奇形のモンスター

 嫌な湿気と下水の匂いが漂う暗闇の中を、か細い光を頼りに進む二人の男。地上からは時折車が通る音が響き、振動で水滴が垂れてくる。


 光で照らされる視界の端で水路に視線を向けると、数回生き物が泳いでいるかのような波紋と波立つ音が微かに聞こえてきた。


 「こんなところに生き物・・・?」


 「まぁ何処にでもいるもんだろ。誰かが捨てたんじゃねぇか?ったく、無責任な連中だよな。勝手に連れて来ておいて、てめぇの都合で劣悪な環境に放り出されていまうんだからよ」


 動物に何か思い入れでもあるのだろうか。それまで静かだった朱影が、珍しく自ら口を開き語り出した。シンには彼の話が理解できたし、共感もできた。飼っていた生き物を捨てるなどという話は、珍しいことでもない。


 人々の知らないところで日常茶飯事に行われており、一部の身勝手な人間によって生態系などいくらでも変わってきた。生物の絶滅に無関心で罪悪感のかけらもない行動は、他者から同じことをされた時に漸く学ぶことになる。


 水路の横の僅かなスペースを進んでいると、何者かの気配がまるで二人の背中を突くようにやって来た。それまで人の気配はなく、高速道路で彼らを襲ったような追手がいる様子もなかった。


 それらとは全く別の、殺意や強い執念とは全く異なる異質の気配。その不気味な気配にシンの身体は戦闘の予感を察知し、力が入る。すぐ前にいた朱影も、異質な気配に身構えている様子だった。


 「何だこれ・・・。何かに見られてるような・・・?」


 「あぁ・・・こいつぁ人間やさっきの殺人機械みてぇな奴らの気配じゃぁねぇな。これは・・・」


 するとその時、真っ暗な水の底から何かが二人の影に迫り飛び出してきた。雪崩や土砂崩れのように静かな轟音を鳴り響かせながら水面から姿を現したソレは、人間など簡単に丸呑みにしてしまうほどの大口を開けて飛びかかって来たのだ。


 「うッ・・・!」


 「避けろ新米ッ!!」


 咄嗟に左右へ分かれ、飛び込むように回避する二人。飛びかかって来たソレは壁に激突し床に転げ、慌ただしくその不気味な身体から伸びる何かを腕のようにばたつかせて、水の中へ戻っていった。


 突然の出来事に言葉を失うシン。避けた側とは反対の方にいる朱影が、シンの無事を確かめるため声を掛ける。無心の状態で咄嗟に返事をするシンだったが、その視線は水の中から飛び出してきた何かが通路に残した跡に釘付けになっていた。


 「何だよ、今の・・・」


 「どうみてもモンスターの類だな。だが妙だな・・・やけにデザインが不細工だったが・・・」


 シンが疑問に思っていたのも、まさにその部分だった。一瞬ではあったが、水の中に生きるWoFのモンスターで、あんな姿のものを見たことがなかったのだ。


 これまで現実の世界で見てきたモンスター達は、その全てがWoFで見たことのある、戦ったことのあるものばかりだったのに、ここにきて全くの初見のモンスターを目にしたシンは、何か不吉な予感を感じていた。


 現実の世界に送り込まれたモンスター達は、何らかの影響で進化している。或いは、何者かの手によって通常とは異なる個体がいるのかもしれない。だが一体、誰が何の為にそんなことをしているのか。


 どうやってそんな事をしているのか。しかし、そんなことに意識を巡らせている余裕など、今のシン達にはなかった。


 彼らを襲ったソレは、水中でボコボコといくつもの気泡をあげると、拳ほどの大きさの何かを彼らに向けて飛ばして来た。二人を分断するように、それぞれに向けて放たれた何かを避けるシンと朱影。


 地下水路は入り組んでおり、細かい道がまるで蟻の巣のように枝分かれしている。逃げ込むように横の通路に入り込み壁を背にしたシンと朱影は、元いた通路を互いに覗き込む。


 水中から飛ばされた何かは、壁にぶつかり床に落ちると魚のようにビチビチと跳ね回りながら、その身体から小さな腕を何本も生やし、昆虫のような足の動きでカサカサと体勢を立て直し、身を眩ませたシン達を探すように散らばっていった。

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