お互いの過去

 友紀は彼女の口から漏れた言葉に、驚きを隠せなかった。彼女が自分の前に現れた理由。それは、岡垣友紀の殺害だったのだ。


 勿論、それが全てではないことは、友紀にも分かった。もし命を取ることだけが目的なら、わざわざこんな所にまで連れて来る理由はないし、自分達が現地へ赴く必要もなかっただろう。


 彼女の言う通り、直接友紀と会うまで自分の本当の感情に気がつかなかったのだろう。


 しかし、彼女の感情の動きを見て、今ならまだ彼女を止められるかも知れない。そう思った友紀は、これ以上彼女に罪を重ねさせない為にも、何とかこんな馬鹿な真似は止めるようにと説得を試みる。


 「なぎさ・・・貴方だって本当は、こんな事望んでいないんじゃないの?」


 「・・・・・」


 彼女は友紀の言葉に、自分の過去の行いを振り返っているのか黙ってしまう。だが、彼女の中に巣食う闇は、友紀の想像する以上に根深いところまで浸透してしまっている。


 その憎悪に今、彼女が飲み込まれていないのは、既にピークが去っていたという所が大きかった。なぎさは既に、最も復讐を果たしたい人物達を、粗方始末してしまっていたからだ。


 友紀を最期にと考えていたのも、彼女へ抱く感情は他の者達と違っていたから。彼女に抱いていた感情は復讐ではなく、自分の目指した道の先に到達したという、友紀への嫉妬心だったからだ。


 「私・・・貴方に合わせる顔がなかった。貴方と道を違えたあの日から、私は何度も貴方と夢見たアイドルになることを、諦めようとしてたの・・・」


 「・・・どうして?」


 なぎさが初めて友紀の話に、興味を持ち始めた。それまで自分の事ばかり話し、一方的に感情をぶつけるだけだった彼女。


 友紀自身も、あまり自分の過去について周りの者達に話したことはなかった、それこそ、彼女の人生を立て直すきっかけともなったマネージャー天沢武臣にさえ、その全てを話してはいない。


 思い出すのも怖かったのだ。過去を振り返ると、彼女を蹴落とそうとした者達や上からの圧力を掛けてきた者達に、再びあの時の心理状態へ引き摺り落とされそうになるからだ。


 折角追い風が吹き始めているのに、後ろを振り返って立ち止まりたくなかった。止まって仕舞えば間を向けなくなる。まるでそう言わんとしているかのように、嘗てのなぎさが彼女の背中を押してくれているように思っていた。


 それは彼女の中に居た、勝手ななぎさのイメージだったが、それがなければ今もこうして正しい道を歩けていなかったかも知れない。


 友紀もまた、今のなぎさと同じような境遇にあってもおかしくなかっただろう。


 だから友紀は、あのオーディション以来どんな日々を過ごす事になったのかを、包み隠さずその時の自身の思いも乗せて、なぎさに全て話した。


 意外なことに彼女は、友紀の話を終始大人しく聞いていた。


 自分が憧れていたアイドルの世界がどんなものだったのか。羨ましかった彼女がどんな日々を過ごしていたのか。アイドルになる夢を諦め、すっかり忘れてしまうほど辛い日々を過ごしている時、嫉妬という感情を向けていた友紀に何があったのか。


 それを聞いたなぎさの目からは、復讐心に取り憑かれ残虐な行いをしていたという彼女からは想像も出来ないほど、綺麗な涙が零れ落ちていた。


 「えっ・・・」


 驚いた表情でなぎさの方を見つめる友紀。その視線に気づいた彼女は、自分の頬に伝う感触に気づき、慌てて拭う。手についた雫に驚いたのは、なぎさも同じだった。


 友紀の話を聞いている内に、彼女も自身の過去を振り返り、辛い時に友紀の事を思い出していればこんな事にはならなかったのかと、別の未来の可能性を想像していた。


 こんなにも彼女は、自分の事を思い支えにしていてくれたのだという事実に、なぎさの中の感情は後悔と僅かな良心がここぞとばかりに溢れ出し、ぐちゃぐちゃになっていた。


 「これは・・・アタシ・・・なんで!?」


 彼女の目から零れ落ちた涙を目にした時、友紀は内心ホッとした。なぎさの中にはまだ、嘗ての彼女がいる。過去を清算する為に、自身を追いやった者達を始末して回っていたなぎさだが、そんな非道な行いを続けている中でも、友紀のことだけは捨て切れずにいた。


 それが今、形となって見えたような気がして、友紀は嬉しかった。

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