周りの反応と理解

 明庵の口から語られたことに、慎は思わず目を丸くした。自分達の他に“異変“について語る者がいるなど、想像もしていなかったからだ。


 だが、その事で一つ慎の脳裏に過ったことがあった。それは、この出雲明庵という男もWoFのプレイヤーなのではないかという疑問だ。


 これまでの経験や憶測の例から出ないのであれば、慎やミア達のように“異変“に関わる人間のそのほぼ全員が、何かしらの怪奇に遭遇し、日常とは呼べない数奇な体験をしている。


 彼らが“異変“と呼んでいる怪奇に遭遇するトリガーとなっているのが、このWoFというVRMMO RPGなのではないだろうか。そう考えた慎は、彼に尋ねてみることにした。


 彼のようなエリート街道まっしぐらのような人間が、ゲームというものに興味があるかは甚だ疑問ではあるが、慎にとっても彼の知り得る情報を聞き出せるチャンスなのだ。


 「出雲さんはその・・・ゲームとかって、やる方ですか?」


 慎の質問に明庵は、驚きの表情を浮かべる。彼自身、そんなことを聞かれたことがなかったからだ。おかしくなったのだと嫌煙されてきた明庵を知ろうとする者は、最早彼の周りにはいなくなっていた。


 明庵の好きなもの、趣味や日々のルーティンなど、彼のことを知る者はいない。必要以上に他人と会話をしない明庵は、他人から彼の内面を探るような質問をされたことがなかった。


 故に、何気ない慎からの質問に少し驚いてしまった。逆に慎には、彼のその反応がそれほど驚くようなことかと疑問に思えた。それとも、彼に対してこういった質問はタブーとされているのかなど、色々と考えさせられていた。


 「いや・・・普段はしないんだが・・・」


 「・・・?」


 言葉に詰まる明庵の様子から、その先にどんな言葉が続くのかと興味をそそられる慎。“だが“と言ったのは、これまではなかったが最近になって変化が訪れたことを匂わせている。


 やはり“異変“を追う中で、WoFというゲームへ辿り着いたのだろうか。もしそうなら、どういった経緯で辿り着いたのか興味がある。慎達のようにWoFに転移できる者達とできない者達で、“異変“に辿り着く方法の違いに。


 「ほら、今君たちのように若い者達の間で流行っているだろ?VRを使って仮想世界へ没入するゲームが・・・。サイバー犯罪に関わる者達の間でも、多くの者達がそのゲームにアカウントを持っていた」


 大々的な宣伝や、インフルエンサー達によるプレイ報告のおかげで、世界中でも類を見ないヒットを見せたWoF。日本という国においても、流行らない筈がなかった。


 だから、どんな職業や年齢の者が遊んでいようと不思議に思う事ではない筈だった。それでも・・・。


 「だから、調査の意味も込めて私自身も少し遊んでみることにしたんだ。ほんの息抜きのつもりでね。でもこれが思った以上に面白くて・・・。なるほど

私生活を削ってまでプレイしたくなる気持ちが分かった気がしたんだ」


 明庵が僅かに饒舌になるのを聞いて、それまでやってこなかった娯楽の沼を知ったのだろうと少しだけ微笑ましくもあり、嬉しくもあった。


 自分の好きなものを楽しんでくれたり面白がってもらえるというのは、例えそのものの開発や運営に関与していなくとも嬉しいものだ。慎も暫くそういった感情になったいなかった為、珍しく現実世界で心が高揚した。


 しかし、そう思っていたのも束の間。ここまでの話は、本題に入るまでの序章に過ぎなかった。重要なのは、その後に明庵が語った内容にあった。


 「ただ、それからなんだ・・・。それまで見えなかった、感じなかったものを感じるようになったのは・・・」


 「見えなかったもの・・・?」


 「正確には今も見えている訳じゃないんだ。ただ、事件現場に行くと言葉では上手く説明できないんだが、何か奇妙なものを感じるようになったんだ。他の者にそれを話しても、疲れているだとかおかしくなったと言われるだけで、誰の共感も得られなかった・・・」


 やはり彼も、慎達のように日常に潜むモノが見えるようになる予兆のようなものが起き始めているのかも知れない。しかしそもそも、この奇怪な現象に段階と呼べるようなものがあるのだろうか。


 「誰も・・・?その、サイバー犯罪ですか?犯人や容疑者達にもその話は?」


 「勿論、WoFというゲームにアカウントを持っている者達には須く聞いてみたさ。同僚や警察の者達から白い目で見られながらもね。それでも、私と同じような経験をしたものはいなかった」


 「それはどのくらいの人数に聞いたんですか?数人くらい?それとも・・」


 「勿論全員にさ。それこそ数十人、百人に届くような勢いだったんじゃないかと思うが・・・。だが、何故君がそんなことを?」


 これだけ食いついてくれば明庵の反応も頷けるというものだ。興味がなかったり、自分にも見えたり感じたりしない限り、そこまで突っ込んでくる話題でもない筈だった。


 明庵にとっても慎の反応は新鮮であり、もしかしたら自分の身に起きている事について、何か知っているのではないかという疑念が、より一層強まっていく。


 するとその時、慎の視界に突然、WoFの世界にいる時と同じメッセージの表示が現れた。

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