リナムルへの道中
二人が皆の元へ戻ると、その光は徐々に弱まり消えてしまった。一体何があったのかを尋ねるも、見たことも聞いたこともない現象に誰も説明出来ないようだった。
「アカリは何か思い出すような事はなかったの?」
「いえ、何も・・・。どうしちゃったのかしら、紅葉・・・」
心配そうに抱えている紅葉の顔を見るも、そんな気も知らずといった様子で、紅葉は元気そうに鳴き声をあげている。どうやら体調には問題ないようだ。
「元気そうにしてんだろ?なら問題ねぇってこった。ホラ、さっさと馬車に乗りな!置いていかれちまうぞ?」
分からないことで悩んでいても仕方がない。ダラーヒムに急かされ、他の者達と同様に馬車へと戻っていく一行。
戦場となった草原には何も残っておらず、何事もなかったかのように普段と変わらない光景へと戻っていた。
再出発をした馬車の中で、シンはダラーヒムがモンスターへの薬物投与の可能性を突き止めた事について訪ねた。シンにはモンスターの漠然とした異変しか感じ取れなかったが、ダラーヒムにはより詳しいことまで情報を得ていた。
それも彼のクラスである錬金術師の成す、精霊術によるものだろう。彼と共にモンスターを調べていたドワーフの姿の精霊。シンは錬金術のクラスに詳しい訳ではなかったが、それが四大属性の“地属性“を意味していることくらいは分かっていた。
その精霊の力を持ってすれば、紅葉とトレントの間に起きていた現象について分かるのではないかと言うのだ。
「見てやらんこともないが、今俺があの子の友達に何かするのは良くないと思うがな。それに錬金術なら、そこの姉ちゃんも使えんだろ?」
「それもそうか・・・。何も今すぐにやるべき事でもないと?」
「俺の感想でしかねぇがな。異常がねぇんだったら、そこまで心配する事でもないんじゃねぇか?リナムルについた時にでも、姉ちゃんの精霊に聞いてみりゃいいさ」
この中で最も、この世界の生物について知識のありそうな彼がそう言うのであれば、急を要する状態ではないのだろうと一安心するシン。彼の言う通り、落ち着いた後にミアに頼んでみるのがいいかもしれない。
シンが紅葉の心配をしていると、その紅葉の様子を見ていたツクヨがとある変化に気づく。
「なぁ、この子。ちょっと大きくなった?」
「え?・・・確かに言われてみれば、腕に掛かる重みが違うような?」
「ピィ?」
自分の変化に何も気づいていない様子の紅葉。だが、特に他の者が見たところでその変化に気づく程の変化も見られない。それこそ抱えているアカリや、近くで見ていた者でなければ気づけない程に小さな変化だった。
「そうか?そんなに変わらないように見えるけど・・・」
「ミアは適当だからなぁ〜」
「誰がッ!?」
「私も最初はそんなもんだったよ。でも愛娘の変化となると話は別でね。ちょっとした変化でも見つけると嬉しかったなぁ。元気に成長してるんだって・・・」
我が子のように紅葉を抱えるアカリの姿が、現実世界でのツクヨの娘の姿と重なったのだろうか。それを聞いたダラーヒムが、ツクヨに子供がいることに驚いていた。
一行を乗せた馬車は、見晴らしのいい草原地帯を抜け、木々の生い茂る森の中へと入っていく。本来であれば、この道こそ商人達が最も警戒するべき場所であり、陽が落ちてからはまず入らないとさえ言われている。
道中の魔物による襲撃で、予定にはない時間を食ってしまったが、それでも陽が落ちるまでにはまだ時間がある。十分森を抜けられるだろうと言う商人達の判断の元、彼らはその危険な森へと足を踏み入れていく。
「すごいな!何だか空気が美味い気がするよ!」
嬉しそうに目を輝かせ何度も深呼吸をするツクヨ。子供のようにはしゃぐ姿を見てか、アカリと紅葉も彼の真似をしながら森林浴を満喫する。
「俺達の住んでたところには、人工的な植物しかなかったからな・・・。こんなに自然というものを肌で感じる機会自体ないに等しいし」
「あぁ。アタシもこういう落ち着けるところは好きだ。願わくば、このまま何も起きずにリナムルまで行ってもらいたいものだな」
彼らにとっては、これで現実世界の話だと通じ、この世界の者達には自然から離れた都市部の話のように聞こえていた。現にその話を聞いていたダラーヒムやツバキも、何の違和感もなく話を聞いており、何の変哲もない日常会話を繰り広げていた。
「俺も陸地の方はあまり詳しくないが、何だか結構物騒なところなんだな・・・」
「森や魔力の濃いところは特にな。モンスターや獣達の縄張りもあるし、特に夜は活発な時間帯でもある」
「なるほど。それで明るい内に抜けちまおうって訳か。何処も夜が危険なのは変わらないのな」
「そういえばウィリアムのおっさんも、元海賊だったな。エイヴリーとは随分と親しげだったらしいじゃねぇか。ボスが小言を言ってたぞ、贔屓はよくねぇってな」
「親しい?あれがか!?それにじじぃは船のことに関しちゃぁ贔屓はしねぇよ」
ダラーヒムが言っているのは、恐らくレース前にエイヴリーがウィリアムの店に持ち込んだ、とある特殊な鉱物のことだろう。それによりエイヴリーの船は以前よりも高性能でより強力な武器へとクラフトできるようになっていた。
更には、その鉱物の一部を盗み出して作り上げたツバキのボードも、今では有名なものとなっている。その構造にもやはり、ウィリアムの店の技術が使われていたことは確かだった。
「ウチは持ち込みも可能だからな。アンタんとこも、珍しい材料を自前で持っていきゃぁ“贔屓“してもらえるぜ?」
「あれはそう言う事だったのか。それならこっちも新しい取引先が決まりそうなんでな。近い内お世話になるかもな」
「おい、今アンタの目の前にも凄腕の造船技師がいるぜ?」
「ハハハッ!生憎今は手持ちがねぇ。それに珍しいモンが手に入るのはこれからだしな」
既に一部の船に使われているという、リナムル産の珍しい木材。それについての調査に来ていたと表向きに言っていたダラーヒムは、そちらの目的も蔑ろにはしていない様子だった。
あくまでキングの命令でやって来てはいるようだが、調査自体については彼の趣味でもあり、新たな力をつけるために必要なことなのだろう。
他愛のない会話をしながら馬車は森の中を進んでいき、これといった大きな出来事もなく目的の地へと近づいていた。
周りの樹々の様子は、森に入った時よりも太く大きなものが目につくようになり、蔦のようなものや見たこともない色の植物などがそこら中にあるという、不思議な光景へと変わっていった。
「そろそろ“リナムル“ですぜ。ここまでの護衛、助かったよ。俺達商会は暫くここに滞在する予定だ。帰りに足がねぇんなら、また護衛を頼むかもしれねぇ。その時はよろしく頼むぜぇ」
馬車を引く商人の言葉に、進行方向の先を確認してみると、森の中の開けた場所に生い茂る樹々をそのまま利用したかのような大きな街が見えてきた。
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