企む者達

 アイドルとは、偶像であり人々から崇拝され、時には憧れの対象としても見られる、熱狂的なファンを持つ人のことを指す。


 だが、アイドルという概念も時代と共に変わっていき、既に完成されたアイドルとい鵜ものの他に、まだ未熟ではあるがファンと共に成長の過程を共有し、原石の魅力を引き出していく形が、近年でも多く見られ始めた。


 そして、アイドルの魅力は見た目や触れ合えるということに留まらず、キャラクターを模したビジュアルを身に纏い、外見に囚われることのない内面や声、仕草などの魅力を全面にアピールしたアイドル像も、非常に人気を博している。


 アイドルを夢見ていても、外見のせいで諦めるしかなかった人や、自信のない人達にとって、内面でも勝負できるという新たな道となった。この事により、多くのアイドル希望者が増え、個人で活動してからスカウトされるという形も増えてきた。


 今注目されているアイドル岡垣友紀は、現代風の言葉を使うと、三次元と二次元を上手く組み合わせ、成功した先駆者の一人。


 彼女の映像技術を用いたライブは、まるでファンタジーの世界に飛び込んだかのような新鮮な体験をすることができ、VR MMO RPGであるWoFの流行る近代において、多くの人々を魅了する新たなコンテンツとなっていた。




 一人の男が、黒い手帳のような物を手にしながら、感慨深く目を瞑り文字の海の中に心を浸している。


 「ん〜・・・これがアイドル。何と素晴らしい存在だ!人々に夢を与え、時には背中を押し、時には励ましてくれる、人の心というものを突き動かす程の力と魅力を持つ。まさに人に生きる原動力を与える素晴らしい存在だ!」


 書物に書かれた文字や、映像や語りによって自身に身につけたであろう言葉に酔っているかのように、手振り身振りを踏まえて突然語り出した男を、近くで地べたに腰掛け、目にかけるタイプの3Dホログラムディスプレイを表示するデバイスをいじる女性が、気持ち悪そうな視線を男に向ける。


 「・・・アタシの前で“アイドル“の話しないでくれる?ムカつくんだけど」


 「何を言うんだい?これも君を理解するための一環だよ」


 癇に障ったのだろうか。男の人の一言に、彼女は手を止めて怒りに満ちた鋭い目で男を睨みつける。


 「はぁ?ふざけんな!アンタにアタシの何がわかんだよ?」


 「いやいや、分かるのとは違う。俺はもっと君を理解したいのさ」


 「うざっ・・・話になんない・・・」


 男はやれやれといった表情と仕草で、すっかり怒りも冷めてしまい興味を示さなくなってしまった彼女の方を見ている。


 すると、彼女は男にある興味深い話を振った。


 「あっちの件は上手くやってんの?また失敗とかあり得ないから・・・」


 「あぁ、今回は君も力を入れてるようだから、特別なモノを用意したよ?それもこれまでとは比較にならないモノをね・・・」


 「・・・どうでもいいよ、そんなこと。アイツを苦しませられれば何だっていい・・・」


 「大丈夫だよ、きっと彼らも喜んでくれたんじゃないかな?・・・でも、ちょっと予定通りにはいってないみたいだねぇ。本来ならもう終わっててもおかしくないんだけど・・・」


 彼女は結果にしか興味がないようだ。男のはっきりしない様子に苛立ったのか、近くにあったゴミを手に取り、男に向けて勢いよく投げつけた。


 「どうだったいいってッ!・・・今回はマジでぶっ潰してやりたいんだよ。だからこうやってわざわざ来たんだから・・・」


 男は彼女の投げたゴミを、避ける素振りもせず受け止めると、それまでのふざけた態度を改め、一変して真面目な表情になった。


 「そう・・・だから来た。俺も失敗はしたくないよ。折角君が決断した勝負の時だからね・・・。その結末を目にするまでは・・・」


 彼女に背を向けながら手で口を覆い、ふるふると身体を震わせる男。それは悲しみや感動からくるものではない。それは男のことをよく分かっている彼女には、聞かずともはっきりと分かる。


 「キャラじゃないって、そういうの・・・。アンタが直接やんの?」


 「そりゃぁ勿論!失敗はない。絶対に君へ届けてあげるよ。後の事は・・・」


 思わせぶりに言いかけた男の言葉に応えるように、彼女はゆっくりと決意したかのように頷く。


 「最高に惨めで苦しい思いをさせてやる・・・。それでもアイドルなんてクソみたいなこと続けたいって言えんのかどうか・・・。楽しみだよ、“ユッキーちゃん“・・・」


 憎悪というアクセントを加えた、皮肉たっぷりの言い方で締めた彼女の口から出た名前。


 それは、今を輝く大人気アイドルであり、蒼空や親衛隊らが現在、その命を掛けて守ろうとしている“岡垣友紀“の愛称だった。

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