悲惨なショー
たったの一撃でイヅツを鎮めた相手のユーザー。真面に戦えば、勝敗など誰の目にも明らかだった。
一連の様子を黙って見ていたスペクターは、少し離れた位置で壁にもたれ掛かり、笑みを浮かべていた。不気味に笑う彼を尻目に、相手のユーザーはその場を立ち去ろうとする動きを見せた。
「どこへ行くんだぁ?」
突然、逃げ出したユーザーの背後からスペクターの声がした。さっきまで遠くに居たはずの男の声が、何故真後ろの後頭部あたりから聞こえたのか。
一瞬にして背筋が凍りついた男は、咄嗟に拳を振るいその声の主へと攻撃を仕掛ける。だが攻撃は当たらず、その拳は空を切ると視界の中にスペクターの姿があった。
「何ッ・・・!いつの間に!?」
男の問いに、スペクターは笑みしか浮かべない。困惑する男の様子を見て、楽しんでいるようにも見えた。
不気味な相手に対し、男は攻撃するよりもいち早くこの場を離れようと努めた。戦ってもスペクターには敵わないということが、直感的に分かったのだろう。
男はすぐに場所を変え、薄暗い路地裏へと逃げ込んでいく。しかし、スペクターはその様子を傍観しているだけで、追う様子はなく、イヅツを助けようとする素振りも全くない。
彼が一体何をしたいのか。逃げた男にもイヅツにも、全くと言っていいほど理解できない。
息を切らしながら路地裏へ逃げ込んだ男は、仕切りに背後を気にしながら道を進むが、行き止まりに辿り着いてしまう。
「はぁ・・・はぁ・・・」
周囲を見渡し、どこか抜け道はないかと探す男。しかしそこへ、後を追うように男が走ってきた道をゆっくりと優雅に歩く、スペクターの姿が再び現れた。
「ここでいいのか?お前の最期は」
「どっから現れた、このクソ野郎・・・。足音はなかった・・・気配も感じない。なのにどうやってッ・・・」
男が質問をすると、突然高らかに笑い出すスペクター。明らかに常人の精神ではない彼に、男は後退りしながら背後の壁への距離を詰める。その額からは、追い詰められた獲物のように大粒の汗と焦燥の表情が浮かんでいた。
「袋の鼠とはこの事を言うのだな。まさに言葉の通りよ。逃げ出す手段もなければ方法もない。どう転んでもお前に救いはないな」
スペクターの歩みが、路地の中腹にまでやって来て男を追い詰める。だが焦燥の中にも、どこか男の表情にには絶望といった感情はない。この状況においても、まだ諦めていないのか、諦めきれないのか。
するとそこへ、男の希望とも取れる消えない光がなんなのか、答え合わせをするように二人の頭上から複数の影が現れる。
斬りかかりながら落下してくるその者達は、地上にいる彼に向け刃を向ける。それを一つ二つと無駄のない動きで紙一重を見極めながら、軽やかに避けるスペクター。
「妙だよなぁ。命の危機だってのにこんな路地裏に逃げ込んで、そんで慌てる様子もねぇんだからよぉ」
「何なんだこいつはッ・・・」
「視界には入っていなかった筈だ。音も殺してた、なのに何故・・・」
地上に降り立った者達が、スペクターの異常な身体能力に動揺する。そもそもそれが身体能力による者なのかさえ分からず、彼らはゆっくりと歩み寄る。
すると、一人の男の方に何か雫のようなものが落ちた。
「ッ・・・?」
外は暗く、何か体温よりは低い液体であることだけは分かった。衣類に染み込んだ液体にそっと指をつけて目の前に持ってくると、その男は慌てた様子で上空を見上げた。
他の者達が、男の動きを不審に思い、彼の見ている上空へ視線を送ると、そこには宙に吊るされた仲間の身体が、首から血を流しながら見えぬ何かにぶら下がっていたのだ。
「うわぁぁぁッ・・・!!」
思わず腰を抜かす男。周りの者達もそれを目にして後退りする。スペクターを狙って、建物の屋上から飛び降りたのは全部で三人。その内、無事に着地したのは二人だけだった。
最後のもう一人は、何らかの方法によってスペクターによって殺められてしまっていたのだ。
「仲間がいるだろうって思ったよ。だから泳がせた」
路地の入り口で止まるスペクターの背中に、通りで赤い光を発する警備車両の明かりが灯され、彼の姿を余計に不気味なものへと演出している。
「お前達の仲間は、これで全部かぁ?」
スペクターの声が、今度は彼らの頭上から聞こえてくる。それはまるで、宙に吊るされた仲間が喋っているかのような位置からだ。すぐに上を確認する三人だったが、そこに声の主はいない。
仲間の命を奪った男は、やはり路地の入り口に立っている。では今の声は一体何だったのか。
「まぁ喋らずとも、お前達のデータを調べればわかることだがな・・・」
今度はスペクターの声が、彼らの背後から聞こえた。再び真相を確かめる為振り返る。そこには、最初にスペクターとイヅツから逃げ出した男が、首から上を無くした状態で立っていたのだ。
一瞬の内に殺された仲間の死体を見て、錯乱した二人の男は、一人はその場にへたり込み粗相をしたのか地面を濡らし、もう一人は悲鳴ともてれなくはない奇声を上げながら必死に建物を登っていこうとする。
しかし、彼らがスペクターから逃げられる筈もなく、駆け登って行った男は突然血飛沫を上げて、路地裏に血の雨を降らせた。
「死体でも構わねぇよ。寧ろ、喋らねぇ分静かでいいしな」
路地の入り口から惨状の現場へ歩み寄るスペクターの足元に、初めに逃げ出した男の生首が転がってくる。何が起きたのか分からぬまま、固まった表情で生き絶えた男の髪を掴み拾い上げる。
そしてなんとスペクターは、血の滴る断面に腕を突っ込むという奇行を見せたのだ。
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