔い止めを普段の2倍服用していたらしい。
そんなことで単純に効果が上がるかは謎だが、曰く「まずは気持ちから」なのだとか。
「ハルはそういうのなさそうで、羨ましいわ。それどころか、あんな巨人と戦えるくらいパワフルなんだもの。憧れるわね」
「あんた、随分と能天気だな。怖くないのかよ。DEUSのやつらからすれば、まだ俺は危険人物なんだぞ」
「私、人を見る目だけは自信があるからね。前も言ったけど、あなたは良い人よ、きっと」
きっと、という予防線を張るわりには、強く言い切るものだ。
その自信の出所がハルには分からず、言葉を失う。
リノアに案内される形で、またいくつものセキュリティロックを解除し、ようやく目当ての開発室に辿り着く。
なんでもドクが活動しているのは、基地の中でも機密情報が多く保管されている“作戦セクター”と呼ばれる区画らしい。
以前、ハルが目を覚ましてすぐ連れられていった作戦室も、同じエリアに存在している。
「ここにいるはずよ。一体、なんの用事があるのかしらね……私も同席したいところなんだけど、あいにくちょっとミーティングが控えてるのよ。ここからはあなた一人でお願いできるかしら」
「お、おい。それじゃあ、どうやって元の所に戻るんだよ。セキュリティなんて開けれないぞ」
「う~ん、まぁその辺りは、ドクがうまいこと手配してくれるんじゃないかしら? じゃあ、また後でね。すぐに作戦が動く気配もないから、少しだけゆっくりすると良いわ。あ、ドクによろしく言っておいて」
戸惑うハルを残し、リノアは軽快にその場を立ち去った。
手を振りながら離れていく彼女を、引き止めることすらできない。
揺れる緋色の長髪を眺め、しばらく立ち尽くしてしまった。
不思議な女性だ――未知の場所に放り出されてしまったものの、気を取り直し、開発室のドアをくぐる。
大きな鉄の扉が自動で開き、戸惑いながら進むハルを迎え入れてくれた。
部屋に入ってきた彼を待ち構えていたのは、老人の大きな声であった。
「おーーう! 良くきたな、白いの!」
びくりとたじろぎ、後ずさりしてしまう。
見れば、老人は奥の作業テーブルからこちらに手を振っている。
招き入れられた“開発室”は、以前見た作戦室のそれよりも遥かに散らかされている。
部屋自体は大きな作業台がどかりと置かれ、周囲を金属製の棚が取り囲むシンプルな作りなのだが、片付けられていない工具やらパーツの一部やらが足場を埋めていた。
完全に怖気付いてしまったが、それでもなんとか転ばないように歩み寄る。
ドクこと技術長・ドクトルは、豪快に笑いながらハルを迎え入れた。
「ど、どうも……」
「聞いたぞ聞いたぞ。お前さん、ヴォイドと素手で殴り合ったんだとかなぁ?」
またそれか――と、一瞬うんざりしてしまう。
ドクのぎらぎらした眼差しがどこか
後ろ頭をかきつつ、煮え切らない返答を投げる。
「あぁ、まぁ……そうだけども」
「かぁー、とんでもねえやつだな! あの化け物は姿形こそ黒い動物だが、戦闘力は桁違いなんだぜ。うちの隊員達はどいつも、“強化リシニウム”を使った合成ラバーのプロテクトスーツを着用させてるんだが、奴らの牙や爪はそれすらずたずたにするってのによ」
なんだか難しい名前を持ち出され、混乱してしまう。
見れば机の上には、昨日までハルが着用していた戦闘服が置かれていた、ヴォイドとの攻防で大破したままだ。
「そんなに丈夫なのか、この服は」
「おうともさ。本来なら、ハンマーでぶっ叩かれても衝撃を吸収して無効化できる代物だぜ。マチェットや小口径の弾丸だって耐える。まぁ、限度はあるにしろ、獣の爪や牙じゃあまず通らねえ」
素直に感心し、「へえ」という声が漏れる。
ハルの反応が心地良かったようで、老人は嬉しそうに笑った。
彼は机の上に横たわる、ぼろきれのように刻まれた戦闘服を指差す。
「それがどうだい、この有様だ。ひでえもんだよ。だけども、それを着てたやつは生きてるってんだから、まぁ驚いたね。その上、ヴォイドを素手で倒したとなりゃあ、こいつは一大事だ」
「全部、この妙な体のおかげだよ。俺自身、なんでこんな力があるかは分からないんだ」
ドクは椅子に腰掛けたまま、
彼の背後に見える愛用のデスクの上も、とにかく汚れていた。
