死の理由が知りたくて

 一連の出来事の一件で、ツクヨは仕事を休んでいた。だが結局、そのまま彼は大学卒業後に就職した会社を辞めてしまい、家族の為に稼いだ貯金を使いながら静養の日々を過ごしていた。


 と、周囲には認知されている。


 しかし実際は、難航している警察の捜査に痺れを切らし、独自に犯人の手掛かりを追い始めていたのだった。当然、素人の彼に犯人の痕跡や手掛かりを調べる事などはできる筈もなく、彼が最初に頼ったのは信用できるかどうかも分からない探偵だった。


 持ちうる情報と警察との会話の中にあった手掛かりと、現場の状況や当日の自宅周辺の状況など、話せることは全て話した。だが、結局はそれも警察が先に調べたことに過ぎず、一介の探偵では警察組織以上の捜査など出来るはずもなかった。


 聞き込みの中で得た情報の中には、信憑性に欠けるが警察の捜査では得られなかった情報を耳にする。更には街の警備ドローンをハッキングし、監視映像を使って脅しを行うハッカー集団とのコンタクトを図り、事件当日の映像の事を調べ始めた。


 必死に懇願するツクヨに、そのハッカー集団は高額な報酬を要求してきたが、漸く掴んだ犯人の手掛かりに出し惜しみはしなかった。騙されているだけかもしれないと知りつつも、藁にもすがる思いで貯金していた金を使った。


 当日、ツクヨの自宅周辺を飛んでいたドローンの映像は消されていた。犯人は少なからずハッキングの技術を有していた人物であることが分かる。だが、彼が頼ったハッカー達によればお粗末な仕業ぶりだったらしく、別のドローンに当日の犯人の様子が残っていたのだ。


 情報を商売にしている彼らは、自分達の縄張りで行われているハッキングを調べる手段を持っているらしく、警備ドローンがハッキングされたのを知ると、彼らの別のドローンが警備ドローンになりすまし、当日の映像を記録していたようだ。


 そこで得た犯人の姿を元に、犯人の足取りを追う。最初に頼ったハッカー集団の縄張りの外へと逃げ出していた犯人を追う為、ツクヨは彼らに紹介された別の組織の元へと向かう。


 次に頼った組織は、ただのハッカー集団とは違い過激な犯行にも及ぶ危険な集団らしく、暴行や強盗、人攫いなども請け負うような危険な者達だった。それでも、失うものを無くしたツクヨにとっては、犯人を捕らえることが全てだった。


 その後どんな事があろうと、もはやどうでも良くなっていたのだ。ただ妻

と娘のため、どうして殺されなければならなかったのか、その理由を知るためなら命すら惜しくはなかった。


 犯人の行方はすぐに判明した。ツクヨ家を襲撃し二人の命を奪った犯人は、何事もなく平然とした暮らしを送っていた。悪びれるような素振りもなく、反省の色もない。


 犯人にとっては他愛のない日常の一環でしかなかったのだ。笑みを浮かべる犯人の映像を見た時、ツクヨはこの世の不条理を体感した。家族を奪われ、生きる希望を失くし、死んでしまいたいとすら思う地獄の日々を過ごす者もいれば、人を殺し平然と人並の幸福に満たされる者もいる。


 ツクヨは耐え難い感情に突き動かされ、頼った危険な組織に頼み込み犯人の拘束と誘拐を依頼した。出された金額に気分を良くした組織は、ツクヨの心情を汲み取り望むのであれば人目に付かぬ場所と、拷問の道具も提供する事ができると彼に伝えた。


 彼がその申し出を受けたのかは、想像するに容易い事だった。家族と共に過ごしてきた日々、過ごせなかった日々。二人に貰った幸せな時間と、失ってからの地獄のような日々。


 両極端な感情に挟まれ、常人の判断力と心を失っていたツクヨの目の前には、気付けば拘束された犯人の男が、既に組織の者達に痛ぶられたようで多少反省の心を持ち合わせていたのか、何やら言葉を連ねていた。


 机に並べられた様々な趣向を凝らした拷問器具が並んでいる。その側に立っている組織の男が、嬉しそうな表情を浮かべながらオススメの道具の説明をしているようだが、ツクヨの耳には入らなかった。


 自分の行いに、こうなってしまっても仕方がないといった様子で、悪びれる素振りもなく解放するようツクヨに呼びかける犯人の男。その男が口走ったとある言動が引き金となり、彼の内に宿った悪魔を呼び覚ます事になってしまう。


 それまで何を耳にしても頭に入らなかったツクヨは、犯人の口にした信じられない犯行を聞き一変する。聞くに耐えない残虐な行為の真相を知り、これまで沈黙を貫いていたツクヨの意識の中へ入り込んでいたダマスクが、思わず動き出すほどの一大事。


 この出来事がツクヨを壊した出来事で間違いない。そこを漬け込まれ、彼の中に眠るもう一つのクラス、デストロイヤー を覚醒させてしまったのだ。


 原因を突き止めたダマスクは、これ以上他人の過去に干渉するつもりはないと、ツクヨに掛けられた何らかの作用を解除する為、ツクヨ本人に呼び掛ける。


 だが、ツクヨの中で再生される記憶の映像は、ノイズが走るだけで止まる事はなかった。彼自身がそれを拒んでいる。或いは制御の効かない状態である事を知り、ダマスクはアズールの身体を乗っ取ろうとしたように強硬手段へと踏み切る。

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