靄の檻の先に
幻影を退けるコツを得たケイルは、手際良く次々に蒼空の能力を模した腕を消し去っていく。しかし、終わりの見えない檻の中での戦いに、次第に疲労の色が見え始める。
ケイルにとって腕を撃退する方法は、これが最も簡単で効率的だった。だがその分、腕に近づく為には重力フィールドに飛び込んでいく必要がある。一回一回の重力負荷は大した事はなかった。
しかし、それが積み重なっていくことで、彼の身体への負担も蓄積されていっていた。
「クソがッ・・・!一体何人いやがんだ、これは?いつまで続けりゃ良いんだよッ・・・。それとも・・・」
ケイルは靄の檻に閉じ込められた者なら、誰もが行き着く思想に辿り着く。この幻影は無限に現れるものであり、出口や術の解除に繋がる鍵は他にあるのではないか。
これだけ戦闘が続けば分からなくもない事だ。だがこの檻は、イルがこのスキルに割いた魔力分の幻影を消滅させるか、シンのように直接術者に影響を与えられる者でしか、強制解除は出来ない。
無闇に檻の中を移動し続けるのは、無駄な体力を使ってしまうという罠でもあったのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・。どっかに出口があんじゃねぇのか!?どうやったら二人の元へ帰れる!?」
彼が靄の中で、ありもしない出口を探し始めて間もなく、蒼空とケイルを拘束していた靄の檻が突然解除される。
ケイルの対応の速さと幻影を退けた数によって、二人を捕らえていたイルの術は予定よりも早く解除される事となった。
そして何より、直接イル本人と戦っていた天臣の活躍が大きかったのだ。
靄に覆われていた視界が徐々に晴れてくる。地面の様子が変化していき、これまで彼らがいたステージ上のものへと変わる。全く見えなかった奥行きも戻り、未だ黒い靄が残るものの、天臣と共にイルと対峙していた光景へと戻りつつあった。
ただ違っていたのは、二人が檻に閉じ込められている間に変わった、イルと天臣の様子だった。
「おっ?漸く戻ってきたぜ!」
「消費し切ったか・・・。天臣さんッ!遅れッ・・・!」
二人の目に映ったのは、傷だらけの身体で辛うじて刀を握る天臣の疲労し切った姿と、同じくボロボロの状態となり、黒刀を杖のように床に突き刺して立つイルの姿だった。
「天臣さんッ!?」
「俺の回復薬がある!守りは俺に任せてくれ!蒼空さんは奴の注意を引き付けて!」
有無を言わさず、天臣の姿を捉えたケイルは、即座に自分の身に染み込んでいる役割を果たそうと彼の元へ走り出していた。
やや遅れて、彼の声を聞いた蒼空がイルの視線の先へと割って入る。
「・・・早かったじゃないの・・・出てくるの。もう・・・タネが分かっちゃったかな?」
「そう何度も見せられちゃねぇ。悪いけど、こっからは三対一だ。・・・卑怯だなんて言わないでくれよ?」
「・・・あぁ、勿論だとも・・・」
二人とも酷い状態だった。だが、ここがチャンスだと蒼空は思った。天臣にこれ以上刀を振らせるのは難しい。ケイルはそんな彼を、この男の攻撃から守る為に傍を離れられない。
ならばこの男にトドメをさせるのは、自分しかいない。満身創痍であるイルの様子、そしてケイルと共に削ったイルの魔力量を考えれば、蒼空の残り魔力と体力量であれば十分上回っているのは明らかだ。
だが、不気味に口角を上げたイルの表情が、喉に刺さった小骨のように違和感を残す。
「・・・二人とも・・・。靄が濃くなってる。これまで以上の注意を・・・」
「人の心配より先ず自分だろ?貴方がいなきゃ誰がゆっきーをッ・・・」
間も無く天臣の元へ手が届こうかというところで、ケイルの身体に異変が起きる。
「・・・えっ・・・?」
冷たくも熱くもない異物が、彼の腹部を通り抜ける。ケイルが頭を下へ傾け、違和感を感じた部位へ視線を向ける。そこには、真っ黒な刀が突き刺さっていた。
刀を伝う赤い液体を見ながら、力の抜ける足が持つれ転倒するケイル。後からやって来る痛みに、苦悶の表情を浮かべる彼の方を振り返る蒼空。
イルが何かしたのかと視線を戻すと、男はゆっくり目の前の蒼空ではなく、倒れたケイルの方へ手を伸ばしていた。
自動で発動するタイプの攻撃ならば、蒼空や天臣が対象になっていてもおかしくない。それに男の動きを見るに、何らかの合図が引き金になっている可能性が高い。
これ以上何もさせまいと、蒼空も男の方へ手を伸ばし、こちらへ向けられている男の腕に重力を掛ける。
床に突き刺した黒刀から手を離し、地面に押し付けられるようにその場で倒れるイル。これまで蒼空の重力を受けたイルは、自身の身体を靄へと変え回避していた。
それが今は、初めてまともに蒼空のスキルを受けている。単純に体力が残り少なく、疲労でそんな余裕がなくなっているのか。それとも、檻に閉じ込めていた二人の奮闘による魔力消費が、想像以上に効いているのだろうか。
何にせよ、動きを封じた今こそ好機。負傷したケイルと天臣は心配だが、彼らを守りに行くよりもイルを始末し、危険を取り除いてしまう方が手っ取り早く確実だった。
そんな彼の元にも、ケイルを襲った攻撃と同じものが迫っていた。
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