覚醒者指南

 男のクラスはマーシナリー。機械を用いた戦闘や機械の修復、装置の設置など機械に関するスキルを持った、少々癖のあるクラス。


 武器についても様々で、機械仕掛けの剣や変形する小手など、機械を搭載したものが主になる。そして目の前の男が手にしているのは、ミアと同じく銃。


 ただ、ミアのものよりも射撃や狙撃に特化しているというよりも、多様性や電力に応じて威力の変わる、やや大きめのものとなっていた。


 「と、いっても見た目が好きで選んだだけなんで、まんまり戦闘には慣れてなくて・・・」


 「そうだろうな。結構ゲームの特性や相手のことなどを理解した人が就くようなクラスだ。珍しいクラスだと思ったよ」


 「機械の変形とか音とかが好きで、自分でそういった事のできるクラスを選んだんです。実際じゃぁ知識とか資格とかいっぱい必要だし、リアルで出来ない事したくて・・・」


 勿論、武器を持って戦う事や魔法を使うことなども、現実で出来ないような体験だが、機械の造形や変形などは現実にもあり得る、他のクラスにはないリアリティがある。


 他にも戦闘向けのクラスではないものはたくさんある。それらのクラスに就き、WoFの世界で穏やかに日々を過ごすのも、このゲームの醍醐味でもあった。彼はそういったものを求めて、このクラスに就いたのだろう。


 「最近WoFはやった?武器の使い方、覚えてる?」


 「え・・・。そりゃぁ勿論、ゲームでの使い方は分かるけど・・・」


 そう言って武器の銃を取り出すと、にぃなが試しに何かを撃ってみてと告げる。恐る恐る銃口を、道路にある標識へ向ける男。


 「これって・・・他の人には見えてないんですよね?銃声も聞こえない?」


 黙って頷くシンとにぃな。当然初めての経験なのだから、躊躇うのも無理のないことだ。彼が見ているのは、紛うことなき彼の生きてきた現実の世界の光景。その中で、それも人の多い街中で引き金を引くなど、正気ではない。


 ただこれは、彼にとって今体験していることが現実か否かを判断する重要な、運命の分かれ目でもあった。もし夢なら引き金を引いて目が覚める。でももしもこれが現実なら、その先のことは分からない。


 その先は、この世界で生きてきた者達の理解の範疇の外のこと。全く未知の世界への入り口なのだから。


 街を行き交う人々の話し声。道路を走る車の音。ドローンが飛び交う機械の音。空気中に漂う料理の匂いや風の感触が、ここが現実の世界であることを強調してくるようだ。


 彼もきっとそんなことを思っているのだろう。引き金に指をかける彼の手が震えている。額から大粒の汗を垂らし、唾を飲み込む音がシン達にも聞こえそうな程だった。


 そして、目を逸らさずその時を待つシンとにぃなの表情を見て、やるしかないと意を結した彼は、ついに引き金を引いた。


 大きく鳴り響いた銃声と、標識を貫いた弾丸の音。そして、これが夢か現実か、火薬の匂いが彼らの鼻をつく。


 思わず目を閉じていた彼が、固く閉じたその瞳を開くと、あれ程の銃声が鳴り響いていながらも、それまでと何ら変わらない日常を送る人々の生活がそこにあった。


 「馬鹿な・・・誰も気づいてないのか?これ、本当に現実?」


 「現実と言うべきか、幻であると言うべきか。少なくともこれまで通りの生活を送ることは出来なくなった、そう言うことだ・・・」


 「そんな・・・。ただライブを観に来ただけなのに」


 気の毒ではあるが、それはシンやにぃな、それに他の異変に巻き込まれたWoFユーザー達も同じ。どんな事情があれは、こうなってしまっては手の施しようがない。


 二人は彼をどうしたものかと悩んでいた。目覚めたばかりで、どこにも属していないのはいいのだが、このまま蒼空のいる赤レンガ倉庫のライブ会場に向かわせて良いものかどうか。


 彼を一人で蒼空の元に預けてしまえば、敵になりかねない事態にもなり得る。漸く見つけた仲間候補の人材を、みすみす手放してしまって良いものか。


 「どうする?ライブ観に来たってことは、蒼空とも会うことになるけど・・・。先に行かせるのは不安だよね?」


 「あぁ、まだちょっと信用しきれない部分もある。それにこのまま襲われずに会場まで行けるかどうかも分からない・・・」


 「じゃぁ戦いに慣れてもらうって意味でも、暫く一緒にいてもらおうか」


 頭を抱える彼を前に、二人はこっそりとこちらの都合について話をまとめていた。彼をライブ会場にいる蒼空の元へ向かわせてもいいが、それでは二人にとって不安要素となるものが増える。


 それならば手元に置いて、一緒にいる方がまだ安心できるし、力にもなる。


 「ねぇ!ライブまでまだ時間はたっぷりあるから、少し私達と近くを回らない?」


 「回る・・・?そういえば貴方達は随分と慣れているみたい・・・ですね」


 「貴方もいつさっきみたいに、モンスターに襲われるか分からないから、私達と一緒に戦いに慣れておいた方がいいと思う。それとも、一人で大丈夫そう?」


 にぃなが彼を試すような口ぶりで、これからどうするかの選択を委ねる。しかし、結局のところ彼に選択肢などなかった。彼は慌てるようににぃなの案に賛成する。


 「まっ待って!うん・・・分かった。一緒に行きたい。ただその・・・」


 彼はまだ悩んだような表情で、何かを伝えようとするも、喉元で言葉が出てこないでいた。にぃなは彼の表情を伺い、もしかしてこれの事を気にしているのかと言葉を口にする。


 「あ、大丈夫大丈夫!ライブには間に合うようにするから。私達もユッキーのライブ観たいし・・・ね?」


 そう言ってシンの方を振り返るにぃな。シンはどちらでも良かったが、にぃなは内心本当にライブも楽しみたいと思っているに違いない。


 蒼空との話でも、その岡垣友紀というアイドルのライブで一悶着が起きるかもしれないと言う事だった。目的は同じ。どっちにしろライブには参加することになるのだ。その点については彼やにぃなの意見に反論は全くない。


 「あぁ、どの道ライブには参加するから安心して欲しい」


 「なるべく早めに会場入りしてたいんだ。気持ちも高めておきたいし・・・」


 何故、命の危機があるというのに、そこまでライブのことを大事にするのかシンには分からなかったが、少しでも気持ちが前向きであるのならそれに越した事はない。


 いつまでも戦闘に対しネガティブでは、彼もきっと一人では生きていけない。もしフィアーズに引き入れたとしても、シンやイヅツらの謀反チームと行動を共にできるとは限らない。


 出来ればプレジャーフォレストの彼らのような、信頼できる別の組織に預けておきたいのが正直なところだった。横浜にもそう言った組織やグループがあればいいのだが・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る