モニターが3台連なり、様々なデータが浮かび上がっている。
設計図のようなものから、おそらく隊員と利用しているチャットツールのようなものまで、様々だ。
それでいて随分とジャンクな食べ物が好きなようで、特に炭酸飲料の空き缶は山のように積まれてある。
歳を重ねようとも、ドクという男が肉体に宿した躍動感はまるで錆び付いていない。
ただ、そんな彼に期待されても、ハルにはそれに応えるだけの情報を持ち合わせていなかった。
なんだか調子が狂い、思い出したように彼に謝る。
「悪かったよ。せっかく貸してくれた服、お
「良いってことよ、この程度! 道具なんざ、また作りなおしゃ良いんだ。DEUSの――特にゼノが率いる部隊は荒事が多いからなぁ。修繕修理なんざ日常茶飯事だ」
「あいつらの持つ装備も、あんたが作ったのかい?」
「おうとも。対ヴォイド用の特殊兵装だ。あれらを作り上げるのに、苦労したんだぜ」
ハルもかつて説明された内容を思い出す。
ヴォイドに通常の弾丸や砲弾、火器での攻撃は効果が薄い。
奴らの持つ耐久性と圧倒的な再生力から、通常の兵器では分が悪いのだ。
そこで開発されたのが「アンチ・ヴォイド・メタル(AVM)」と呼ばれる特殊な物質だ。
確かそれも、このドクという老人が生み出したと聞いている。
「すごいもんだな。俺は記憶はないけど、兵器って言えば銃や爆弾の
この一言に、ドクの目がカッと見開かれた。
その予想外の反応に、ハルは後ずさりしてしまう。
「な、なんだよ……?」
「いやぁ、お前さん、見る目があるね。そう、その通り! ゼノ達が使ってる道具はどれも、俺が開発した最高傑作さ。今後量産することができりゃあ、とんでもねえ戦力になると見込んでるんだ」
たじろぎ、「はあ」と返事をするハル。
なにやら彼は、手元の資料とハルの全身をくまなく見渡していた。
その鋭い眼光でなにかを分析しているのだろう。
鋭さの中に、なにかに期待するような
ハルにとっては、どうにもその眼差しが苦手でならない。
たまらず、単刀直入に問いかけてみた。
「あのさ、一体なんでわざわざ俺なんかを呼んだんだよ?」
「おお、そうだったな! いやぁ、お前さんに興味が湧いたもんでよ」
「興味?」
「ああ。なにせ俺らはこの基地に缶詰になって、それこそ延々、ヴォイドって化物を倒すことばかり考えてきたんだ。いわばDEUS隊員の兵装ってなぁ、俺らが作り出した知識と努力の結晶よ。そんな中、生身でヴォイドと戦える人間が出てきたっていうんだから、こいつは一大事だぜ」
そんな興味本位で呼びつけただけなのか、と一瞬ハルはため息をつきそうになってしまう。
だが、ドクの言葉で眉をひそめた。
「どんな奴かと思ったんでこうして会ってみりゃあ、随分と話の分かるやつだ。それにデータも申し分ない――うん、“合格”だ。お前さんなら、きっと“こいつ”を使いこなせるぜ」
合格、こいつ――様々な謎の単語に、真剣な眼差しを向けてしまう。
ドクはまず、肘までを覆う奇妙な“手袋”を装着した。
きっとこれもまた、特殊な機能を持った装置なのだろう。
手の甲の大きなスイッチを押すと、“キュゥゥ”という微かな起動音が聞こえた。
しばらく指を開閉し、感触を確かめてから次の工程に移る。
続けて老人は、デスクの脇に置かれた小さなケースを取り出す。
なにやら慎重に持ち上げ、ゆっくり机の上に置いた。
蓋が開けられると、ハルも中を覗き込む。
「なんだいこりゃあ? なにかの部品かい」
ケースの中に入っていたのは奇妙な“グリップ”だ。
一見すると“剣の柄”のようにも見えるが、肝心の刀身がない。
銀色の
ドクはそれを嬉しそうに持ち上げ、ハルに手渡す。
「おら、受けとんな。そいつを握って、構えてみろよ」
「構えろって……どう使うのが正解なんだ、これは」
「こう、剣を振るような感じに、だな。良いからやってみろい」
ニコニコしながらドクは指示を下す。
隙間の空いた少し歪んだ歯が、口元に覗いていた。
理由は分からないが、とにかくハルはそれを受け取り、思いつく“剣”の構えを取ってみた。
グリップを両手で握り、前に向ける。
なぜか小さな物体のはずなのに、やけに重たく感じた。
「良いねえ、サマになってらあ」
「なんだよ。剣士ごっこの道具か、これは?」
