払拭の機会

 自身の思いの丈をアズールにぶつけたケツァルは、獣人族がアジトとしていたリナムル奪還に向けて、彼の如何なる指示にも従うことを約束した。


 これは、ケツァルの本心を図りかねている相手に対して、とても危険な条件だと言えよう。獣人族の彼らと同じ気配を持つ獣。そしてまるで知性を持っているかのように、気配を殺して潜んでいる様子から、正面から立ち向かったのでは分が悪い戦いになる。


 それこそ対象を個別に誘い込む為の囮役や、犠牲になる者を用意しなければならない。本来ならば、人間を憎む彼らはシンやダラーヒムにその役目をさせようとするだろうが、今回ダラーヒムは憎き仇の人間がいるという場所の情報源であり、今はまだ失うわけにはいかない。


 囮としての候補に上がるのは、必然的にダラーヒムの証言を確かめる為の人質であるシンになるところだが、ケツァルはそれを踏まえての事か、自身の身の潔白を証明する為か、シンよりも立場の悪い位置に自ら身を投じたのだ。


 「そうか・・・。ならばお前に命じる。この難局、お前の采配で乗り切って見せろ。お前の覚悟が如何なるものか、俺自身が駒となって確かめる」


 「アズール!?」

 「正気か!?何故アンタがそこまで・・・」

 「信用するにはまだ・・・」


 アズールの決断に、周囲の者達も黙っていなかった。彼が信用しようとしても、他の者達はケツァルのことをまだ信用し切れてはいない。中には友人や家族の死が、ケツァルに関係しているかもしれないという噂を聞いた者もいる。


 そんな人物に身を任せるなど、到底理解できることではない。誰しもケツァルに対するアズールの思いに共感している訳ではない。それぞれの思いや考えがあり、納得した上で今までアズールに従ってきた。


 それは人間を憎むという共通した志があったからだ。ただでさえ人間を気遣い、ここまで運んできたケツァルを信用しきれていない状況で、アズールの指示に従える筈もない。


 「少なからず、今までの我々の体制が順調であったのはケツァルの助言があってこそだ。その中で不当なレッテルを貼られても、コイツが直接的に我々の未来を脅かす決断をしてきたとは、俺は思わない。無理強いはせん。己の判断で従うか否かを決めろ!」


 アズールは納得のいかない仲間達に、命令することはなかった。ただ、自分で決めた決断の責任は自分で取る様にだけ言い伝える。彼なりにケツァルが指揮をとりやすいように、余計な真似をさせないという抑止を掛けたつもりだったのだろう。


 「この通り、お前を信用していない者も多い。故に危機的状況にある同胞達を少しでも多く救い、自らの信用を勝ち取って見せろ」


 「・・・・・」


 従わぬのなら黙って見ていろ。そう言わんばかりのアズールの言葉と、今も尚伝わってくる、戦場で弱まりつつある仲間達の気配に、ケツァルを疑う獣人達は何もできない事をもどかしく感じている。


 そして、そんなアズールの言葉を後押しするように声を上げたのが、ダラーヒムとシンだった。


 「駒なら俺もいるぜ?どうせ逃すつもりもないんだろ?なら協力してやる」


 「俺もだ。あそこには仲間がいる・・・。今の俺が役に立つかは分からないが、できる限りのことはするつもりだ」


 同じ獣人である仲間達よりも先に声明を上げたのが、彼らの憎む人間であったことに、アズールは込み上げてくる笑いが抑えきれなかった、片手で額を抑えながら小さく肩を揺らしていた。


 「手駒が獣一匹と、信用ならざる手負いの人間二匹とは・・・。これは参謀としての腕の振るいどころだな、ケツァル」


 「何を呑気な・・・。ふん、だが心強い。こんな私にも信用してくれる者がいるというのは。期待に応えて見せよう。そして必ずリナムルを奪還する!」


 協力者を得たケツァルは、早速近場で戦う同胞達を助ける為、アズールとシン達を使った作戦を取り始める。


 先ずは戦闘能力を熟知しているアズールを同胞達の元へ向かわせ、彼らの救助と時間稼ぎをしてもらう。単身で化け物と化した獣達が潜む森を、シン達やダラーヒムでさえ惑わされた獣人族特有の気配消しを利用し、最速で向かうアズール。


 あわよくば、彼一人で救助と獣の対峙を同時にやってのける事を期待しつつ、シンとダラーヒムには森に潜む獣を個別に誘き出し、一匹ずつ始末していく算段を伝える。


 ただ、戦闘能力に関して未知数の彼らと、その上負傷しているダラーヒムと獣の力に慣れておらず、あまり戦力にならなそうなシンの二人に加えたケツァルの三人では、戦闘に長けた獣人族複数が苦戦する化け物相手に、真正面から三対一で挑んだとしても勝機はない。


 作戦を伝えおえると、ケツァルは仕留める方法について悩み出す。あまり時間をかける訳にもいかず、負傷者と状態異常を持った者を抱えたまま強敵を瞬時に仕留める策はないかと悩んでいると、アサシンとして暗殺術に長けたシンが、とある提案を持ち出した。


 ケツァルの戦闘能力については知らないが、ダラーヒムがミアと同じ錬金術を使える事を考慮し、自身が持ち得る可能性を提示したシンの提案に、ケツァルは先の見えぬ可能性を探るよりは有効的だと、すぐに行動に移るよう二人に指示した。


 いよいよリナムル奪還へ動き出す彼らだが、未だ信用しきれない獣人族の同胞達は、息巻く彼らの姿を見ても尚、手を貸そうとはしなかった。

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