一時の休息

 大停電に見舞わられ、都心部の大半の電力を失っていた東京。セントラルシティの電力を賄っていた施設を襲撃した組織“フィアーズ“は、暗がりに乗じて敵対組織の捜索と、モンスターと人間を使った実験に必要な“サンプル“の収集を行っていた。


 大規模による彼らの作戦は、東京にいたアサシンギルドを撤退させ、シンやミアと同じWoFへ転移できるようになった“異変“と呼ばれるものに巻き込まれたユーザーを、各地へ散らせる結果となった。


 だがそれでも、逃げきれずに捕まった者や抵抗し始末されてしまった者。中には自ら望んでフィアーズに協力した者など、異変に関与する者達にとって大きな動きがあった。


 この出来事は、現実世界にも大きな影響を与えることになる。出雲明庵のように、現実の世界に蔓延っている非日常を調査する者達には、新たな収穫を。


 そして街の治安を守る警察組織には、より強度なセキュリティ対策や複雑化した暗号など、ハッカーに対する新たなシステムをアップグレードさせる機会を与えた。


 フィアーズの作戦に乗じて悪事を働いていた幾つかのハッカー集団が摘発され、彼らの使っていたツールやウイルスが明るみとなった。これにより、同じソフトやツールを使っている他のハッカー達は、暫くの間悪さが出来なくなる。


 結局のところイタチごっこにしかならないが、これで東京都はハッカー達による犯罪が警戒される地区よりも、治安の良い街として暫しの安全と安寧を手にする事となった。


 しかし、依然として異変によって生まれるモンスターの数は減ることはなく、また増えることもなかった。


 停電が回復したところで、フィアーズによる誘拐や殺人が減ることはあっても無くなることはないだろう。また実験のサンプルがいなくなれば、新たな犠牲者が生まれるだけ。


 そして、シン達のように異変に巻き込まれるWoFユーザーも、少しずつではあるが着実に増えていっている。その者達は、モンスターと戦う者や同士を見つけ徒党を組む者など、様々なアクションやコンタクトをとって日々を不安に過ごしたり、戦いのスリルに身を投じるなど、これまでの人生を一変させていた。


 セントラルシティを無事に抜け出した朱影や瑜那達は、白獅が派遣した別地区のアサシンギルドメンバーによって回収され、各々のアジトで一時休戦をとっていた。


 フィアーズに潜入し、内部情報を調査するスパイの重役を担ったシンもまた、現在は組織の命令で神奈川のノースシティを調査するチームに当てられ、任務をこなしていた。


 が、調査と言っても重要な任務を任されている訳ではなく、単純に信用できない者は最前線へ送られ、その動向を監視されるといった立場に過ぎない。


 シン達の元にも、ノースシティを担当する、フィアーズの監視役が配置されていることだろう。もしも怪しい動きがあれば、彼らは取り押さえられサンプルとして実験体に使われるか、その価値もないと判断されればその場で始末される事となる。


 更に困ったことは、イヅツらのような謀反を目論む者達と分断されてしまったことだった。シンとにぃなは、たまたま同じチームに配属されたが、他の者達がどこに飛ばされたのかは分からない。


 他地区に配属されたチームとのやり取りは、疑われる要因となるとして、上官を通じて報告できるような内容に絞られる。無闇に安否を確認するのは控えた方が望ましい。


 勝手にフィアーズの施設へ戻ることも出来ない為、シンとにぃなは暫く神奈川のノースシティを観光がてら、ここでのモンスターやWoFのユーザーの動きを調べる事にした。


 これといった当てもなく街を散策するシンとにぃなの間には、気まずい雰囲気が漂っていた。心なしか共に歩く二人の距離感も、やや離れているように感じる。


 無理もない。出会って間もない初見の人間と、気さくに喋れるような性格であれば、シンは過去の現実世界で孤立などしていなかったのだから。


 そして、距離感を保ち一歩前へ踏み出すことが出来ないのは、にぃなの方も同じだった。恐らくは彼女も、現実世界で人間関係の事に関するトラウマのようなものがあるのかもしれない。


 シンは思わず取り出したスマホの画面を見て、WoFの世界のことを思い出した。彼はほんの挨拶程度に現実の世界へ帰ってきたつもりだったが、気がつけば随分と長い間居座ってしまっている。


 流石に状況の説明をしなければ、ミア達も心配するだろうとメッセージを作成する。だが、向こう側の世界への連絡は、フィアーズによる監視下に含まれているのだろうか。


 「あの・・・。WoFにいる友人にメッセージを送りたいんだけど、大丈夫かな?」


 「大丈夫って?」


 「ほら、イヅツ達との連絡は内容を確認されるって話だろ?送り先の素性がバレたり、何かの標的にされたりとか・・・」


 「あぁ、そういうこと?メッセージを送るくらいなら大丈夫だよ。向こうもそれほど私達に興味ないみたいだし。ただ、容量の大きなやり取りには注意してね。不審に思われる要因になったりするから」


 「分かった、気をつける」


 厳重なチェックを警戒していたシンだったが、どうやら末端の兵士達に気を割くほど、フィアーズの上層部は彼らに興味がないらしい。それに、WoFのユーザー以外があちらの世界へ転移することは出来ない。


 万が一ミア達の素性がバレたところで、すぐに敵対することもなければ、向こうの世界にいる限り始末されることもないだろう。


 ただ、ユーザーの中にはフィアーズに染まった者も少なからずいるようで、彼らの命令とあらば不審な行動をするユーザーを、WoFの世界まで追跡し始末する者達も存在するようだ。

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