「とんでもねえよ、そいつはまだ試作品だが俺の自信作なんだ! うし、そのトリガーを引いてみな」
いまいち老人の思惑が理解できない。
首を傾げつつ、とにかく今は言う通りに黙ってトリガーを引いた。
瞬間、鍔のように見えていたギミックが、“かしゃり”という音と共に展開する。
驚くハルの目の前で、開いた鍔の中からなにやら黒い液体のようなものが宙に伸びていった。
思わず「うぉお!?」と声を上げてしまう。
たじろぎつつも、暴れるグリップを必死に掴み取っていた。
液体はすぐに固体へと変化する。
グリップから立ち昇ったそれは、すらりと伸びた一本の刃を作り上げていた。
ハルの手にはいつの間にか、巨大な剣が握られている。
真っ直ぐで肉厚の刃を持った一刀だ。
自身の身の丈ほどあるそれを、ハルはなんとか腕力で支えたまま
刀身が出現したことで重心がずれ、落としそうになってしまった。
「な……なんだ、こりゃあ?」
そんな情けない一言を吐くのが精一杯である。
真っ黒な刀身をまじまじと見つめると、間抜けな白い顔がそこには映っていた。
乾いた拍手の音で、ハルの意識は引き戻される。
老人は目を爛々と輝かせ「ブラボー!」と声を上げていた。
「さっすがスーパーマン! ブレード展開にも耐えきったな」
「なんだよこれ、どうなってんだ?」
「試作品だよ。俺らが開発した『AVM』って金属の派生版ってやつだ。こっちはすげえぞ、なにせナノマシン融合型の液体金属なんだからな!」
「どういうことだよ、そりゃあ。このでっかい剣が液体?」
戸惑う姿を見て、ドクはかっかっかと意地悪に笑った。
「普段は柄に液体として保存してるんだが、トリガーを起点に展開、拡張、形成、固着する性質を持ってんだ。持ち運びも便利だし、それでいて強い。これを『リキッド・ハイランク・アンチ・ヴォイド・メタル・ブレード(LHAVMB)』と名付けたわけだ!」
長えな、おい――心の中で呟きつつも、その目は握りしめた剣へと注がれていた。
「と、とんでもない武器だな、そりゃあ。これが、あんたの言う自信作――でも、試作品だって?」
「おうよ。なにせそいつには、重大な欠点がある。“重い”んだわ、これが。どうしても強靭さを優先しちまうと、重量が気になっちまう。そこらの鉄の塊よりは遥かに軽いが、つっても俺達のようなただの人間には振り回せねえさ」
えっと声を上げるハル。
おもむろにトリガーをもう一度引くと、また刃は液体に戻り、柄の中へと収納されてしまった。
確かにずっしりと重さは伝わってくるが、それでもハルにとってはそこまでの重量があるようには思えない。
これもきっと、“超人”の腕力だからこそなせる技なのだろう。
驚いているハルに、ドクは先程から身につけているグローブを指し示す。
「老いぼれにゃあ、運ぶことすらできねえよ。だからこうして、パワーグローブ――まぁ、“腕力増強装置”だわな――こいつを使わにゃ、扱いすらできない欠陥品さ。だからこそ、お前さんになら使いこなせると思ったわけだ」
にわかに、ハルにも理解できつつあった。
この
つまるところこの“変幻自在の剣”は、怪力を持つハルじゃないとまともに持ち上げることすらできないのだろう。
いかに画期的で強力だろうと、それを使いこなせないのでは道具として意味をなさない。
筋力を増強するパワーグローブを脱ぎ捨て、ドクはまた笑う。
「いやぁ、良かった良かった。試作品と言えどかなり渾身の出来だったから、こいつを腐らせたくはなかったんだよな。使ってくれるやつがいて、一安心だ」
「ちょっと待てよ、これくれるのか? 良いのかよ、俺みたいなのに勝手に武器渡しても」
「問題ねえさ、ちゃんとそいつにだって生体認証機能はついてんだ。悪事に使えば一発でバレるし、そもそも人間襲おうとすりゃあ監視AIが即座に機能停止させる」
痛快に笑うドクだったが、いまいちハルの言いたいことが伝わっていないように思う。
あのリノアという女性もそうだったのだが、なぜそこまで得体の知れない自分のことを信用するのか。
その理由は、ドクが放った次の一言で見えてきた。
「お前さん、リノアともう一人――女の子守ったそうじゃねえか。しっかり聞いてるぜ」
「守っただなんて、そんな……ただ必死に、怪物の相手しただけだよ」
