同胞からの疑い

 一方、リナムルから馳せ参じた獣人の報告を受け、急ぎ来た道を戻るアズール一行と人質となったシンと案内人を命じられたダラーヒム。


 囚われていた時に口にした獣人の食べ物により、身体に獣の力を宿したシンはその力を制御し切れず動けなくなってしまう。


 拷問により、全身に酷い傷を負っていたダラーヒムだったが、そのタフさも相まって自力で動けるまでには回復した。


 ケツァルに連れていかれるシンと、自力でその後を追うダラーヒムらは、アズール達の向かうリナムルを目指す。


 「襲撃されたって言ってたな。これも、アンタの想定通りかい?」


 「まさか!一族の安泰の為に動くことはあっても、危険を犯すような真似はしない」


 アズールの留守を狙ったかのように襲撃されたリナムル。その一件に関して、ケツァルは関与を否定した。自ら獣人族の考え方を正す為、敢えて事件を起こし、多種族と共に協力し解決することで理解を得ようという目論みではないかとダラーヒムは疑っていた。


 彼が本当のことを語っているのかは、まだ計り知れることではないが、今獣人族と揉め事を起こすのは得策ではない。


 シン達もダラーヒムも、この地を訪れた理由は他にある。だが、その調査には現地の種族である彼らの協力が必要だ。


 元々のリナムルの住人が何処へ消えたか分からない以上、情報は彼らからしか得られないのだから。


 「ならこの襲撃、アンタはどう見るんだ?一体何者の仕業だと?」


 「どうだろうな・・・。ただ、心当たりがない訳ではない」


 「なんだ、やっぱりあるんじゃねぇか」


 「あくまで私個人の憶測だ。アズールとその身辺の仲間を引き離し、リナムルの指揮権を手にする・・・。今、リナムルのアジトを指揮しているのは・・・」


 ケツァルの話を聞いて、ダラーヒムは既にその人物が誰なのか理解した。彼にとっては直接拷問を指揮していた者であり、憎むべき相手とも言えるだろう。


 「そうか・・・。まぁ、俺にとっても奴が主犯である方がしっくりくるがな。それをアンタらのボスは勘づいてるのか?」


 「何かしら考えてはいると思うが・・・。同胞を疑うことを厳しく言い付けている彼だ。直接この話題に触れるのはタブーになっている。ただでさえ敵の多い一族だ、身内を疑い内部分裂を起こしては、破滅は免れないだろう」


 自ら先導している事とはいえ、人間への不信感や憎悪を無かった事に出来ないのも事実。じわじわと一族の首を絞める内輪揉めの実態。アズールがそれに気づいていない筈はないと語るケツァルだが、彼自身何処か信じ切ることができないのか、その言葉に力強さは感じなかった。


 「アンタがそのボスを見限らねぇってことは、アンタもボスを信じてるって事か?」


 「信じている・・・か。本来、アズールに進むべき道を指し示すのが私の役割なのだがな・・・。その私がアズールの意志を信じられなくなってしまっては、元も子もないな」


 「そうだぜ?アンタだってそのアズールって奴を、自分の命を預けてもいいボスに選んだんだ。なら、そのボスの判断を信じ、最善を尽くすのが付いていくと決めた奴の歩むべき道だぜ」


 迷いだすケツァルを鼓舞し、意志を固めさせるダラーヒム。そうしている内に、先行していたアズール達に追いついた三人は、身を潜めるようにし前方の様子を伺うアズールに、現状を訪ねる。


 「アズール!アジトの状態は?」


 「芳しくないな・・・見ろ」


 そう言って渡されたアズールの双眼鏡を受け取り、彼の見ていた方角を覗き込むケツァル。するとそこに映し出されたのは、口の周りを血で染め上げた、見るも悍ましき獣の姿と、それと戦う同胞達だった。


 「これはッ・・・!何故こんなことをしている!?すぐに助けてッ・・・!」


 「冷静になれ。お前も分かるはずだろ。あの化け物の気配が周囲にいくつかある。戦闘を行っている様子はないが、ここで騒ぎを起こせば取り囲まれる」


 レンズに映る光景に興奮し、周囲の状況把握を怠ってしまったケツァルは、アズールの言う様に周囲の気配に神経を集中させる。すると確かに、同胞達と戦っている獣と同じような気配が、彼らの側に複数存在していることを確認した。


 「なッ・・・しかし、ここまで来る時にはそんな気配・・・」


 「どういう訳か、奴らも我々と同じように気配を殺す術を心得ているようだ。ただの魔物とは訳が違う」


 報告を受けた段階では知ることの出来なかった敵の能力。それは、シン達の馬車を襲撃した時に見せた、獣人族ならではの感知を潜り抜ける能力と類似したものだった。


 「それにあの獣・・・何処か様子が・・・」


 「お前も気づいたか?ならば俺の勘違いと言う訳でもなさそうだ・・・。あの獣から、我々と同じ“獣人族“の匂いがする。報告ではあの獣は、突如としてアジト内から沸いて出たという。つまり・・・」


 「まさかッ!あれは私達と同じ獣人族が変貌したものだと!?」


 「状況からして、そう考えるのが妥当だろう。敢えて直接、参謀役であるお前に問うが、アレに心当たりは?」


 少なからずアズールは、ケツァルの独自の行動の件を不審に思っていたようだ。彼自身、ケツァルが裏切るなどとは思っていないが、ガレウスを始め他の獣人族の同胞からも彼を疑う声は少なく無かった。


 面と向かって真実を問いただすことで、彼はケツァルの胸の内を探ろうと試みたのだ。


 「その様子だと、お前も私を疑っている様だな、アズール・・・」


 「・・・・・」


 「何も言ってはくれないか・・・。なら私は、お前を信じて誠心誠意その問いに答えるしかないな・・・」


 ケツァルの口からその答えを聞くまで、一切話を逸らすつもりも変える気もないという強い意志を見せるアズール。その眼差しを向けられた彼は、目を閉じて大きく深呼吸すると、いつにもなく真剣な眼差しでアズールと向き合う。


 「“俺“は一族の未来の為、最善の行動をとっていた。例え同胞達から疑われ吊し上げ荒れようと、命ある限り我らの為に尽くすと誓っている。今回の襲撃に、俺は一切関与していない」


 彼の言葉から、今この場で囚われの身になろうと、嘘偽りのない言葉を伝えようという強い意志が感じられた。それは、人間であるシンやダラーヒムも感じたもので、アズールにも彼の並々ならぬ強い意志は伝わったことだろう。

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