不測の事態

 情報を共有していたイヅツと、シンに任務を与えた研究員は、彼から送られてきたスクリーンショットに驚いた様子を見せる。


 それもその筈。彼ら自身も、ただ拘束されたモンスターを回収するだけの簡単なものとしか思っていなかったからだ。


 現場の異常事態を受け、研究員は実験を担当しているより詳しい人間に、シンの送ってきたモンスターの画像を見せる。


 「これはッ・・・!」


 「どういうことだ?何でこんなことになってる!?」


 「このモンスターは、実験段階のレベル2に該当する状態だ・・・。しかし何故?サンプルを捕らえる段階では、手を加えるなと指示されてる。誰がこんな事を・・・」


 実験の結果は、レベルと呼ばれる段階別で記録されているようだ。数字が大きくなれば、それだけ実験は成功へと近づいていることになる。


 そもそも、サンプルと呼ばれるまだ手を加えていない状態のモンスターには、段階は設けられておらず、WoFのユーザーデータをインストールし、拒絶反応が表れず生命反応を維持出来た個体を、レベル1の状態と呼んでいる。


 レベル1の状態では、まだ身体が馴染まないのか非常に衰弱した状態で大人しい。しかし、そこから回復し始めると、モンスターの行動原理と人のデータが混在し、不可解な行動や言動をとるようになる。


 それはインストールされた人間のデータや癖、個性といったものによって決まってくるようだが、モンスターの生態が色濃く残る場合もある。


 後者の場合は、時間の経過によってインストールしたデータが反映されなくなり、そのまま無意味なデータとして取り込まれたままになってしまうケースになることが多い。


 要するに、人間のデータを入れてもモンスターとしての生命力が強いと、実験は失敗となる。その場合は、再度モンスターを弱らせてからデータをアンインストールし削除することで、まっさらな“サンプル“の状態に戻す作業に入るのだという。


 しかし、シンの送ってきた画像データに写るモンスターの姿は、もはや原型を留めていない。これでは元の姿がどんなモンスターであったのか調べるのは、極めて難しくなってしまう。


 「つまり、既にこのモンスターにはデータがインストールされていると?だが現地でどうやって行う?ここに連れて来なければ、我々にはそんな事は出来ないぞ」


 「直ぐに上官クラスに報告しよう。あの新人の担当はスペクターだったか?」


 「あぁ、丁度研究所へ帰ってきている」


 「よりにもよってあの人か・・・」


 報告をする相手が、シンやイヅツと共に研究施設へ戻ってきたスペクターであることを思うと、二人の研究員の表情は暗く澱んだものになっていく。


 彼らの組織に属する上官と呼ばれるクラスの者達は、そのずば抜けた戦闘能力や特異な能力を評価され、昇級し幹部クラスへとなる。


 その中には、人格破綻者も多く存在し、もはや誰かが制御するには難しい存在へとなってしまっている。それでも始末されずに組織に残れているのは、まだ彼らが協力する意思があるからだろう。


 彼らとて、元の世界へ戻りたいという思いは一緒であり、その研究をする組織の為に必要なものを集める仕事をしている。その見返りが、元の世界へ戻れるということを信じて。


 メッセージを送り指示を仰いでいたシンだったが、ここでモンスターにある異変が起きる。


 それまで直線的な攻撃を繰り返していた奇形のモンスターだったが、突然動きが鈍りだし、何かに苦しみだしたように悶え始めたのだ。そしてモンスターは再び、様々な声色の言葉で奇妙なことを口にする。


 「人・・・人間だ。人を・・・人間に・・・戻る・・・戻れる・・・・・モンスター・・・?戻る・・・人に・・・」


 直後、モンスターの頭部らしき場所に大きな人の口が出現し、モゴモゴと仕切りに口を動かす様子が見て取れる。


 「何だ・・・?何をしている?」


 モンスターはよろよろと後退りしながら体勢を崩すと、現れた大きな口から別のモンスターを吐き出したのだ。胃の内容物に塗れたそのモンスターは、まるで産み落とされたばかりの子鹿のように、必死に立ちあがろうとしていた。


 一方で、吐き出した方の奇形のモンスターは身体が縮み、ある程度馴染みのある姿へと変貌していった。

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