「それが“守る”ってことさ。実際、リノアも無傷で生還してる。お前さんと違って、あいつなんて生身の人間だ。ヴォイドの手にかかりゃあ、一撃でお
笑ってはいるが、ドクの眼差しに宿る光はどこか真剣だ。
ハルは手渡された武器を下ろし、静かに言葉を待つ。
「お前さんの過去は知らねえ。その正体も知らねえし、街でなにしてたかも知らねえ。ただ、リノアが言っていたことは良く分かるぜ。お前さんは良いやつだ」
「あんたまでそれかよ。よしてくれって、そこまで善人だって保証はない。俺自身、自分が分かんねえんだから」
「けど、怪物を目の前にお前さんは守り抜いたじゃねえか。動機や気持ちがどうであれ、
そんなもんなのか――なんだか気が抜けてしまい、目を丸くしてしまう。
人が人を信じるという行為に、どうもハルは実感が湧かない。
きっと、そういう性格なのだろう。
なにが過去にあったかは謎のままだが、他人をやすやすと信用する気にはなれない。
「あのリノアって娘な、俺はあいつの親父さんの知り合いだったんだ。あの娘がこんなチビだった頃からよ」
「そうか、確か父親が学者だって言ってたな。そういう繋がりだったんだな、あんたら」
「親父はそらもう、俺らからしたら“大天才”としか言いようがねえやな。だから、時々話が分かんねえんだ。それでも不思議なもんで、嫌味がねえんだよ。周りを惹きつけるなにかこう、魅力があったんだろうな。あのリノアって娘はその気質をちゃんと継いでる。知らず知らずのうちに、あの娘に周りが動かされていくんだ」
それにはハルも覚えがある。
DEUSという軍隊の中にいながら、リノアはまるで弱みを見せることもなく、必要以上に下手に出ることもない。
常に凛とし、奔放に、ポジティブな姿勢を貫いている。
「けどまぁ、だからこそ止めれるやつがいねえ。つい突き進みすぎちまうんだ。そんな悪いところまで、親父さんに良く似ちまってよ」
ここで初めて、ドクはどこか寂しげな表情を浮かべた。
その絶妙な変化を察してはいたが、詳細までは汲み取ることができない。
すぐに老人は不敵な笑みを取り戻す。
「あの街のこともそうだが、あの娘はお前さんの記憶についても取り戻す術をあれこれ考えてる。幸せ者だぜ、お前さんは。だからせめて、なにかあったら力になってやりな。とんでもねえパワーを持ってるなら、使わないと損だぜ」
それがきっと、ドクがハルを呼びつけた最大の理由なのだろう。
言うだけ言って、彼は愛用の椅子にどかりと腰掛ける。
パワーグローブを雑に放り出し、再びモニターへと向き直った。
「俺からはそんだけだ。その“傑作”、大いに役立ててくれよぉ。あぁ、別エリアに続くドアのロックは、お前さんの端末でも一時的に通れるようにしてやるから、安心しな」
背中を向けたまま、ぶんぶんと手を振るドク。
呼びつけておきながら、今度は早々に帰れということなのだろう。
なんとも身勝手な姿に、呆れてため息が出てしまった。
だが一応、ハルに新たな戦う術を与えてくれたのだから、感謝はすべきなのだろう。
グリップだけになった“剣”を、腰のホルスターに取り付ける。
やはり相当な重量があるようで、ベルトがぐいと引っ張られた。
戦闘服の頑強さがあるからこそまだいいが、一般的なベルトなどに引っ掛けた途端、引きちぎれてしまいそうである。
とんでもないものを作るものだ――それでもハルは最後に、背を向ける“開発者”に向けて軽く頭を下げた。
なんとなくだが、それでも礼儀は捨ててはいけないと思う。
「ありがとう。その時が来れば、役立てるよ」
そんな簡潔な言葉を最後に、ハルはおとなしく部屋から出ていく。
自動ドアが開くその音に、ドクが背を向けたまま放った一言が、かき消されてしまった。
あの娘を頼んだ――ハルの聴覚が、かすかな揺らぎを感知して立ち止まる。
だがドクは何事もなかったかのように、変わらずモニターを眺めているのみだ。
気のせいではない。
だとしたら一体――だが、モニターに向かう老人に、それ以上言葉を投げることができなかった。
腰にぶら下げた刃持たぬ剣が、かすかに揺れて音を立てた。
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