帰還と報告
多くの人間がそれぞれの戦地や目的の地へ向かい、普段の研究施設が嘘のように静かになっている。聞こえてくるのは機械音や、そこに残った者達の生活音だけだった。
そこへ、諜報活動へ赴かせた部隊の一つから連絡が入る。それは諜報活動の中で戦闘になり、一名の負傷者と敵対した人物の能力に、興味深いものが見つかったというものだった。
負傷者を送る為にも、迎えのポータルを手配してもらう事となり、その準備の為に何人かの研究員が駆り出された。
丁度その施設の留守を任されていた一人の幹部が、連絡を受けた研究員から報告を受ける。音もなく現れたその男に、心臓を掴まれたかのように驚く研究員は、肩に手を乗せられたまま受けた報告をそのまま幹部の男に伝える。
最初は陽気に接してきた幹部の男だったが、その報告を受けて僅かに表情を曇らせる。
「へぇ〜・・・横浜にそんな奴が・・・。んじゃまぁ、お出迎えに行ってやるかな?」
「え?スペクターさんが直々にですか?」
「何だ、何かおかしいか?」
「いえ、そんな事は・・・」
「留守番させられて暇なんだよ。何となく年寄りの気持ちが分かるぜ。土産話が恋しくなるモンだなぁってよ」
報告を受けたのは、イヅツや彼の紹介でフィアーズへやって来たシンの上官にあたる、スペクターというフィアーズの幹部の一人だった。
彼は他の幹部達が施設を離れる中、ランゲージに頼まれ担当範囲内でもある東京の研究施設に、一人取り残されていた。
スペクターのよく分からない例えを聞かされ呆気に取られる研究員を残し、彼は神奈川へ派遣させていた者達の帰りを待つため、ポータルの用意される部屋へと軽い足取りで向かった。
「ふ〜ん、データ化ねぇ・・・」
その足取りとは裏腹に、彼の表情は酷く悪そうなものへと歪んでいた。装置の準備を進める研究員へ、陽気に声をかけるスペクター。部屋の隅にあった椅子を引っ張ってくると、ポータル装置の前へと運び勢いよく座って完成を待つ。
「なぁ〜。これは作ってそのままって訳にはいかねぇのか?」
「出来なくはないですが・・・。そうすると、向こうからも接続され放題のポータルになってしまいますね。本来はそのようなことはないんですが、この世界のハッカー達を警戒しているようですよ?」
「それもアイツの指示か」
「えぇ、まぁ・・・。我々も襲撃されては困りますからね。連絡をよこしたメンバーの座標を調べて、限られた位置にのみポータルを開くんです。出入りするだけなら、すぐに場所を特定されることもありませんし」
装置といっても、大方の準備は出来ている。研究員の言うように、今回であれば施設へ連絡を入れたシンの位置を探知し、こちらから指定の場所へポータルの入り口を開く準備をするという手筈になる。
そうこうしている内にポータルが繋がり、向こう側とのコンタクトを取るとゲートの奥から人影が施設の方へ向けて歩いて来た。誰かを抱えた人物ともう一人。
シンとにぃな、それに負傷した蒼空だった。
「お疲れさん」
「ッ・・・!?アンタはイヅツの上官の・・・」
「スペクターな?お前らの担当でもあるから、覚えてくれよ?」
彼らは軽く会釈をすると、まだ意識を取り戻さない蒼空を研究員に預け、横浜で何があったのかをスペクターへ事細かに報告する。
その際、シンとにぃなは共にイルとの戦闘に挑んだ親衛隊の存在を、スペクターには伏せて話した。
イーラ・ノマドのイルと戦ったのは、有名人でアイドルをしている岡垣友紀とそのマネージャー。これは一つの疑問を確かめる為でもあった。
フィアーズの者達が、どこまで末端の兵隊の動きを監視しているかを見定める為に。しかし、意外なことにスペクターは戦闘の話について深掘りする事はなく、親衛隊の存在はフィアーズに知られずに済んだ。
「はぁ〜ん。それで現地で協力したのは、そのアイドルってのと付き人だけって訳か・・・」
「こちらの世界で有名人ともなると、あまり接点を持たない方が厄介ごとに巻き込まれずに済むかと思いまして・・・」
「まぁそうだな。著名人は扱いづれぇ。俺達もそんな手駒はいらねぇよ。向こうから何かしてこようってんなら話は別だがよ・・・。まぁ警戒対象くらいにはなるだろうなぁ」
それを聞いてホッとする二人。だがその僅かな様子をも見逃すことはなかったスペクター。それ以上追求することはなかったが、シン達がその二人を庇っている、或いは別の何かを隠しているという疑念を持たれてしまう。
「正直思わぬ収穫って奴だ。まさか神奈川とやらでそんなモノが見つかるとはな。お前達も暫く休んでいいぞ。何処かへ行きたければ行っても構わんし、WoFとやらへ行きたきゃ行っても構わん。また何かあればこちらから連絡する」
「了解」
「了解です」
功績を讃えられたのか、自由時間を与えられた二人はその場を後にした。
「さて・・・。どうしたものかねぇ〜・・・」
「えっ?」
スペクターの独り言に、片付けをしていた研究員が反応する。お前には関係ないといった様子で手を振るジェスチャーを取った分からねスペクターもまた、部屋を後にし自室へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます