新しい芽
物陰で怯えていたのは、一人の男性だった。二十代前半くらいだろうか。まだ学生のようにも見える。
近づいたことで分かったが、その男はぶつぶつと呪文のように独り言を言いながら、迫るモンスターの気配に執拗に後方を確認しながら、次の隠れ蓑を探している。
シンとにぃなは二手に分かれ、先に前へ出たシンは物陰に姿を隠し、にぃなは男に迫るモンスター達に見えるよう、わざと聖属性の魔法を撃ち放つ。
魔法はモンスターに直接当てる必要はない。遠くから相手を射抜くような照準を合わせる腕前がなくとも、魔法をモンスターの前の方へ放ち、注意をこちらへ向けるだけでいい。
にぃなの放った魔法はモンスターの大分前に着弾し、強い光を放つ。足を止めたモンスターの群れは、光の飛んできた方へ頭を向けると、標的を男からにぃなへと変更し獲物を追うような血相で彼女の方へと迫り来る。
「信じてるからねぇッ!?絶対に何とかしてよねッ!!」
彼女の期待を一心に受け、シンはモンスターの群れが通過する道路の脇道から、まるで網のように一斉に影を放ち、モンスター達の影を縛り付ける。
急に身体が動かなくなったモンスター達はその場で固まり、脇道から飛び出して来たシンはモンスター達の弱点部位を的確に手にした忍刀で突き刺していく。
モンスター達はこと切れたように倒れ、光の粒子となって消えていった。
追手を排除したシンとにぃなは、その一部始終を呆気に取られながら見つめていた男の元へと向かう。
「アンタ、今のが見えていたな・・・?」
「今の・・・?あ、あぁ・・・見えていたとも!何で現実世界にWoFのモンスターが!?それに貴方達のその格好・・・コスプレ・・・って訳じゃぁないんですよね・・・?」
やはりこの人も、プレジャーフォレストの時のように、ここで異変に目覚めた覚醒者だった。その様子から、キャラクターデータの反映のことは知らないようだ。
「いつからあれが見えるようになったの?」
「横浜に来てからだよ。今日は漸く抽選で当たったユッキーのライブの為、休みを作って高いエア・トラフィックでここまで来たんだ。その途中で凄い頭痛があって・・・」
男の言うエア・トラフィックとは、シン達の暮らす現実世界に存在する長距離移動の乗り物で、謂わば新幹線のようなものだ。わざわざそれに乗って来たと言うことは、関東に住んでいるという訳ではなさそうだ。
それよりも、この男もシンの覚醒の時に似ている。シンもまたWoFを遊んでいた後遺症のように突然激しい頭痛に襲われた。そして気づいた時には、このような奇妙な身体へと変貌していたのだ。
「なるほど、同じだ・・・」
「同じ?じゃぁ貴方達も・・・?」
「そう、私達みたいな格好をした人達は大体そんな感じ。それより・・・」
にぃなは彼がライブの為に訪れたと言うことを、聞き逃していなかった。WoFのユーザーということは、当然キャラクターデータも持っている筈。
いきなり戦えというのは難しいかもしれないが、ライブを楽しもうという彼であればそこで行われる作戦の際、岡垣友紀のライブを守るため会場の守りについてくれるかもしれない。
漸く見つけたWoFユーザーを巻き込むようで悪いが、彼もこのような身になってしまった以上、モンスターや異世界の来訪者達との戦闘は免れない。
「貴方、ユッキーのライブに行くって言ってたでしょ?もしかしたらそのライブで、今みたいな戦いが起こるかもしれないの!ライブを成功させる為にも協力してくれない?」
「え?貴方達もユッキーのライブを?じゃぁファンの方なんですね!」
「ぁ、いやそういう訳じゃ・・・」
シンが否定しようとすると、そこに割って入るようにすかさずにぃなが口を開き、男に合わせるような嘘をついたのだ。
「そ、そう!私達もユッキーのライブを楽しみにして来たの!だから、ライブを成功させる為にも、陰ながら私達でユッキーを守るの!どう?」
「それは・・・そんなことが俺に出来ますかね・・・?」
「目の前で彼女が死んでもいいの!?出来る出来ないじゃない、やるしかないの!貴方にはそれが出来る力があるんだから」
「力が・・・」
迷う男を前に、シンは何故にぃなが嘘をついたのかと彼女の表情を伺う。すると彼女は片目を瞬きさせ、ここは自分に任せてと言わんばかりに自信に満ちた顔をしていた。
「WoFのキャラクターは作ってあるんでしょ?」
「えぇ、それは勿論・・・」
にぃなは男にスマホを取り出すよう言うと、そこからWoFを起動しキャラクター選択画面を開かせる。そして自身の身体にそのデータを反映させるやり方を教える。彼の身体にキャラクターの装飾が施されていく。
「凄い!本当に俺のキャラクターが・・・!これ現実なんですよね!?」
初めてのことで興奮しているようだ。今後降りかかる苦難を知らなければ、彼のような反応も当然。ゲームのキャラクターの姿になれるというのは、少し恥ずかしくもあるが強くカッコよくなれたような気がして舞い上がるものだ。
「アンタのクラスは?」
「俺のクラスは“マーシナリー“です」
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