命の恩人
「ぅぉぉぉおおおッ!!何でもいいッ!彼のこの炎を消してくれェェェッ!!」
剥き出しの刀身を握りしめ血に染まった手を、ツクヨは魔力を込めて振り抜いた。だが、彼の拾ったその剣は刀剣としての働きしかしなかったのだ。
振り抜いた刀身は黒炎を通り過ぎただけ。それ以上でも以下でもない。しかしツクヨはその結果に驚愕した。確かに彼はスキルを使い剣を振るった。筈だった。なのに何の反応も起きないことに違和感と驚きを隠せなかった。
「なっ・・・何でだょ。何でッ!?こんな時に何も出来ないなんて・・・!」
落ち着いた様子の人間だとツクヨのことを認識していたアズールは、突然声を荒立てる彼に視線を向ける。しかし目の前の相手にいく手を阻まれ助けに向かうこともできない。
「何じゃ、獣は浮気性なのかえ?」
「黙れッ・・・!お前に性別などねぇだろうがッ」
「何じゃ、生殖機能の話か?ふふふ、そんな快楽を交えた下賤な行為などせずとも・・・ホレ!この通りじゃぁ!」
そういうと蛇女は自らの尻尾を振るい、その鱗をアズールの周りに弾丸のように放つ。床に突き刺さった鱗は徐々に動き出し生物の形へと変貌する。彼女が放った鱗の一つ一つはラミアというモンスターに変わり、アズールを取り囲む。
「気持ち悪りぃ繁殖しやがって・・・。そういう事言ってんじゃねぇのんいよぉ」
「人間は好みじゃないのかえ?なら今度は獣のラミアでも作ってみようか!ぁ!?アハハハッ!!」
「・・・貴様はやはり、ここで殺しておかねぇとッ・・・!!」
自身の種族ですら実験道具としか考えていない蛇女に、アズールは吐き気を催す程の嫌悪感を抱く。囲んでいたラミアの一体を殴り気絶させると、そのまま尻尾を掴み母体である蛇女に向けて投げつける。
それを彼女は風の刃の魔法で、投げつけられたラミアごと粉々にして吹き飛ばす。肉片と血飛沫の中、一斉にラミアがアズールへと襲い掛かる。
錯乱したように見えたツクヨの事など心配している場合ではない。この場において最も冷静で唯一戦える者は、最早アズールしか残っていない。蛇女がツクヨとシンを放置しているのが唯一の救いだった。
もう手遅れとでも思っているのだろう。完全に彼らへの興味が削がれているようにアズールには見えた。このまま蛇女の注意を引きつけ、意識を取り戻したツクヨと瀕死のシンが無事でいることを祈るしかない。
再び研究室が荒れるほどの戦闘を再開するアズールと蛇女。その端で、何とかしてシンのボロボロの身体を焼き尽くそうとする黒炎を消そうと試みるツクヨだったが、彼は自分自身でもその炎の性質を理解していなかった。
黒炎は触れればそのものにも引火し、同じく燃やし尽くす。魔力を使ったスキルでも、ただの剣技でもシンの身体に引火した黒炎は消えなかった。痛いはずなのに、苦しい筈なのに声を押し殺しツクヨを不安にさせまいと耐える姿が、察しのいいツクヨには手に取るように分かってしまった。
だからこそ冷静ではいられなかった。命懸けで助けてくれた仲間が自分に不安を与えないように死という恐怖と戦っている。自分よりも幼い者の決死の覚悟を見て、ツクヨは遂に剣を捨て自らの腕で黒炎を消そうと試みていた。
「シン!シンッ!!必ず助けるから!必ず助けてやるからッ!!」
だが、彼は重要なことを見落としていた。彼が拾った剥き出しの刀剣が、彼の手で魔力とは違う力を宿していた事を。それを気付かせたのは、彼の意識の中で彼を正気に戻したダマスクの声だった。
「おい・・・。おいッ!しっかりしろ。冷静になれ」
「なれるか!!こんなものを目の前にしてッ!このままじゃシンがッ!!」
「お前の捨てた剣をよく見てみろ。それ・・・お前の持ってた変な剣と同じ反応をしてた・・・」
脳内に直接聞こえてくるダマスクの声は、床に転がる先程ツクヨが投げ捨てた剣を見るように呼び掛けている。忙しい時に何も役に立たなかった剣にどんな変化があったのか、興味など微塵もなかったがツクヨを救ってくれたのはシンと彼の意識の中へ入り込んだダマスクのおかげだ。
命の恩人の助言を無碍にも出来ない。ツクヨはチラリと投げ捨てた剣の方をみると、それは青白いオーラのようなものを纏い、刀身は黒く変色していたのだ。
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