フィアーズ

 白衣に身を包んだスペクターは、いつの間に現れたのかシンの背後から現れ、目の前の奇妙な女に近付いていく。


 スペクターはその女のことを“ジェニタル“と呼んだ。恐らく彼のスペクターという名と同じように、それが彼女の名なのだろう。


 つまり、ジェニタルもまたスペクターと同じく組織の人間だということだ。人間と呼べるものなのかは、さっきの様子からは悩ましいことだが。


 「おい、報告にあったモンスターがいねぇなぁ?」


 そう言って周囲を見渡すスペクターだったが、暫くして周りの状況やジェニタルという女がその場にいることを悟り、表情を変える。彼が喋り出すよりも前にシンが事情を説明しようとするが、途中で遮られてしまう。


 「それがそこの女の人にっ・・・」


 大きな溜息と共に項垂れるスペクターには、説明されなくてもその場で何があったのか理解できていた。


 スペクターも組織内では変人扱いをされているが、ジェニタルという女も彼と同様に、組織内では厄介な存在として有名だったそうだ。


 何でも、さっきの彼女の体内から出てきた肉の口で、人間やモンスター、時によっては組織の仲間や研究に使うサンプルまでも飲み込んでしまうのだそうだ。


 「はぁ〜・・・。ジェニタル、だからこいつらはサンプルなんだってぇ。勝手なことされると実験が進まねぇじゃねぇか」


 説法を説くスペクターだったが、彼女は聞いているのかいないのか、全く分からない様子で自分の都合を語る。


 「そんなこと、知ったこっちゃないね。別に私は、どこの世界だろうと構わないしね・・・。戻ったところで居場所なんてないんだから。それに、協力してくれって声かけてきたのは、“フィアーズ“の連中だ。都合のいい時だけ利用しようって、勝手すぎなんじゃない?」


 彼女の話の中から、シンの聴き慣れない単語が出てきた。それは“フィアーズ“というものだった。連中と称していることから、何となくスペクターやイヅツの所属している組織の名前なのではないかと、推測が立った。


 「それに・・・。アンタだって本当は獲物を食いに来たんじゃないの?“間違って殺した“とか言ってさ」


 「お前と一緒にするなよ。俺ならもっと上手くやる・・・」


 不気味な笑みを手で覆い隠し、肩を揺らすスペクター。WoFの世界でおかしな人間を多く見てきたシンには、スペクターという男も十分頭のネジの飛んだ人間である雰囲気を感じていた。


 彼女はそのまま路地の方へ向かって歩いて行ってしまう。我に帰ったスペクターが、あまり組織の意向にそぐわないことはするなと忠告するも、その足取りは止まることはなかった。


 「私は私で勝手にやるから。アンタらも邪魔しないでって言っといて」


 そう言って彼女は、サイレンの光に照らされながら、真っ暗な路地へと消えていった。暫くの沈黙の後、気まずくなったシンは彼女のことをスペクターに尋ねた。


 「あの・・・あれは?」


 「俺達の組織、“フィアーズ“の幹部の一人だ。つっても、あんな感じで誰かと連むような奴じゃねぇし、誰もあいつのことなんか知らねぇがな・・・。ただ奴の能力が特殊だから利用してるだけだ。用が済んだら邪魔にならねぇようにしねぇとなぁ・・・」


 彼女の特殊な能力というのが、あの内なる肉塊なのか、それとも別にあるのかは分からない。だがやはり、スペクター同様あまり近づかない方がいい人物である事には変わりない。


 シンは深くは追求せず、適当に相槌を打って話を終わらせた。


 「替えのサンプルを持ち帰えるぞ。お前もついて来い。それを手土産にする」


 「了解・・・」


 サンプルとは別に、さっきの奇形のモンスターでなければならないようでもなく、シンは跳躍し建物を登っていくスペクターを追い、手に入れられなかったサンプルとは別の物を替わりに取りに行く。


 場所が分かっているのか、探すような素振りも見せず目的地へ一直線に向かうスペクター。そこではシンは、あることを思い出した。


 最初に訪れた地下駐車場に置き去りにしてきた、別のモンスターのことだ。あれがサンプルとして使えるか分からないが、どんなに細かい報告もしておかなければと、スペクターの背中に話しかける。


 「最初の現場に、さっきの女が捕食したモンスターが吐き出した、別のモンスターを拘束してある。あれはどうすれば?」


 「あぁ、別働隊に回収を任せてる。俺達はちぃとばかし遠くの回収地点へ向かう。・・・さっきみてぇに暴走してなきゃいいけどなぁ〜・・・くくく・・・」


 嬉しそうに肩を揺らすスペクターを見て、もはやその暴走というのがモンスターの事であるのか、はたまた別の幹部の者のことなのか、尋ねる気にもならなかった。


 元の世界へ戻るという目的を果たすついでに、娯楽も楽しもうといった、そんな様子の幹部連中を見れば、もし研究が進み元の世界へ戻れるようになったとしても、兵士のように扱っているWoFのユーザーを生かしておくとは思えない。


 もし、異世界へ行く方法が見つかれば、この現実世界からもどこかしらの異世界へ飛び立とうとする者も出てくるはず。秘密を知る組織の兵隊や研究員が無事に解放される保証もない。


 イヅツ達は恐らく、それにいち早く気づいていたのかもしれない。だからこそ謀反の計画を立て、フィアーズと袂を分とうというのだろう。


 二人はそれ以上の会話をすることもなく、次なるサンプルの回収地点へ向かうと、そこで拘束されたモンスターと、WoFのユーザーと思われる死体を回収し、研究施設へと帰還した。

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