平和ボケした倫理
イルによって連れ拐われた友紀は、嘗てアイドルを共に目指した親友の“片桐なぎさ“と再会を果たす。
しかしそれは、イルの言っていたような感動的な再会にはならなかった。彼女の変わり果てた姿に、友紀は驚きを隠せなかった。
そして、これまで彼女が辿ってきた日々を聞き、信じられない言葉を耳にする。
「殺したって・・・。冗談でしょ?そんなのッ・・・」
「ここまで聞いて冗談だと思うの?本当にアンタって、お気楽な人生歩んで来たんだね・・・虫唾が走るよ。ハッ、最高だったよ?アタシの事、見下して馬鹿にして、生きてる価値のないようなクズが、しょんべん漏らしながら泣き叫んで、命乞いする姿!」
友紀は信じられなかった。あの優しくて可愛らしかった彼女から、悍ましいほど汚い言葉の数々が吐き出されていくことが。
それほど、彼女は友紀と道を違えた後、死にたくなるような辛い日々の数々を過ごしてきたのだろう。
だからと言って、ここまで人が変わるものだろうか。何かの間違いだと信じてやまない友紀は、あの男の姿を思い出す。彼女のライブに乱入し、なぎさの元へ連れ去ってきた、イルという男。
その男は、友紀や武臣と同じように普通の人間ではなかった。だが、WoFの覚醒者というわけでもなさそうだった。異世界からこちらへやって来た者達を見るのは初めてだったが、彼女にもそれくらいのことは何となく分かっていた。
「・・・そんな事を伝える為に、私を・・・?」
「“そんな事“・・・?アンタのそういう所がッ!ムカつくんだよッ!!」
自分の果たした宿願とも言える復讐を、“そんな事“と片付けられた事に、なぎさ表情は一変し足早に友紀へと近づくと、女性のものとは思えぬ勢いで、彼女の顔を殴りつけた。
「うッ・・・!」
「ッてぇ・・・。便利な身体してやがんなぁ、ったく!知ってんだよ。その身体、いくら殴っても元の身体に戻れば、傷は残んねぇんだろ?良かったなぁ!?」
生身である筈のなぎさは、何とWoFのキャラクターの姿を反映している友紀に触れることが出来た。
覚醒者達の姿を視認できるのは、イルとの出会いから手に入れた、メガネ型のデバイスによるもの。しかし、見えているのと触れるのでは全く別のもの。
そもそも、なぎさのように普通の人間には、幽霊のような存在の友紀やシン達を見ることも触れることも出来ない筈。これも特殊な機材による効果なのか、それともイルとの交流の中で、彼女の身にも何らかの変化が訪れた結果なのだろうか。
なぎさに殴られたことで、友紀も自分の内に秘めていたものを吐き出す気になったのか、声色を変えて嘗ての親友へ問う。
「・・・私が、楽な人生を送ってきたとでも・・・?アイドルがそんな簡単で気楽なモンだって!ホントに思ってんのッ!?」
「さぁね、如何だっていいんだよ“そんな事“。堕ちたこともねぇ人間の経験談や理想論ほど、くだらねぇものはねぇんだよ!底が浅いんだよ、平和ボケした連中の倫理なんてモンはッ・・・!」
彼女にとって、同じ痛みや苦しみを経験したことのない人間の言葉など、ただ偽善で自分が気持ち良くなるだけのエゴにしか聞こえなかった。
味方であるべき学校の教師や、彼女を心配して連絡をとってくれた者達の言葉が、気持ち悪くて仕方がなかった。
分かったような口で慰め、そんな他者を哀れむ自分の姿に酔っているだけにしか見えない。死にたくなるような、辛い経験もしたことのない人間の言葉の一つ一つが、より彼女の憎悪を増幅させていった。
綺麗事ばかりの世界に嫌気が差した。
コイツらも同じなんだ。自分を見て安心している目だった。所詮他人事。私の身に降りかかる不幸じゃなくて良かった。私よりも底辺がいて良かった。
人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。
感情なんてものを持つ生き物はどんなものであれ、そんなどん底の者を見た時に安心するものなのだ。どんな言葉や態度で示そうが、それは決して拭えるものではない。
人間の心に染み付いた卑しきもの。
なぎさがどん底に堕ちた時に知った、人間の本質にして真理の一つだった。
しかし、それは彼女も同じだった。
彼女はアイドルの道を歩き出し、憧れの世界の裏側を知って挫折する友紀の事を、何も知らない。
そこにどんな世界があり、苦労があったのか。上の権力者達の卑しさや、ライバル達の姑息さ。どう転んでも勝ち目のない光を放つ者の存在や、一人ではどうしようもない壁の数々。
そして、何度も辞めようと思った彼女を支えた存在が、何の取り柄もないと思っていた自分の存在であった事を。
「アタシだってッ・・・!!・・・アタシだって・・・。憧れてたアイドルの世界が、こんなものだったなんて知らなかった・・・。何も知らないのはアンタだって同じじゃないッ!!それなのに自分が一番不幸だみたいに言わないでよッ・・・!!」
確かになぎさの考えは矛盾していた。彼女が辛く険しい人生を歩んで来たのは、まごう事なき事実であるのには変わりない。
しかし、そうした考えが自分以外の不幸を目にすることすら拒んでいた。他人の過去に、酷く無関心になっていた。
自分が嫌悪していた生き物の過去になど、これっぽっちの興味も湧かなかった。
それでも、嘗ての親友であった友紀の過去だけは違った。
彼女があのオーディションでスカウトされた後、どんな道を歩み経験をして来たのか。全く興味がない訳ではなかった。
今頃彼女は・・・。そう思う事が、一度もなかった訳ではない。なぎさにとっても、友紀の存在はそれだけ影響があり、他のどんな事を捨て去っても、彼女への想いだけは消し去る事が出来なかった。
だからこそ彼女は、友紀に会いに来た。それがどんな形であれ、どんなに変わり果てようとなぎさの中に友紀がいたという証拠だった。
「・・・あぁ、そうだね。他のどんな奴の言葉も聞きたかなかったけど、やっぱりアンタだけはアタシの中で特別だったって訳だ・・・。他の奴らと違う・・・。アンタだけはすぐにでも殺してやりたいとは思わなかった。アンタに会うまでは、そんな事考えもしなかったのに・・・」
なぎさ自身も、これまでの暗い過去が憎悪となり身体を突き動かしていただけで、復讐のリストの中にいた友紀に寄せていた想いが、そうではなかった事に今の今まで気が付いていなかったのだ。
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