戦鬼、夢幻に惑う

 ガレウスを取り囲んでいる獣達は前屈みになり項垂れた様子で、不気味に立ち尽くしている。表情は見えないが、その見た目はこれまでの獣達よりもより一層彼ら獣人族と同じような姿になっていた。


 「何だッ・・・いつの間に現れたッ!?」


 「・・・?」

 「ガレウス?」


 索敵能力に強い自信があった訳ではないが、他の者達に比べれば頭ひとつ抜きん出ているガレウスであっても、気づかぬ内に囲まれているなどという状況は彼にとって常軌を逸したものだった。


 そして何よりガレウスを戸惑わせたのは、その者達の姿が同じ獣人族の姿をしており、尚且つ彼の嘗ての戦友達の身に付けていた装飾品や傷跡などを携えていた事にあった。


 動揺した様子で周囲を見渡すガレウスに、疑問の表情を浮かべる側近の獣人達。彼のおかしな様子を目の当たりにしていたのは、ミアやツクヨも同じだった。


 種族間で何か違いがある訳ではない。明らかにガレウスという人物にのみ見られる様子の変化とみて間違いないだろう。だが、何故ガレウスの様子が変わったのか、他の者達が理解することは出来なかった。


 この現象は別の場所で別の人物にも訪れたものだった。それは肉体強化を完了させ悍ましい姿へと変貌した魔獣と戦ったアズールだ。彼もまた、本人にしか分からぬ体験をしており、他の者達には彼の目に何が見えているの理解できなかった。


 結果として、それは魔獣の身体から噴き出した返り血による幻覚作用であるのではないかとケツァル達は考え、洗い流すことでアズールを襲っていた幻覚は取り除かれる結果となった。


 そして今まさに、アズールと同じ現象がガレウスの身にも起きていた。ゆっくりと前足を上げて立ち上がる獣達の顔は、ガレウスが装飾品や傷跡から想像していた嘗ての戦友達と瓜二つの見た目をしていたのだ。


 魔物のように鋭い目つきに加え、真っ赤な眼光をガレウスへ向ける。取り囲んでいた獣人達一斉に動き出し、ガレウスへと飛び掛かっていく。動揺はしているものの、そこは流石武闘派と言われるガレウス。周囲の動きを瞬時に見極め、素早い動きでこれを捌いていく。


 しかし、魔物と大差のない獣達を相手にしていた時とは打って変わり、ガレウスから彼らに手を出すということはなかった。嘗ての戦友の姿に惑わされ、彼の豪快な戦闘スタイルが発揮できず、避けるばかりで防戦一方となっていたのだ。


 「どうしちまったんだよガレウス!?しっかりしてくれ!」


 様子のおかしいガレウスに必死に呼びかける側近の獣達。しかしガレウスは彼らの言葉が聞こえていないのか、全く耳を傾ける様子もなければ、反応すらない。


 それに加え、よく彼の動きを見ていると無駄な動きが各所に見られる。まるで彼にだけ見えている攻撃を避けているかのような。これも攻撃を見極め、無駄のない動きで躱す彼の技量からは想像もできないことだ。


 長らく側近を務めてきた獣人達は勿論のこと、今初めてガレウスの戦闘を目の当たりにしていたミアやツクヨですら、それまでとは違う彼の動きに違和感しか感じていなかったことだろう。


 「よせ!俺だ!分からないのか!?ガレウスだ!皆、どこにいたんだ?ずっと探していたんだ。人間に何かされたんだろ?すぐに治せる薬を作るよう催促してやる。だから戻って来い!」


 「何と話してるんだ?」

 「分からん。だが“探していた“や“戻って来い“なんて、まるで知り合いにでも掛ける言葉のように思えるが・・・」


 側近の獣人達が疑問に思っていたように、ツクヨとミアも既にガレウスが何らかの状態異常に掛けられているのではと予想していた。周りに気付かれぬよう、声を出さずにやり取りできる彼らユーザーだけの機能である、メッセージを使って言葉を交わす。


 《ガレウスは何らかの状態異常ってやつに掛かってるんじゃないか?》


 《だろうな。だが今のアタシらにそれを解除する手段はない。戦力としても、今奴に消えてもらわれては困るからな・・・。取り敢えず周りの獣達を早急に何とかしよう》


 《分かった。ちょっとだけ無茶をするけど、サポートをお願いできるかい?》


 《任せておけ》


 二人はそこでメッセージを終了する。そして、宣言通りツクヨが動き出した。武器を布都御魂剣へと持ち替えて目を閉じる。獣の力によって強化された気配を見る力が加わり、これまでのオーラのような靄という形ではなく、ハッキリとその対象の姿が瞼の裏に映し出されていた。


 「これはッ・・・なるほど、悪くないね」


 図らずとも強化された力に、どれ程の力を発揮できるかと心を躍らせるツクヨの表情は、この危機的状況の中でも自ずと目論み通りに事が運んだ時のような不敵な笑みへと変わっていた。

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