堕落の使徒は光の元へ

 片桐なぎさがイルと名乗る男と出会ってから、街では噂となる変死体が連日のように発見された。異世界からやって来た漂流者、ハッカー達がイーラ・ノマドと呼ぶ彼らは、基本的に現実世界の者達に干渉は出来ないはず。


 これはシン達WoFの起こす異変に目覚めた者、覚醒者も同じくキャラクターのデータを自身の身体に反映している間は、現実世界の者達に視認されなければ干渉も出来ない。


 ただ、一部の者達はそれを知ってか知らずか、どういう訳か現実世界の者と接触する方法を身に付けている者達がいるようだ。


 イヅツが見つけた、ハッカー集団ナイトメア・アポストル、通称NAの護衛を努めていたデューンという砂使いのイーラ・ノマド。


 彼はハッカーらのパソコンを介し、自身の身体をデータ化することで、覚醒者でない者にも姿を見えるようにしていたのだと語った。


 しかし、その現象を身につけるきっかけは、本人にも分からない。WoFのユーザーが、突如異変に巻き込まれるのと同じように、異世界からこちらの世界へやって来た者達も、何かをきっかけに現実世界へ干渉出来るようになるようだ。


 彼女らが行っているであろう殺人事件は、イルの異世界の能力によるやり口によるものであり、警察や明庵が所属する組織サイバーエージェントの捜査を掻い潜り、足跡を残すことなく犯行を行う。


 だがその不可解な事件は、まだ誰にも見つかっていない密かに覚醒したWoFユーザーに、大いに衝撃と恐怖を与えていた。未知なる存在により、人が殺されているのだと。そして、自分にはそれが見えてしまう。


 もしその現場や犯人を目にすることになれば、次の犠牲者は自分になると・・・。




 イヅツが出会った異世界の漂流者であるデューンと同じく、データ化した身体を使い高速移動したイルは、友紀の歌うライブ会場、赤レンガ倉庫の一号館が見える高台へとやって来ていた。


 「これは驚いた・・・。あれを退けたとでも言うのか?」


 イルが到着した時には、既に彼が送り込んだと思われる巨獣達が消滅し掛けている場面だったのだ。


 シン達フィアーズと親衛隊の活躍により、友紀のライブ会場は無傷の状態で守られていた。


 夜空を稲光で照らしながら、黒い雲の中を泳いでいた龍は地に落ち、巨大な身体はゆっくりと光の粒子となりながら、徐々に消えていく。巨人サイクロプスの姿は既になく、会場の外で激しい戦闘が行われていたであろう瓦礫や残骸は、現実世界の元の形へと修正されていた。


 「邪魔者の数でも増えたのかね?・・・まぁいいか、直接用があるのはあの子だし・・・。彼女はあの子と再会して、どんな不幸を迎えようとしているのかな?フフフフフ・・・」


 イルは巨獣達が倒されたことを何とも思っていないかのように、平然とし不気味な笑みを浮かべながら笑っている。


 高台で黒い靄に包まれていくイル。全身が覆われると靄はゆっくりと晴れ始め、彼の姿は無くなっていた。


 場面は変わり、巨獣達との戦闘を終えたシン達は、疲労と魔力の消費で動けずにいた。大きなダメージや損傷を負った訳ではない。ただ、体格差というのはそれだけでアドバンテージとなり、小さき者はその巨体と渡り合う為、必要以上の体力と魔力を消費させられる。


 巨人を相手にしていたシン達のチーム内では、まともに動ける余力を残しているのはにぃなだけだった。しかしその彼女も、少しでもシンとマキナの回復に当てる為、その場に留まり治療を行っていた。


 一方、龍を地に落とし見事その巨体を討伐した蒼空と親衛隊の二人はというと、主に火力として貢献した峰闇は、死力を尽くした戦闘によりほぼ戦闘不能の状態にまで追い詰められていた。


 自傷スキルをメインとする彼の戦い方は、その激しさに比例しいつもこのようなギリギリの戦いとなっていた。こちらのメンバーに回復を行える者はいない。


 辛うじて片道分の魔力を残していたMAROは、蒼空の提案により峰闇を巨人と戦っていたシン達の元へと向かわせる。事前ににぃながヒーラーであることを知っていた彼は、彼女ならば峰闇を再び立ち上がれるまでには回復できる余力を残しているのではないかと考えた。


 蒼空は二人を別働隊の方へ向かわせた後、一人ライブ会場で友紀のライブを守るケイルの元へ、報告を兼ねて援護と周囲の警戒に向かう。


 疲労と怪我により、軽快にステージ周辺へ向かうことは出来なかったが、損壊したまだ修復される前の赤レンガ倉庫を渡り歩いていく。すると、視界に映った光景の中に、ケイルの姿があった。


 少し項垂れている様ではあったが、決定的な怪我やダメージは見受けられない。どうやら彼も無事だったようだ。


 しかし、会場を覆うほどの大きなシールドを何度も出現させていたのだ。魔力の方は、そう長くは保たないだろう。


 「よう、無事だった様だね・・・」


 駆け寄った蒼空が、ケイルの肩に手を添える。すると彼は、少し驚いたように振り返り、蒼空の姿を見て安堵していた。だが、彼のその様子にどこか不自然さを感じた。


 「あっ・・・あぁ、蒼空さん。どうしたんです?持ち場を離れて・・・」


 文脈的には間違っていないのかもしれない。しかし、あれだけ大規模な戦闘が行われていた後で、こうもあっさりとした言葉が出てくるものだろうか。心配してくれと思っていた訳ではない。もっと想像していた反応に近いものが帰ってくるかと思い、蒼空は少しの間呆気に取られてしまった。


 「えっ・・・あぁ、首尾はどうかなって・・・」


 「大丈夫ですよ、問題ないです・・・。この様子なら今回は“何も起こらない“んじゃないですかねぇ・・・」


 覇気のない声と共に発せられたその言葉で、ケイルの様子がおかしいこと決定付けた。あれだけの騒ぎがあって“何もない“はおかしい。


 彼に何があったのか、まじまじと表情を確認してみると、その瞳はまるで虚空を見つめる様に焦点が合っておらず、光も失われていたのだ。何らかの術やスキルを掛けられている可能性が高いと察した蒼空は、すぐに周囲を確認する。


 すると、ステージ上でマイクを持って歌う友紀の背後に、黒い靄のようなものが迫っていたのだ。

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