魔物を従える美女
コウから帰って来た返事は、二人を安心させるものだった。如何やらその人物は彼らの味方らしく、プレジャーフォレストを上空から警戒する役割を担っているのだとか。
常に飛び回っていたのでは、魔力の消費も激しく何よりも敵からも目立ってしまう為、他の仲間達の高所偵察が完了してから上空へ飛びたつようだ。
「じゃぁ今がその巡回時間だってことか・・・」
「いいなぁ〜空飛べて。私もアレ乗ってみたぁ〜い」
敵ではないことが分かり、すっかり安堵するにぃなが気の抜けたことを口にする。続けてシンは、コウにその人物が何者なのか簡単な紹介を求める。名前くらい知っておかなければ、声をかける時に話がややこしくなる。
コウは同時進行でメッセージをやり取りしており、少し連絡は遅延していたが、それ程気になるものでもなかった。何分二人が乗っているのは観覧車。時間を忘れるくらいに美しい景色と映像を楽しめていたからだ。
向こうにも、シンとにぃなという協力者がその人物の管轄エリアである観覧車にいることを伝えてくれたらしく、巡回が終わり次第向かうとのことだそうだ。
コウが教えてくれたその人物の名は、“アナベル“と言う女性で、皆からはベルと呼ばれ信頼されている。が、マイペースでおっとりしている彼女は、自分のペースで過ごすことを何よりも大事にしており、なかなか時間通りの行動が出来ないのだという。
しかしそれは、彼女の戦闘力の高さ故に許されている部分でもあり、仲間達は何度も窮地を救われている、仲間思いの一面もあるため、みんなから慕われている。
クラスは、彼女の乗りこなすモンスターが象徴するように、“モンスターテイマー“であり、如何やら彼女もダブルクラスに就く上級者なのだそうだ。
もう一つのクラスは、様々な属性の魔法をその武器に宿して戦う魔剣士の槍バージョンである、“魔槍士“らしい。
どちらのクラスも魔力を多く使うため、彼女はよく睡眠を取るのかもしれない。現実世界における魔力の回復方法が、時間経過や休息による自然回復かアイテムによる補充くらいしか経験の無いシンにとって、そこは計り知れるところではない。
「ダブルクラスか!これはかなりの戦力なんじゃないか?」
「へぇ〜すごい!是非とも友好関係を築いておきたいね!・・・でも、もう一つのクラスを教えてもらっちゃっても良かったのかな?」
特別な場合を除き、ダブルクラスに就く者は他者にもう一つのクラスというものを伏せておくのが得策だろう。しかし彼女は、コウ達と出会った時にも隠すような素振りはなく、寧ろ自分からクラスを明かすほどのオープンな性格だったようだ。
故に彼女がキャラクターのことで隠し事をすることは殆どない。そう、キャラクターのことについては・・・。その反面、縁実世界での彼女のことについて知る者は、このプレジャーフォレストに構える組織の中にはいない。
誰であっても、どんな性格であっても、現実の自分とゲームでの自分を混合させる者は少ないようだ。
「如何だろう・・・。仲間として受け入れてくれたからじゃないかな?」
「そっか・・・」
もっと違った反応を予想していたシンは、やけに大人しいにぃなの反応に少し驚いた。彼女の様子を伺うと、その表情はどこか嬉しそうでもあった。
「どうかした?」
「ん?あぁ、何でもない。ただ・・・何の疑いもなく受け入れてくれたのかなって、少し嬉しかっただけ・・・かな?」
それだけ言うと、彼女は再び観覧車に相席している子供達のように景色と映像を楽しみ始めた。
今にして思えば、東京でのこれまでを思い返すと、会う人会う人が敵なのか味方なのか分からない中で、気の休まることのない時間が続いていた。
彼女も、シンよりも長く現実世界でこんな体験をしていたのだ。肉体的にも精神的にも、疲弊していてもおかしくはない。その中で無意識に、人のことを疑ってかかる癖がついていたことだろう。
もしかしたら、人の損得勘定を抜きにした、潜在的な優しさに触れたのが嬉しかったのかもしれない。
それから暫くして、二人を乗せたゴンドラが一番高いところにやって来た頃、巡回を終えたアナベルがドラゴンと共にこちらの方へと飛んで来るのが見えた。
「巡回が終わったのかな?」
「こっちにくるね。私達も外に出る?」
「外って・・・。こんな高さで!?」
「ふふふ・・・冗談だよ。でも、近づいて来て来て如何するつもりなのかな?」
にぃなの言うことにも一理ある。挨拶を交わすだけならまだしも、それなら下に着いてからでも遅くはない。何なら時間はいくらでもあるのだ。二人がどんな人間なのか、見ておこうとでも言うのだろうか。
すると、近づいて来たアナベルは、ドラゴンを彼らのゴンドラの側で滞空させながら、シン達に向けて声を掛けてきた。
「お〜い、君達ぃ〜。一緒に空の旅はいかがぁ〜?」
白い長髪をたなびかせ、魔槍士にしてはかなり軽装にも見て取れる姿で現れた彼女は、二人に手を差し伸べながら微笑みを向けている。
「ねぇ!乗せてくれるみたいだよ!?」
嬉しそうにゴンドラから飛び出したにぃなは、彼女の手を取りドラゴンの後ろに乗り込むと、バイクの二人乗りのようにアナベル腰にしがみつく。
「ちょっとちょっと!・・・大丈夫かな・・・」
ふと下の方へ視線を向けたシンは、その高さに思わず足が外に出るのを躊躇う。
そうしている間に、アナベルはドラゴンの腰に巻いてあった荷物を解くと、何かを紐のようなものを垂らし、少し上の方へ飛んでいってしまった。
「え・・・?これは・・・」
「すまないねぇ。この子はあまり大きくないからさぁ〜。背中は定員オーバーなんだぁ〜。だから君は、こっちで我慢してねぇ〜」
ドラゴンの身体から垂らされた紐の先には、人が数人くらいは入れそうな小さな籠のようなものが現れた。
「ま・・・まぁ、そうなるよな」
にぃなのようにドラゴンの背中に乗るとなれば、にぃなと同じ体勢になるだろうと想像していたシンは、籠を前にして少しがっかりしたのと同時に、ドキドキの展開からかけ離れたことにちょっとだけ安堵した。
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